第42話 ――の驚愕

 何時もの様に早めに登校した学校は静謐とした空気で出迎えてくれた。


 昨日のがあって少々学校に来るのが億劫だったが――まあ、それはこない理由にはならない、親との約束もあるしすっぽかすのはまずいのだ。


『うーん……何でこんなに金曜日ってだるいかなー』


 金曜日になると元気が出るという人間もいるがそういった気持ちのわからない自分にははなはだ疑問だ――だって、明日が土曜だろうと明明後日しあさって月曜だ、結局次の問題が来るのになんだって喜べる?


『まあ、これ言うと大体みんな「後ろ向きすぎる」って言うんだけど。』


 その意見は分かる――自分でもわかってはいるのだ、こんなこと普通の人なら考えない、次の日に行く遊びのこととか週末の予定のこととか考えるのだろうことを。


 そして、決して自分が社交的でも、前向きでもないことも理解できている。とはいえ――


『これっばっかりは変わんないんだよなぁ……』


 根がこうなのだ、これはどうにも変わらない。根暗は治るようなものではないのだ、十数年の人生がそう教えてくれた。


 それを変えるかもしれなかったも――


『潮時かなぁ……』


 ――昨日ケチが付いてしまった。


 目の前で丸めたチリ紙のようになっていた人間の姿はいまだに目の裏に焼き付くようだ、しばらく眠れそうもなかった。


『実際、昨日は寝れなかったし。』


 若干かすんでいる視界は、眠りにつくたびにあの情景のせいではね起きたことを自分に伝え続けていた。


『でも、やめるのもなぁ……やめないって言ってたし。』


 思い出されるのは昨日の別れ際の会話だ






『そのさ、さっきのあれ……』


『あーやばかったねぇ……あれ。』


『その、大丈夫?』


『ん、まあ、正直ほとんど意識なかったし……あれでどうこうなったりはしないから安心しなー。』


『……そっか。』







『……大丈夫じゃないのは私だけか。』


 彼女が強いのか、自分が弱いのか。


 自分の心はもう一度あれを見るかもしれない恐怖に耐えられそうもないのに、当の本人は大丈夫だと言って見せる。


 強がりだと分かってはいる、ただ、自分はその強がりすら言えそうにない。


『だからって、やめられないよね……』


 自分が誘ったのだ、自分が勝手にやめるわけにはいかない。


『それは分かるんだけど。』


 ただ自分はもう、あの陰惨な光景に耐えられない。


『どうしよう。』


 今朝から考えているのはずっとそのことだけだ。同じところをぐるぐる空回りして、どこにも辿りつかないまま同じ場所で回っている。まるでハムスターの回し車だ。どこにも辿りつかないのに回り続けている。


「はぁ~……」


 ほとんど人のいない校舎の廊下はひどく静かで不気味だった、昨日友人を抱えて走った木々の間のような緑の廊下はなんだかひどく陰気で自分の心境のようだった。


『そういえば今日もいるのかな……』


 教室の扉の前、ふと、ここ何日か自分よりも早く学校にいる少年のことを思い出した。


『東雲君……だったはず。』


 すこし前に自分と二つ違いの席に座っている、あの、変わっているのか地味なのかの中間にいる男子生徒に自分は手前勝手な親近感を抱いている。


 生活態度は全く違う、彼はそれほどできた生徒ではないし彼女は文武両道で通った才女だ。


 ただ読書をよくしている姿は共感が持てるものだったし、何より――


『たぶんあの人根暗だわ。』


 そう思わせる雰囲気が彼女にひどく不躾なレッテル貼りと奇怪な親近感を抱かせていた。


 ただ、まあ――


『なんか最近、微妙にストーカーぽいんだよねぇ』


 別段明確な根拠はないがなんとなくそんな気がするのだ、以前はそうでもなかったのによく顔を見るからだろうか。


『最近私より先に登校してるし。』


 此処一年、学校で一番はやくあの教室についていた記録はここ四日ほど東雲を名乗る生徒に抜かれていた。だからと言って何があるというわけでもないのだが妙に気になるのだ。


『あ、でも、昨日ぶっ倒れてたし、そんなこともないか。』


 そう結論付けてゆっくりと開いた扉の向こうには――


『あ、いない。』


 ――誰もいなかった。


 『そりゃあんなことあったらゆっくり来るよねー』と少し安心して自分の机に歩く。


 『やっぱ今日は休むのかなー』とか、『だとしたらうらやましいな自分はあんなことがあっても登校したのに』と、徒然考えていた思考は自分の机に教科書類を入れた時に凍結した。


『――なんか入ってる……?』


 彼女の生活から考えて、それは明らかな異常事態だった。


 基本的に彼女は優等生で通っていたし、自分がそう思われているのを理解していた、ゆえに、置き勉などしたことがなかったし、そう見えないように気を付けて徹底してきた。


 昨日もそうだった、学校から出るときは明確に確認して学校を出た、自分の机の中に何か入っているということはないはずだ。


 だからこそ、自分の机の中に自分が知らないものが入っているという状況が考えられない。


『えっ、なになに怖い怖い!』


 彼女の頭によぎるのはろくでもない想像ばかりだった、これは彼女の職業故であったのかもかもしれない。


 彼女の先輩にあたる幾人かに送られた『贈り物』の中身は人が通常想定する『やばいもの』を超えるような代物が結構あった。


『……気づかなかったことに……いや、それはまずいか……』


 たっぷり五分悩んで、彼女はおもむろに机の中を覗き込んだ。


 そこにあったのは――


『――はっ?』


 ――スマートフォンだった。


 彼女はまたしても固まってしまった――のだ。


『これ、杏の――』


 ――だ。


 どっかの企業が売り出しているひどくお高い代物で、こいつで新車が買えるような代物であり、そして――


 ――――


 きょろきょろと首を振って辺りを見回す、辺りにはだれもいない――


『なんでこれがここに……』


 彼女――天王璃珠は背筋に寒いものが走るのを感じた。

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