第43話 少女たちの会話
「ど、どう思う?」
「どうって言われても困るんやが……?」
昼休み、屋上に続く誰もいない階段の中ほどで二人の処女が声を潜めて会話していた。
片方は加藤杏。昨日陰惨極まる目にあった少女にして、現在議題に上がっている携帯の持ち主の少女。
もう一方は天王璃珠。なくしたはずの携帯を机の中に入れられる下手なホラーよりも怖い展開を経験している少女。
「いや、だってさ。普通に考えて私の机にこんなもん入れられる人間なんていなくない?怖くない?」
「怖い。」
当たり前のことではあったがこのような事態になったことのない少女たちは悩んでいた。
「でしょ?運営の人とかに行った方がいいのかな。」
「うーん……」
彼女たちが選択しようとしたのはありきたりだが効果的な手――大人に頼るということだった。
実際、悪い手ではなかっただろう。
すでに事態は彼女たちの手に余る様相であったし、下手に自分たちで対処するよりもよっぽどいいと考えられる当たり彼女たちは優秀ですらあった。
――無論、それは事態が急激に動かなかったときの話だが。
ピりりりり ピりりり
機械音が響く、音の出どころは――議題に上がっている携帯だった。
「――!?」
「――!?」
勢いよく顔を見合わせた二人は声にならない声を上げながら一瞬で混乱の極みに立っていた。
文字盤には電話番号だけが登録されていた。
「ど、どう思う!?」
「どうって言われても困るんやが!?」
混乱のまま騒い打二人は文字盤を見つめて――電話を切った。
「あ、切るんだ!?」
「そりゃ切るでしょ!怖いもん!」
「うん、まあ確かに。」
思わずといった調子で突っ込んだ杏は次いで放たれた言葉で納得した。という彼女がやらないなら自分がやっていただろうと思った。
そうして一息ついた二人の手元でもう一度携帯が鳴った。
「「ひっぃぃ!」」
今度は悲鳴が出た。
文字盤に表示されるのは先ほどと同じ電話番号。
「ど、どう思う!!?」
「どうって言われても困るんやが!!?」
もはや恐怖と混乱で声を潜める事すら忘れた二人はほとんど怒鳴り声のように叫んで携帯を見つめる。
そろそろと璃珠の指が動いた――通話ボタンのほうへ。
「あ、出るん!?」
「だ、だって出るまでかかってくる奴ジャンこれ!」
「い、いやたぶんそうだけど!」
「ならやるしかないでしょ!」
言い切った少女はおもむろに通話ボタンをスワイプした。
「も、もしもし!?」
『あー……申し訳ない、別に驚かせるつもりはなかったんだが……ほかに話す方法がなかったもんで。』
電話口から響いた声はしわがれた幼女の物にもひどくみずみずしい老女の声にも聞こえ、あるいははつらつとした老人にも老練な少年にも聞こえる、ひどく不可思議なものだった。
「――この声――!?」
『ん、嗚呼、気が付いていただけたなら幸いだ、昨日ぶりだな――黒法師の中の人だ。』
「――!?」
二人の間に流れたのは先ほどとは明確に違う混乱と緊張だった。
黒法師と言えば昨今のエクスプローラー界隈における都市伝説でも一際熱をあげられている怪人だ。
何の見返りも求めずひどく高級なkスリや道具を惜しげもなく使って人を掬い、その動きは全く予想がつかない。
まったく同時に四つの場所にいたこともあるとされ、複数人で動く何かの目的の組織であるとうわさされる殊更の不思議
ある国でそれにつながる情報ならたとえどれほど小さい物であっても円換算百万、招待につながるのなら一生生活には困らない懸賞がかかっているとすら言われる偉人だ。
「えっ、あ、ど、どうも?」
突然訪れた超名人との会話は彼女の社交的でない部分を驚かせるのには十分だった。
どもった上に自分でも笑ってしまうほど震えた声に自分の体を叱咤しながら、どうにか落ちつこうと呼吸を深く吸った。
『はいどうも、昨日はあの後大丈夫でしたかね。』
「あ、はい全然……」
