第36話 魔法使いの嫌悪
「……でも、あんた以外にそんなこと誰ができるんだよ。」
口火を切ったのは精霊の方だった。
実際問題、由緒ある魔法使いの一人である彼を除けば精霊の力に抵抗できるものがこの狭い島国にいるのかははなはだ疑問ではあるのだ。
「僕にはできんよ、そしてその方法も君が分からんなら僕にもわからん、たぶん、僕らが想像できてない方法で突破したんだ。」
「……例えば?」
「――僕より高等な魔法使いが出たとか。」
ここで彼の自己認識の低さが悪いほうに働いた――これにはいくらか事情があったが、ひとえに比較対象が悪いのだ。
明らかにありえそうもないことを告げた魔法使いに精霊の厳しい一言が飛んだ。
「ないね、ありえない。」
一言で切られた伊織はいささかムッとしながら「なんでだ、僕だって師匠や番人に比べたら――」と続けたがその言葉も次の精霊の一言で立ち消えた。
「比べる対象可笑しいでしょ。そもそも、あんたよりも上のやつが来たなら間違いなくサロンの連中が黙ってないよ。いつだってあんたの動向をびくびくして監視してるんだから。」
この言葉に伊織はいささか面食らった。
以前の査問会とかいう圧迫面接のときに語ったことだが、彼はあのサロンと呼ばれる集まりに顔を出した事はない。
なのにいったい何に恐れられているというのだ?
「――あいつらが?なんで。」
「いや、ふつう怖いでしょ。」
「……僕なんもしとらんだろ。」
憮然と告げる。
正直に言って不愉快だった。彼はどのような生物にも慈悲深く接してきたつもりだったし、なんなら超自然の生物は人間よりも丁重に扱っているつもりだったのだ。
「いやあんた普通に考えなよ、『高麗たるネズミの王国』を滅ぼした妖霊の首を11で刎ねて、『精霊の王国』の至宝を誰も手を出せなかった要塞から取り返してくる男だよ?それも12歳で。おまけに『鳥かごの王』も殺して『死肉漁り』の襲撃も『戦の兜』も通じなかったでしょう?明らかにやばいやつだよ。」
銀色のつるりとした顔なのに、精霊の顔には目で見て分かるほどありありと呆れの色が見て取れた。
「……だからってなんでビビる?近場にいるだけだろ?」
「普通はそういうやつが近場にいるのは怖い事なんだよ。あんたが実家からこっちに越してくるってわかっただけで人狼の連中みんなここから逃げたんだから。」
「……そうなの?」
これもまた初耳だった、今日は嫌に知らない情報を知る日だ。
「うん、だからサロンでいちゃもんつけたんじゃない?」
「あー……」
なるほど。と少し納得した。違和感があったのだ、あの手の陰湿な手は人の領分であって超自然の存在ではやらない。
人から派生した――あるいは人が意図せずに超自然の側に抜けることはごくまれだがおこりえる。人狼とはそうして生まれた種の魔法的生物だ、やつらならば人間的な嫌がらせをしてくるのも納得できる。
「ま、あの一件で連中びっくりするぐらい周りから絞られてしばらく出禁くらったらしいけど。」
「……そうなん?」
「そりゃサロン更地にされる手前だったもん、フツーに出禁でしょ、あんたの恨み買ってまでサロンに入れるうまみがないよ。」
「あー…………菓子折とか持って謝りに行った方が……?」
「やめなよ、いじめか煽りに見えるって。」
「えぇ……?」
途方に暮れたように肩を落とす魔法使いをからかうように笑った精霊はその外見に見合う可憐な様子だった――いささか機械的には見えたが。
「逆恨みとかされんよな?」
「くだらない事してきたら黒焦げにすればいいでしょ、『蛇』にそんなことしたって聞いたけど。」
「人間はそう簡単でもないんだよ。」
煩わし気にそう言って腕を振る魔法使いに「面倒だなぁ」とこちらも面倒くさそうな精霊――ようやく、以前の関係に近い奮起になってきた。
「――で、彼と君はどんな関係だ?」
「……友達だよ、エインセルと同じさ。」
ノーサンバーランド地方に伝わるとされている妖精の一体の名を上げる、伝承によれば人間と友人になったとか――まあ、その友人になった人間に泣かされることになったそうではあるが。
「ほーん……どこで会ったんだ?」
「ダンジョンにもぐりこんだんだよ、あそこの人間、結構いろいろ落とすからさ。」
「で、見つかったと?」
「まさか、自分から見られようとしない限り魔法使いもどきに見つかるもんか。」
実際、精霊や妖霊に分離される連中は基本的に不可視であり、彼らのいいと思う時にしか普通の人間の目には見えない、例外は魔法使いの持つ『第三の視界』や超能力者が使うらしい念視ぐらいだろう。
それが分かっている魔法使いは「そりゃそうだな。」と鷹揚に理解を示した。
「あいつ、配信おわり?ってやつで、それの時にガラッと性格が変わったんだよ。で、それが面白くってさ、それにひかれて――」
「――話しかけたと。」
「……うん、ちょっとのつもりだったけど、いいやつだったし。ダンジョンの中でちょいちょいあってた。あそこをダンジョンって言うのもあいつから聞いた。」
そういうう精霊の目にはあるはずのない涙が見えるようだった。
それを見た魔法使いは驚愕とこれから自分が聞くであろう質問に強い嫌悪感を覚えた――この態度以上の証拠があるのか?
だが……だが、聞いておくべきだ。彼は自分を嫌いになる決意を固めた。
「……エクスプローラーとして利用されたとかでなく?」
自分でも驚くほど平穏な声が出た――友人を失って悲しんでいる者にこんなことを聞いているのにだ!
自己嫌悪で吐きそうだった。
「そのときは自分で文句言ったよ、でもそんな感じじゃない――と思うよ。」
その声音は優しく、大事な思い出を仕舞うような響きがあった。少なくとも彼女はそう信じているのだろう。
「……そうか、残念だったな。」
そういうのが精一杯だった。
自分でも驚くほどこの精霊に同情していた。そう感じさせるに十分なほど、魔法使いはこの精霊を知っていたし、打ちひしがれているのは見たくないと思う程度にはこの奇妙な隣人に情が移っていた。
「……ん。」
胸を襲う罪悪感は強さを増していた――これだから人とかかわるのは嫌なのだ。魔法使いは人を傷つけるのがうまいくせに人のためになることをするのがあまりに下手だった。
『……あと何人傷つければ終わるんだか……』
ひどく不愉快な気持ちをどうやって吐き出すのかもわからない少年の前にあまりにも重い沈黙が帳を下ろした。
これを払いのける魔法は覚えがなかった。
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