第49話 魔法使いと決裂
「――いやだ、正しい俺の行動を止めるというなら――。」
黒法師の首を生緩い風が撫でた。
そこからの一瞬で複数のことが起きた。
黒法師の腕がはじかれたように跳ね上がり、首やや右後に感じた風に従って延ばされた腕が真後ろから突っ込んできた人間の腕をつかむのはほとんど同時だった。
彼の左手がひらめき、腰についたベルトにはさんでいた
「グリムと――」
ちらりとその腕の主を一瞥した黒法師は予想していた行動を行う、予想していた人間の姿を見て沈痛な面持ちで言葉を発した。
「――僚氏ルルか。」
それはクラスメートの友人にして――自分が助けるよりもずっと前に命を落としていた被害者だ。
なんども違ってほしいと思った現実だったが、結局はこうなってしまった。
つかんだ腕が振りほどかれるより早く、後ろに向かって槍のように鋭い蹴りを放って鉈を持った敵を蹴り飛ばした。
もろにくらった知り合えなかった少女は体をくの字に曲げて、吹き飛び――後から現れた影に受け止められた。
「……全部で7人か、ずいぶん殺したな。」
視線を左右に投げて、死霊の顔と数を確認した。全員、あの時確認した被害者だった。
魔法らしきものを使う三人組、明らかに戦士だろうと予測が付く前衛が二人。
これにグリムと僚氏ルルを入れた計七名の物いわぬ死者があの哀れなカメラマンの軍勢のすべてらしい。
気が付けば周囲を狩人のように囲う死霊たちは人形のように何も写さない瞳をただ一人黒法師のもとに向けていた。その中で唯一殺気を感じる血走った視線が死霊術師から黒法師に向かって放たれている。
「まだまだだ、全く足りてない、あの二人を殺して、こいつと一緒にあの会社の全員を殺してやる予定だったのに!」
「僕がいる限りは無理だな。」
傲然と告げる。それは決意の表れだった――これ以上この男に人を殺させるつもりはなかった、あの被害者たちにもだ。
あの支離滅裂で一貫性のない主張、本来恨むべき人間に向かない殺意――彼らは扱い方を知らぬ魔法に翻弄されているのは明白だった
薄暗がりの魔法が健常な者に与えるよからぬ影響は魔法使いですら図かねる。彼の場合、くすぶっていた不満が魔法の影響で爆発したのだろう。理解できる怒りは魔法の力でねじ曲がって妄執として燃え上がり、誰にも止められない業火となって彼を内側から焼いている。
「――ほざけ!」
言いざま、死霊術師は腕を振り上げて自分の僕に攻撃を命じた。
先行したのはグリムだった。
恐ろしいほどの膂力を持った彼は依然戦った時と同じように一足で十メートルほどの距離を詰め、偶然手に入れたらしい巨剣を振り上げ大地ごと黒法師の頭を割ろうと襲い掛かった。
なるほど恐ろしいほどの力だ、さすがネットの掲示板で「パワーだけなら配信してる連中でも上位」などと噂されるだけはある。
以前戦った時はこのパワーを甘く見て一撃をもらった、いまだに痛む体が黒法師にあの一撃が危険だと伝えている。
が、黒法師とて馬鹿ではない、彼の人生に二度も同じ一発を受けるなんて事柄は存在しない。
腰に付けた小さな袋の口から飛び出した愛剣の柄を握り、勢いよく振りぬいた。
黒法師の手に握られていたのは東雲伊織としてダンジョンに潜っていた時の物とは明らかに違う、ロングソードよりも少し長いそれは俗にいうバスタードソードであり、猫の国に冠を奪還した際に猫の王より賜った魔法の剣だ。
身の丈を超えるほどの大きさの剣と比べればつまようじのようなその剣は、しかし、大地すら裂くような一撃を完璧に逸らして見せた。
けたたましい金属音が鳴る、グリムの後ろからさらに二人の戦士がこちらに襲って来ようとしている、魔術師らしき風体の三人は補助か攻撃か、なにがしかの術の準備を整えていた。僚氏ルルは――死霊術師の横に控えている。
『あそこにいられると狙えんな……』
横に流された剣を刃を返すことなくこちらに向かって振りぬいて来たグリムの一撃を上からかぶせるように受け止めた黒法師は口の中で唱えていた魔法を解き放つべく、グリムの後ろから槍を突き入れようとしている男の方に視線を向ける。
――〈足引く大地/Terra pedes tuos trahit〉――
次の瞬間、踏み込んで攻撃を入れようとした二人の動きがぶれ、視界から消える――こけたのだ。
足元の草が括られた罠のように足を引き彼らの行動を阻害したのだ。
ごく短い時間ではあるだろうが二人のエクスプローラーを封殺した黒法師は上から抑え込んでいた剣の刃をグリムの方に向け、巨剣の上をすべるように走らせた。
腕と胸部を切り裂く軌道で空を掛けた銀閃は、しかし、不可視の壁に阻まれて空中で止まった――防御の術だ、後ろの魔法使いが魔法をかけたらしい。
致命打を与えられなかった黒法師だったが、その動きは止まらなかった。前もってかけていた〈剛力〉の呪文を信じて剣を振りぬいたのだ。
その化け物のような膂力はグリムの体を浮かせて臨んだ場所に運ぶには十分な威力があった。
野球のボールのように打ち出されたグリムは勢いよくその体を空に投げ出し、一直線に飛んだ――術を使おうとしていた魔法使い集団のもとに。
援護のために放たれる予定だったのだろう、火炎の魔法と衝撃波の魔法が完成する寸前にグリムは魔法使いたちに「着弾」した。
それを確認しながら斜め下から突き入れられた槍を左手でつかんだ黒法師は剣を地面に突き刺し、先ほど剣を取り出したのとは別の袋からさらさらと流れる公園の砂を取り出した。
それをいまだに草に足を取られて起き上がれない二人組の間の地面に放り投げた。
『――Inclinate capita vestra, terreni spiritus, sub potestate eorum quae sub nomine Kremrock vacillant canore《.朗々と流れるもの『揺れ動くクレムロック』の名において連なるもの力の元、大地の生霊よ頭を垂れろ。》』
口から滝のようにこぼれた言葉はいつだったか子鬼を地の底にいざなった呪文だった。
――〈流砂の罠/fluit arena laqueus〉――
二人の中心の地面が突然陥没し、二人の戦士は流れる砂の牢獄につかまった。
『これで二つ。』
どうにかこちらに攻撃しようとあがく二人の死者を一瞥した黒法師は視線を前に――起き上がってきたグリムに向ける。
彼はすでに立ち上がり、自分の巨剣を握りなおしていた。
後ろでうめいている死体は――どうも直撃した一人は行動不能のようだ、衝撃が大きすぎたのかピクリとも動かない。
『……『鈴鳴らし』の奴に謝らんとな……』
死体を壊さずに勝つのが難しいかもしれないと判断した黒法師は内心で苦々しく思った――結局、自分のような不調法な男にできる解決法などこんなものなのかもしれない。と
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