第50話 魔法使いと決着
グリムが動いたのは立ち上がってから数秒後のことだった。
先ほどと同じように爆発したかのような地響きを轟かせ、その体躯よりもも大きい扱いにくそうな剣を軽々と振るって横薙ぎの斬撃を放つ。
点在する木々を切り裂きながら自信を真っ二つにせんと迫る重厚な刃を黒法師はその目で見た。先だってのリズ・レクス救出時の一戦において決め手になった魔法での攻撃を恐れているのだろう、こちらに詠唱の隙間を与えないつもりだ。
『ま、こっちも対応してないわけでもないんだが。』
そう考えながら突き立てていた剣を手に取りながら、もう一方の手で指をのたくった蛇のように動かして独特の手の形を刻み、ひどく短い文句を星の光から得た力と呼気に混ぜて吐き出した。
――〈追い払い/expellere〉――
指の関節がひどく痛むのであまりやらない印形術を唱えた少年の手の先から荒れ狂う衝撃波を放ち、グリムの体を勢いよく押し返した。
今まさに立ち上がろうとよろよろとふらついている魔法使いたちの中に、もう一度突っ込むかと思われていたグリムだったが、自身の巨剣を地面に突き立てて空中で自分の動きを操り、食いしばって見せた――まあ、距離が開いてくれさえすればよかったので大した意味もないのだが。
グリムが自身の魔法に押し出されたことを確認した黒法師は、すでに別の動きに入っていた。
死霊術師に向けてその手を差し向け、朗々と呪文を唱える。
『In nomine `Fortissimi Zazarabam', causa et effectus et miracula, ruina!《最も強大なるザザラバーム》の名において、因果と軌跡よ、崩壊しろ!》』
――〈撃滅/repelle〉――
先日、トレントの一団を焼き払った雷をその掌に宿して再びその悍ましいほどの力を放とうと力を込めた――がそれは叶わなかった。
グリムの後ろにいた魔法使いの一人が放った魔法で黒法師の体が押されたからだ、体が自然とあらぬ方向に向き、彼の魔法はあらぬ方向に向かって放たれ、木々を切り裂いた。
その隙間を縫うように死霊術師の脇に立つ僚氏ルルから放たれた毒付きの針――この前リズ・レクスを狙ったものを同じものだ――が黒法師の纏う外套に阻まれて消えた。
『――っち。やっぱ横着はいかんな』
ひとまとめにつぶせると楽だったのに。と舌打ちを胸中で漏らした黒法師の視線の先で地面から巨剣を引き抜いたグリムがその鉄塊をうならせて猛進してくるのが見えた。
――〈足引く大地/Terra pedes tuos trahit〉――
再び先ほどの戦士に名の足を止めた呪いを放つものの二人とは筋力が違うのだろう、草の罠を食い破って爆進してくるその姿はまるで暴走列車のようだ。
握った剣で頭上からくるグリムの一撃を迎撃して見せた黒法師は驚くほど機敏な剣を遣い、その攻撃を受け流して見せ、あまつグリムの鼻に柄頭での一撃を入れて見せすらした。
追撃か援護か、どちらかあやふやタイミングで放たれた二発の魔法――潰れた一人は防御術使いだったらしい――をひらりとかわした黒法師はお返しとばかりに形を変えた手印を鞭のように振るい相手に向かってそこら辺の石を手も触れずに投げつけて見せた。
不可視の力に導かれてひとりでに浮き上がった石は大きく、一抱えほどもあった、それが勢いよく投げ津kられて、魔法使い二人に襲い掛かる。
とっさの判断だったのだろう、狙われた魔術師はその巨岩を砕こうとため込んでいたもう一発の術を岩に向けて放つ。
一発ならず魔法による爆撃を受けた巨岩は砕けて細かい石になりそれでも勢いを失わずに礫となって二人い襲い掛かる。
全体を襲う散弾銃の弾のように変わった礫を前にしてなお、二人が瞬き一つしなかったのは彼らがすでに死体であり、彼らの体を動かすのが脳ではなく魔法だからだろう。
それが仇になった。
顔に飛んでくる礫からも身を守らなかった彼らは顔に傷を負い、目や鼻を砕かれ地に倒れ伏した。
「五。」
想定通りに数を削れたことにそっと安堵した黒法師はそんな自分に顔をしかめた――人の遺体を砕いておいてン位を世ロコンぢるのだ?
とはいえ、これで数の有利は消えつつある。
『後は……』
死霊術師に意識を向けていた魔法使いは次の動きに注視しながらグリムの放った横薙ぎの斬撃を掬い上げるように体の上にはね上げた。
肩に担ぐように剣を構えた黒法師は変則的な《貴婦人の構え》でもって弓のようにしならせた剣を遠心力で振り切ってグリムの胴を薙ぎ払った。
巨剣を振り切った姿勢のグリムにそれを完全にかわすことはできなかった。
胸甲を割断し、腹部に横に赤い筋をつけた斬撃は刃の上に赤い滴を残した。
「――お前も行けルル!あいつを殺せ!」
死霊術師が叫ぶ、とうとう彼にかかっているプレッシャーに我慢の糸が切ってしまったらしい。
――黒法師の計画通りに。
流し目で一瞥した黒法師は即座に指の形を変え、子機と星の光をまとわせた言葉を唇から放った。
『In nomine magni Ducis lapidei et ferri, dorsi putridum lapidem, creatorem tuum adora.!《石と鉄の大公の名において、朽ちた石の生霊よ、汝らの創造主を崇めろ!》』
横薙ぎの一撃を受け止めた姿勢のまま、唱えた呪文は砕けた石片を蛇の姿に変え、それは死霊術師に驚くほど速く襲い掛かった。
「――何――ぎゃぁ!」
体に巻き付いた蛇は瞬くほどの時間もなく死霊術師の意識を奪い去り、その体から力を失わせた。
『よし……』
最低限の仕事はこれで果たした。後は努力目標だ。
大上段から振りきられた巨剣を身をひるがえしてかわした黒法師はグリムに剣を突き入れながら差し込むように放たれた鉈の一撃を靴底で受け止めて呪文を唱えた。
『Seriem fulgentium in caelo, funem, constellationem, viam ad coelum, viam ad coelum!!《天に輝く光の連なりによっておこる縄、星座をつなげる天上の道により縛れ!》』
変化は一瞬だった。
ダンジョンの天井から降り来る光が縄のように束ねられ、二人の死人の体を縛り上げた。
地面に支えもなく転がった二人を眺めて黒法師ははぁと息をついた――ひと段落着いたことへの安堵の息だった。
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