エピローグ 魔法使いの平均的な一日
『まもなく、3番線に、列車がまいります。黄色い線まで、お下がりください。』
――これ……また遅刻するやつでは?――
少年は煩わし気に眉をひそめて『20分遅延』の文字の輝く電光掲示板を見つめてあきらめたように息を吐いた。
『いつぞやといい何でこう……間が悪いんだ?また時間が……』
微妙だ。もし電車がすし詰めで、客を乗せるのに時間がかかると間に合わない時間だ、走る必要がある気がしてならない。まただ。
結局、少年はいつまでたっても影も形も見えない電車をじれながら待つことしかできない。
『まったく……』
――何で五分早く出ると五分遅れた電車が来るんだ?――
眉間を掻きながら少年――東雲伊織はそうため息を吐いた。
今から一週間前に起きたダンジョン配信者を狙った連続殺人は世の中の話題をさらった。
ダンジョン内部でモンスターを誘引することで人を殺し、その死体を死霊術スキルで操るという奇抜で――悍ましく、痛ましい事件の内容はすぐに世間を席捲した。
中でも、その犯行原因である『配信者はみな嘘つきだから殺されるべきであり、自分が修正するべく、死体と入れ替えてやろうと思った』という動機の部分はずいぶんとセンセーショナルに描かれ、いまだに『ダンジョン配信許されるべきなのか論争』が続いているぐらいだ。
この手の話は枚挙いとまがない、あまり覚えていないがゲーム有害論なんてものがささやかれたときと同じことをしている気がした、人は変わらない物だ。
しかし最も疑問視されたのは犯人についてだった。
何故か「自首したい。」と言って警察署に来た男は自分の罪状も能力も、どうして国庫に来たのかの経緯まで事細かに説明して見せた。
「何故かはわからないが自分は何がどうあっても罪を償わなければならない」と語る犯人の目はギラギラと何かに作誤化されているようだったと取材した記者は語っていた。
これにはネットや世間も紛糾した、誰かの身代わりにされているのではと陰謀論を唱える者もいれば、神がそうさせたのだと語る神学者もいた。
一つだけ確かなのは彼は抵抗もせずに自分の罪を認めて、償う気でいるらしいという事だけだ。
被害者の家族には遺体が返された――二つ分の死体が。
ダンジョンの中での体とダンジョンの外――つまり、遺族に見慣れた姿の物だ、その二つのギャップに驚いたものもいたそうだが、大概の家庭は墓に二つの骨壺を入れることで同意したらしかった。
ごくわずかに「こんな職業に就いたから」と、嘆いている家族もいると報じられていたが――まあ、時間が解決するのを待つしかできない事もあるだろう。
そこに一人の男の尽力があったことを知る者はいないし、必要だと本人は思っていなかった。
死体は正しく家族や――その魂がいたいと願う場所に返されるべきだと彼は信じていたし、魔法的にもそれが良いことだった。
どれだけひどいことが起きていようと星は回って、時間は進む、それでも何一つ慰めがないなんて言うよりはいいだろう。
結局、この事件の報道も初めの数日に比べれば少なくなってきた。いつか、これもあまたある事件と同じように、ただの殺人事件に成り下がっていくだろう。
世界に奇跡と神秘が満ちたところで人や生活はそれほど変わらなかった。
確かにダンジョンの中には目を見張るようなものが多くあったし、そられを生活に生かそうという人は大勢いた、今この時も、そう言ってる人は大勢いるだろう。
ただ、まあ、それが一般市民の生活に還元されているかと言えばNOだ。
相変わらず、電車は地面を走っているし、学生はチャリや電車で移動している、さもなければ徒歩だ。
漫画や小説のお嬢様のようにお出迎えの黒塗りの車など小市民には縁がないし、青い狸みたいな生き物が出てきてどこにでもつながる魔法の扉を出したりもしない、空を飛ぶ車はいまだできず人型ロボもいない。
今日も今日とて、サラリーマンは電車で通勤し、道路工事のおっさんはヘルメットをかぶっている。
テレビではいまだに芸人とアイドルがひな壇に上り、自分の番組の宣伝をしているし、政治家はなにをしているのか少年にはいまいちピンとこない侃々諤々の口げんかの真っ最中だ。
ただちょっとばかり、それこそ、焼きそばに乗っている青のりか何かのようにほんの少しだけ、世界に神秘が混じっただけ、ただそれだけの話だった。
金持ちは相も変わらず金持ちだし、権力を持ってるやつは相変わらず偉いわけだし――満員電車は変わらず満員電車だ。
滑り込んできた列車が止まるのと少年のスマートフォンが鳴り、新たな通知が来たことを伝えてきたのは同時だった。
もともと手に持っていたそれをながめた少年はそれが動画サイトの配信予定を伝えるものであること、配信者が白銀の少女であることを見て、ふっと笑った。
ようやく開いた電車の扉に向かってなだれ込む人の波にもみくちゃにされ、吐き気と窮屈さに満ちた空間で少年は思う――
『……まあ、必死に駆けずり回った甲斐はあったか。』
と苦笑していた。
ダンジョンができてかれこれ五年、今日も変わらず満員電車は拷問のようだった。
――魔法使いの日常は、ひとまず今日も変わらない。
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ご拝読ありがとうございます。
一月強追いかけてきた事件もようやく終わりを迎えて、東雲君も平凡で愛すべき日常に戻りました。
彼の平凡な日常は当然のようにまだ続きますが、ここでいった一部の終わりということで間を置かせていただこうと思います。
この人のいい魔法使いのことなのでどうせまた事件に首を突っ込んでヘロヘロになることと思いますので、その時はまた彼の応援をしていただけると幸いです。
魔法使いの日常的習慣 @SIGNUM
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