第51話 死霊術師と贖罪
深夜十二時、夕刻に出会った時と同じ姿の二つの影が言葉を交わした。
「――それが死霊術師か。」
「そうだ――少々形は損なってるが。」
そういった背の高い方の影――黒法師はいささか困ったように声を上げた。
そういった彼の手には垂れ下がるように荷物――いや、人の体があった。先刻までやりあっていたカメラマンにして、この事件の主犯でもある死霊術師だ。
実際彼の言う通り彼の体は平時に見るときよりもいささか形が変わっていた――あちらこちらがはれ上がっている。折れているのか打撲か遠目から判別はできない。
「なんだ、私刑でもやったのか?許されんぞ。」
いぶかるように告げる梟に黒法師は煩わしさと困惑の綯交ぜになった表情でこういった。
「いや、そういうわけじゃ無くてな……どうにもこいつ自体が思ったよりもろくて。拘束の呪文使ったらけがしてな。」
そう言いながら、つかんでいる縄のようなもの――石でできた自分の尾を噛んでいる蛇を梟に見せる。
魔法で作られたこの非生物的生物は、次の日の太陽が昇るまでこいつを拘束し続けることができる優れものだ――加減が効かないことを除けば。
逃げようとした死霊術師を止めようとして石でできた万力のように体のあちこちを締め上げたり、鞭のように体当たりしたりしてできた傷は最低でも三十は越える。
「……岩の蛇か、まあ、仕方がないだろう。死霊共ともやりあったのだろう?」
「まあな、何体――何人か破損させたが直しておいた、これで正しく荼毘に伏せるだろう。こいつも自首させんとな。」
「では術を奪うのはその後か。」
「そうだ――だから手出しはできんぞ「鈴鳴らし」!」
そう、黒法師が鋭く叫ぶのと梟が雄々しく羽を広げたこと、そして――銀色の流星になった精霊がその羽に阻まれて距離を取らされたのは同時だった。
「――邪魔をするな!」
「だめだ、こいつのために君をこの次元から追い出させるわけにはいかん。」
そう言ってにらみ合う二人とそれを興味深げに眺める梟は、ひどく重苦しい空気の中でまるで夜の中でもなお暗い場所であるかのようにはっきりとした輪郭を伴ってそこに浮かんでいた。
「こいつが殺したんだ……」
「そうだ。」
「なのに生きてる」
「そうだ。」
「許されていいわけがない!」
「そうかもしれん。」
「だが――」と黒法師――東雲伊織は続ける。
「――君がこの次元から追放されたら、誰が彼の墓を行く?こいつの親か?人間は知っての通り、過去を覚えたり、長く語り継ぐのに向いた種族じゃないぞ?」
「……」
「君は墓の場所を調べろと言った。あとで教えろと。僕はそうするつもりだ、君が彼の友人だから。」
「…」
「その友人すら墓に来なくなったら、彼の魂はどこに希望を見出せばいい?」
そう言って精霊を見つめる伊織の目に浮かんでいるのはかすかな焦燥と明確な同情だった。
伊織の言葉に感じるものがあったのか、あるいはこれに意味がないと彼女自身理解していたのか、うつむいた彼女はしかしもう一度殺意をほとばしらせることもなく、ただ、そこに浮かんでいた――
「あ、ぐっぅ……な、なんだ此処は……」
――死霊術師が目を覚ましたのはそんな只中だった。
「起きたのか。」
そう声をかけたのは梟だった。
「なっ……何で梟が喋って……」
「そんなことはどうでもいい、お前には『命に係わる禁則』に侵したという嫌疑がかかっている、よって、ここに番人による裁定を始める。」
「はぁ?何を言って――」
困惑に顔をゆがめる死霊術師を無視して梟は彼に与えられて権限を行使した。
「『お前は死霊術により本来この世にとどまるべきではない魂を不当にこの世に留め、使役したか?』」
「『はい』――なんだこれ、口が――」
慄いている。
当然だろう、彼は思ったことも知っていたとも言えない罪状を認めているのだから。
「『お前はあえて死を招くと知りながら、呪文を行使して人を殺めたか?』」
「『はい』――何なんだお前ら――」
