第38話 魔法使いの戦慄

「――つまり、あれが人間の番人ってこと?」


 精霊は眉――そんなものがあるのなら――をしかめて魔法使いの顔をまじまじと眺める。本当かと聞きたげな不信感がありありと感じられた。


「そうだ、できればそいつらにこの件の下調べぐらいしといてほしかったんだが。」


 すでに燃え尽きた羊皮紙を自前のごみ袋に捨てて、リビングからキッチンを眺めていた伊織が告げる。


 実際のところ、この事件が科学的調査で解決できるとは思っていなかったが、それでも犯人特定の幾らかの役には立つだろう。


「ふぅん?あんたが調べたほうが早そうだけど。」


「そうもいかん、番人もそうだがあの手の連中は自分の職分が侵されると思うとやたらと攻撃的になるだろ。僕だってつかまりたくない。」


「あー……」


 納得したような呻きは彼女がそれをやったことあるのを示している。彼女がいたずら交じりに番人にちょっかいを掛けて百年の流刑に処されかけたのは魔法使いや人外の連中には有名な話だ。


「それに頭数はいたほうが楽だろ。」


「まあ、それはそうかな。」


 同意した精霊を一瞥して、魔法使いはキッチンの奥の扉を開いた。


 そこは更衣室だった、おそらく次の配信の衣装だろう少々派手な服がつられている。この奥はどうやらバスルームらしい、はて――


『私室はどこだ?リビングか?』


 再びリビングに戻ってきた少年に精霊はいささか慄いたような声を出しながらお言葉を掛けた。


「……ってことはもしかして僕結構やばい?」


「大丈夫だろ、何もしてない奴に「迷い路」を仕掛けたわけでもなし。連中は人の仕事の内容何ぞ気にせんよ。するのは僕だ。」


 実際精霊や妖霊、番人に選ばれるような連中は通常の生き物とあまりにも違う生態をしている。人間の営みや社会制度を理解できる者はまれだ。


 古い法の下に生きる者達は理解できない制度に関しての理解はかなり雑だし、中には人間は常に魔法の法を犯しているのだと主張する者もいるぐらいだ。


「あー……ちゃんと返しとくから許して――って、何探してんのさ。」


 暗にいつでも番人の代わりにお前を罰することもできると告げた魔法使いに対して、多少のあせりを含ませて謝罪した精霊はそれよりもがさがさと部屋を漁る魔法使いに注意が向いたらしかった。


「あ?ああいや、パソコン。」


「ぱそ……?ああ、あの光るやつ。なんでそんなもん探してんのさ。」


「いや、僕の考えが正しいのなら、たぶん何かしら犯人に狙われる理由があったと思うんだよな。」


「どういうこと?」


 胡乱な顔――特に表情は変わっていないが――の精霊に向き直って告げる。


「彼だけ殺されたのが気になるんだよ、ほかのやつは生きてるのに何で彼だけ殺されてるのか……」


「それがパソコンにあるの?」


「たぶんな、最近は何でもパソコンに保存するもんだし。」


「フーン?あいつ、そんなこと言ってなかったけど。」


「本人が知らないところで入り込んでたとか?」


「あり得るの?」


「……考えにくくはあるな、じゃあ、彼も気が付いてないけど犯人にはまずい物が映った動画とかがあるとか。」


「それなら部屋とかもっと荒れてない?警察意外何位もいじってないよ僕。」


「だがそれだとグリムだけが殺されてる理由がわからん。」


「――じゃあ、あいつだけじゃないんじゃないの?」


「――」


 盲点だった。


 確かに、確かに――


『――?』


 ない――とは言えなかった。


 何せ、彼は


『こいつが特殊だったのは死んだことじゃなく――』


 ――


『いや、まて、もしそうだとしたらどうやって死体を――』


 ――気が付いた、この犯人には『。』ことに。


『グリムを運び出せなかったのもそれで説明がつく。』


 守護の呪文だ。それが邪魔を――


『いや、いやいや、待て!それだと、どうやってその呪文を――』


 その時、彼の脳裏に宿ったのは寝不足の脳が考え起こさせた悪魔的な発想だ、疲れでちょっとおかしくなっている状態だからこそ思いついたものであり――悲しいかなそれが正解のようだった。


「――なぁ、聞きたいんだが、お前の守りの呪文ってどんな奴だ?のべつ幕なしに守るタイプ?」


「いや、だってそれすると髭剃りとかできないって言うから、ほかの生き物からの攻撃だけあたらなくしたよ。攻撃が勝手にそれてく奴。」


「――なら自分が自分を刺したときにはお前の守りの呪文は効かないんだな?」


「……そうなるかな。だからって自分で首は折れないでしょ」


「じゃあもう一つ――」


 ――死霊術で操られた遺体ってのは本人として魔法に扱われるのか?


「――!?」


 驚愕を顔に字で書いたように慄く精霊をしり目に、熱に浮かされたように魔法使いの思考は高速で回り、すでに自然法則を無視してあらぬ方向に到達していた。


 『ひどい勘違いをしていたかもしれない。』


 ――てっきり、ダンジョン内で死んだ死体にも魔法の法則は適応され、人間の身体能力に戻るとばかり思っていたのだ。


 ――だがそれが違うなら。


 もし、もしだ、ダンジョンで使える超人的な身体能力がこちらでも使えるのなら?


 ――それなら、この建物に垂直に跳んでベランダで待っていられるのではないか?あるいは暗くなってからどこかの影からよじ登れるかもしれない。それこそ、特撮の怪人のように。


「……だから窓の前で死んでたのか……」


 かなり大雑把な推論だ、これがあっている保証はない――が、魔法使いにはもうそうとしか考えられなかった。


『――だとしたら、警察にこいつは逮捕できんな。』


 当然だった、警察に魔法使いはいないし、ダンジョンの外ではエクスプローラーもただの人だ。

 この推論が正しいのであれば、自分がこの事件に気が付いたのは何かしらの運命だったのかもしれないと思い始めていた。


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