第33話 伊織少年のため息
彼女への疑いが深まりを見せたのは事実だったが、探ろうにも限界がある。
伊織は彼女の自宅を知らなかったし、それを探るために使う呪文は明らかに『樫の木の下で行われた制約』に反するものだ。
そんな事をすればすぐにでも魔法の番人は自分を殺しに来るだろう。その時伊織にあの梟をどうこうする力や機会が与えられるとはとても思えない。
それに伊織の認識が正しければ彼女はこの件の主犯ではない。
彼女ではあまりにも『他人との接点が薄い』のだ。
それはダンジョン配信事業という新たな企業の業務体系によるものだった。
これに限った話ではないが、彼女の事務所は基本的に不意の遭遇を除いて他所の配信者とのコラボはしないし、それはグリムの方も同じだった。
こういった方針の事務所は結構多い、生き馬の目を抜くような熾烈な業界で売り上げを順守するため、ある種の妄想を許容する必要があり、他社との接触はそれの妨げになると考えているのだ。
そのためだろう、彼、彼女たちは基本的に自分たちの身内――つまり先輩後輩――としか接触を持たない、二人ともだ。
つまりこの二人は接点がないのだ、何度も語ったことだが後追い人の影は接触しなければつけられない、彼女達では相手につけることができないのだ。
それができないのであればこの件の主犯ではありえない、何せこの状況は後追い人の影から端を発しているのだから。
だとすればこの事件の主犯――後追い人の影をつけた死霊術師は別にいることになる。
『ただ……そうすると――』
今あそこにいる『僚氏ルル』は――
『……悪人か、善人だったか』
どちらにしても彼女のファンには傷を負わせることになるだろう。
『……よそう、どっちにしてもだ。』
そう考えて頭を振る。誰かが犠牲を払う時が誰にも知られずに来て、誰にも知られずに過ぎ去ったのだ――そして、自分は今それを掘り返そうとしている。
何にもならないかもしれないが――だが誰かがやらねば、この事件は終わらない。
彼は自分のクラスメイトを先ほどのようにぐしゃぐしゃにされうる状況を放置する気はなかったし、ほかの人間にそのような災難が及ぶこともよしとしていなかった。
『……そのためにもダンジョン外で行動を起こしたグリムの事件現場は見ときたいな。』
何せ犯人側からすれば最も神秘から遠い場所で起こした事件だ。普段のダンジョン内なら隠しきれた手掛かりが残っている可能性は十分あるだろう。
『行ってみるか……』
場所は――どっかのニュースサイトにでも乗っているだろう、人間はみんな噂好きのなのだから。
グリム――本名
22歳社会人、配信事業ではそれなりの大きさの事務所に入り、ファンも五十万人お越えるほどいる間違いなく人気の配信者であった。
その上で、彼本人――つまりエクスプローラーでも配信者でもない彼は平凡で、決して悪人ではなかった。
それほど前に出ない性格の彼が配信事業に足を踏み入れたのは、それほど ドラマチックというわけでもなかった。
ダンジョンができるまで、彼は平凡だった、普通に生まれて、普通に学校に行き、普通に食事して、普通に遊び、普通に恋をしたがって、普通に人に好かれたがった。
そしてダンジョンができても、彼は平凡だった、普通に生まれて、普通に学校に行き、普通に食事して、普通に遊び、普通に恋をしたがって、普通に人に好かれたがった。
その上で彼に普通の人間と明確な差があったとしたら、それは一つ――彼にエクスプローラーの才能があったことだろう。
彼は優秀だった、二層で偶然ドロップした大きいだけの剣、ただそれが彼には妙に合っていた。
現実では想定できないほどの巨剣――彼の身の丈を超えるほどの大きさなのだ――を使い、モンスターをばっさばっさと叩き切るその姿は周りのエクスプローラーたちの羨望を集めた。
彼が配信事業に誘われたのはそんな日だ。
今ある二大配信事務所ではなかったが、彼にはこれぐらいがちょうどいいと彼本人は思っていたらしい。
その上で彼はその事務所でもそれなりの成功を収めた。
幾らかのキャラクターを作る必要性はあったし、それが素の自分と正反対のキャラクターだったことに思うこともあった。
それでも、自分にファンが付いたときは喜んだし、それが多くなれば多くなった分だけ喜んだ。
より好かれようとキャラクターを演じ続けた、それがいい事か悪い事かはわからなかったが、それでも、好きだと言ってくれる人がいればそれでいいと思っていた。
どんどん自分が進歩していくのを感じて天狗になったりもした――まあ、その時は先輩だの同期だのに止められたのだが。
そうやって彼は一歩一歩成長し、大手の配信事業に食い込むに値する男に成長したのだ。
その事実は彼に勇気とやる気を与え、彼はさらに奮起することをファンに誓った――
そして今日――そんな彼の遺体が発見された。
そんな男の死に場所に立つ伊織は、そそり立つマンションがまるで打ち捨てられた墓地に見えた。
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