これが番人に皆等しく与えられる魔法の一種であり、彼らが番人である限り普遍的に使える力の一部だった。
この力を使われたものは『彼自身の知識の有無にかかわらず、ある特定の項目に違反しているのかどうかを判断し返答を行う。』ようになる。
それをこの次元においてほとんどだれも知らない魔法の法則に適応すると――
「――『その行為の源泉は嫉妬であったか?』」
「『はい』――嘘だ!ちが――」
――こんな風になる、この術を持つがゆえに番人は警戒され、恐れられる。
何せ、この力さえあればどんな胸の内に秘めたいことであっても姫切らないのだ。過去の罪の記憶も誰かをかばうためについた嘘も――秘めた思いも。
それを知っている二人の超自然的存在に向かって梟っが告げた。
「――『戯れを救う者』お前の疑惑は晴らされた。」
そういった梟は事件が解決できたことへの安堵をにじませた声をしていた。
「それはどうも、こいつは?」
「この次元での裁きを終え次第、こちらでも罰を与える。」
「『レンガ引き』か?」
「おそらくはな。」
そう会話を続ける黒法師たちに向かって死霊術師は待ったの声をかけた。
「――何だ裁きって!お前ら何者だ!」
「ん、ああ、申し遅れたか、私はいぶひょl……あー……人の言葉では何というんだったか?」
そう言って黒法師に助けを求めるように顔を向けてくる姿はとても先ほどまで裁判官も角やという風格を出していた鳥類とは思えない
「『レンガ職人』でいいだろ、わざわざ名乗るほどの相手でもない。」
そういった、黒法師に少し悩まし気に眉をゆがめながら「ん、そうか……」とつぶやいて、咳ばらいを済ませて一言。
「では、私は『レンガ職人』、天臨の世界に名高き『古い樫の木の誓い』の番人にして勇壮たる空の魔法使いだ。」
そう朗々と語る。そんな梟に怪訝な顔を向けた死霊術師は
「れん……?何でもいいが、お前たち俺に何をするつもりだ!」と食って掛かった。
梟はこういったセリフに慣れているのだろう、平静そのものの様子で告げた。
「先ほども言った通り、お前は『古い樫の木の誓い』を破っている。よって我々番人の権限によりお前に罰を与える。」
「なんだ番人って!そんな奴ら知らないし、誓いってのが何なのかもわからん!そんなもので俺が裁けるわけがない!」
そういった死霊術師は袋の顔が少しばかり困ったものに変わったのを見て取った。
「認めよう、この次元の者は確かにその約定の範囲に入っていない。」
「なら、俺のそれは罪じゃないはずだ!調べることもできないのに罰則が取られなんておかしいだろ!?」
そんなことはないだろ――と、黒法師は思う。
たとえ知らない国であっても、法律上許されない行為は許されない行為だ、知らないからと言って罪が免除されることなどない。
が、魔法使いや魔法の存在が彼らにその事実を語っていないのも事実だ、とはいえ――
「だが、お前の疑義はこの世で最も当然あるべき基本法則によって否定される。」
――今回の件に関しては明らかに彼が悪いのだ。何せ――
「何の話だ!そんなもの知らな――」
「『生き物をみだりに殺してはならない。』『死体を粗末に扱ってはならない。』至極当然のことだ、お前はこの法則に反している。」
――こういうことだ、生きるために殺すのを止めはしない、食べるために殺すのも認めよう。
だがこれはそのどれでもないものだ。
「――」
反論ができなかったのだろう死霊術師は黙った――それが反撃のための助走か降伏の白旗だったのかは一見しただけではわからなかった。
「よって、お前の疑義は却下される――あれほど人間を殺しておいて、本当に何からも裁かれないと思っていたのか?」
そう言った梟の目は、ひどい軽蔑の色が浮かんでいた。
その後について、詳しく語れるものはこの世にはいない。ただ一つ、語れる事実はある男が恐ろしい犯罪を警察の前で語り、その罪のかどで捕まったことだけだ。
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