第37話 魔法使いの見分
「――つまりどっかの馬鹿が使ってる死霊術がらみでこいつは殺されたってわけ?」
「そうなる。」
時計の針が二つとも天頂を指し示したころ、たっぷり十分の間沈黙の帳に包まれた二人の間を切り裂くように小さな銀色が声を上げた。
魔法使いに弱いところを見せたのが恥に感じたのかいささか険を感じる声だった。
「ふぅん……あんたには心当たりないわけ?」
「なくもないが――そいつはたぶん主犯じゃない。」
彼の脳裏に浮かぶのは先だって見つけた毛髪の主である少女の姿だ――ただ、先ほど説明した通りこの部屋の主と少女の間には接点がない。
それに、彼女にこの精霊の呪いを抜ける方法はないだろう。彼が知る限り彼女の能力は身体能力の向上系、彼の防御を抜けられたとはとても思えない。
「逆に聞きたいんだが――彼が後追い人の影をつけて帰ってきた時があったろ、いつの話だ?」
「ん?ああ、あのしょぼい霊もどきのやつか、そういえばついてたっけ。」
「覚えてないか?」
「んー……なんか気が付いたらついてたしなー……たぶん二週間ぐらい前じゃない?」
「ふぅん……?」
彼が「あほみたいなモンスターに殺されてるww」といった切り抜き動画を上げたのは大体十日前、なるほど時間軸でいえばあっていそうだ。
たっぷり一分ほどかけて考えを巡らせた魔法使いは銀の精霊に向き直って一言。
「――この家、調べてもいいか?」
と聞いた、家主の同意は取れないが最低限の礼節はわきまえておくべきだと感じたのだ。
「好きにしなよ、どうせ僕じゃわかんないんだから。」
そう言って精霊はそっと家主が座っていただろうソファ――あるいは彼も見られないようにして共に座っていたのかもしれない――に腰掛けて背もたれに体を預けた。
その姿がやけに小さく悲しく見えた伊織はそっと彼女から視線をそらした。
『死体が見つかったのは大体――六時か。』
スマートフォンに映されるニュースの画面に踊る文字を眺めて腰の袋から幾らかの道具を取り出す。
何かの液体に浸った古い時代の詩歌の書かれた羊皮紙、その辺で売っていそうな金属製の灰皿、何も入っていないコップに水道から出した水を注ぐ。
全てを集めた彼は、おもむろに羊皮紙を両手でつかんで遠く空の果てにある星の力をかき集めた。
『`Qui ibi sunt', `momentum, quod praeteriit, evocant'.《『そこに在る者』よ、「過ぎ去りし寸時」を呼び起こせ》』
瞬間、羊皮紙がどこからともなく表れた炎に点火され、めらめらと音を立て燃え始めた。
伊織はそれを灰皿の上に放り投げる、必要なのは羊皮紙でも炎でもなく煙だった。
それから数秒後のことだった、立ち上がっていた煙が意志を持つかのように地面に向かって動き、そこに滞留し始める。
数十秒後には、煙で出来た人間が床の上で無残な姿をさらして横たわっていた。
「へー……過去視の呪文?」
「そうだ、どうせ死体がないのは分かってたから準備しといた。」
「用意いいねぇ。」
「魔法使いなんてこんなもんさ。」
精霊の感嘆から始まったごく短い友人の会話の最中も彼の目は死体から離れていなかった。
『……窓の前で死んでる、体は仰向け、ってことは……外から襲われたのか?』
ついでに言うと死因は明白だった――首があらぬ方向に折れている。
『どうりで血が出てないと思ったら……』
ニュースでは死因までは語られていなかったが、どうやらそもそも血が出る死に方ではなかったらしい
『どうにも生き物が死ぬと切り殺されたイメージが付いて回るな……』
苦笑しながら顔を上げる、目の前には窓でだけ仕切られたこの部屋の中で最小の外が広がっている。
『どうやってこんな所に隠れたんだ?』
単純な疑問だった、一体どんな方法でこのベランダ――いや天井がないからバルコニーだったか?――に入り込んだのだろうか?
ここはかなり高い、少なくとも人が容易く昇ってこれるような場所ではないし、ここの住人でもなければこの階層にはやってこれないはず――
『ここにいる奴が犯人?いやいや、それだと他の事件とつながらん――』
「……ていうかさ。」
物思いにふけっていた少年の意識を急浮上させたのは精霊の一言だった。
「死霊術ってことは――あいつも?」
そう聞く声は明らかにこわばっていた。
元来、精霊は汚いものというのが嫌いだ。それは汚れた湖であったり、ゴミ捨て場であったり――あるいは死体であったり。
友人が――それがどのような形のものであれ――精霊にとって許されない形質で他人に操られているのは、彼女にとってどのような衝撃を与えたのかは魔法使いには測れなかった。
「……ああ、さっき――いや、もう昨日か。会った。すまん、結構壊したぞ。」
「いいよ、あいつの死体が動いてれば蘇ったってことにはならないでしょ。」
「ああ……確かに、そうだな。」
同意した彼は、それでもつらいのでは?と問いかける精神に蓋をした。
彼女の中でいかなる決着がついているにせよ、あるいはついていないにせよ、精霊の観念について彼は完璧に理解しているとは癒えなかったし、そうでなくとも口を出す資格などない――彼はこの精霊の友人を救い損ねたのだ。
「――ところで、この家、警察とか来なかったのか?」
だから、空気を変えるために事件の事に話を戻した、ある種の逃避だったが――
「けい……?ああ、あの不躾な青服連中?あれなら『小径』に送ってるから今迷ってるんじゃない?」
「……えぇ……お前何してんの?」
――思ったよりもやらかしてた、どうやら警察の面々を『神隠し』にあわせたらしい。
「?何って……人の家に勝手に入ってきて死体だの持ち物だの運び出す連中なんてどうなったって仕方ないでしょ。」
何言ってんだこいつ、と全身から醸し出す雰囲気でしゃべるこの小さき精霊に魔法使いは頭を抱えた――とはいえ、精霊とは基本こういう連中ではあるのだ。
元来風の中や澄んだ水の底にいるような連中だ、人の世の法則などこいつらにはわからぬ、こいつらに追っては警察と泥棒は同じく「人の家に許可なく入って物を持ち出していく連中」だった。
こいつは比較的世慣れしている方だったがひどい個体になると誘拐犯と友達の差すらわからないのが精霊だ。
「いや、そいつらは事件の調査する奴らなんだよ。」
「?それはあんたがするんでしょ?」
「いや、そう言うことではなく……」
結局彼はこの銀の精霊に一時間近くかけて彼らを開放するように説明する必要があった。
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