『ならよかった。配信は見たけど実際どうかわからんくてね。』
「えっ、見たんですか昨日の配信。」
『君の持ってるそのスマホでね、すまんがちょっと使ったぞ。誰のか確認せんと返せなかったし。』
「あっ!いえ、別に全然。」
頭の中の冷静な部分は『もっと気の利いたことが言えんのかい!』と、怒っていたが、混乱した頭ではこの会話が精一杯だった。
「えーっと、すいませんこの形態の持ち主なんですけど、この形態こいつの机に入れたのは――」
『ああ、うん、b――自分。すまんね、君らがそろいそうなとこがここしかわからんかったんだよ。』
これを言われたときの二人の心境は筆舌に尽くしがたい、何せ隠している招待を知ってる人間がいて、それが犯罪者とも英雄ともとれる謎の怪人物だというのだから当然のことだ。
絶句している二人に電話の不可思議な声は困ったように『あー……』と一つ呻いて言葉を続けた
『いや、別に正体がわかってるからどうとか言うことはない……って信用できんな。』
『やっぱりこうなるか……』と困ったような声を上げる電話先の人物はそれほど悪人には思えなかった。
思えなかったが――やはり怖いものは怖い
『早く切り上げて電話切ろう。』
そう心に決めた璃珠は電話口に向かって
「えーっと……それで一体何の御用で?」
と伝えた。
『あーうん、あんたとそこにいるお友達に用があるんだよ。』
「えーっと……やばいやばい、なんか脅されるやつかな!」
公判を努めて小さく囁いた璃珠に杏は「かも」とだけ小さく答えて、沈黙した、その顔は青い。
『……聞こえてるよ、疑うのは分かるが、別に脅すとかそういう類の話じゃない、聞きたいことがあって電話しただけだ。』
「えっ、あ、や、えっと……聞きたいこと?」
「そうそう、君らのグループ――」
―――あのカメラマンはいつから雇ってる?
『――ふん?大体わかった。どうも、お二人さん』
「あ、いえ……?」
不可解な会話を終えた二人のお売りに浮かんだのは困惑と安堵だった。
この不可解な通話相手は少なくとも電話口においては非常に紳士的でこちらを脅す様子もなかったからである。
『これってさ、あの懸賞のサイトとかにこの番号送ったらお金になったりするのかな?』
『あんた、このタイミングでそういう発想する?』
なんて潜めた会話が出るほど安心していた二人は――
『ああ、ちなみにこの電話番号にあんたたち以外の人間がかけてもかからんから、あの常人で金がもらえるみたいなとこに垂れ込んでもあんまり意味ないぞ。』
という一言で再び凍り付いた。
「あ、アハハそんなことするわけないじゃないですか……」
『……まあ、念のためさ――ああ、そうだ。』
思い出した妖異電話口の不可思議な声が言った。
『――昨日あんなことになった人に言うことでもないけど、ファンとしていつも配信楽しみにしてるよ。』
そう言って一方的に切られた電話をしばらく眺めた二人はどちらともなく「まじで?」とぼそりとつぶやいた。
同じ時刻、彼女たちのいる階段とは反対の屋上への階段の踊り場で東雲伊織は通話の切れた自分の携帯を眺めていた。
すでに気が付いているだろうが携帯を机に入れたのが彼であった。
彼女達が集まったタイミングで電話が来たのも別に何もおかしくはない、だって二人で席を立ったタイミングで電話しているのだ。
そんな彼は何をするでもなくいまだに携帯の画面を眺めて先ほどの会話を反芻していた。
『ああいや、別にいつってこともなくって、ただ――』
「ルルちゃんから紹介されて――か。」
伊織の表情に走った苦みは自分の想像が当たっていたことに対するものかあるいは――先ほどまで電話していた少女にもう一度ひどい傷を負わせることへのものだったのか、彼自身にも区別がつかなかった。
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