第31話 魔法使いの手掛かり

「――というわけでどうにか生還できました。」


「ご心配おかけした皆さんお騒がせしてすいませんでした!」


 カメラに向かって頭を下げる二人は、彼がトレントに割って入った時のような悲惨な様子を微塵も感じさせなかった。


 その様子をで見ていた伊織は微笑んで十六層に向かう階段を上り終えた――彼は再びダンジョンにもぐりこんでいるのだ。








 結局あの後、少女たちは一度も目を覚ますことなく入口までたどり着いた。


 眠りが百薬の長というならこれはまさしくその好例だった。先ほどまで血が足りず活力もなかったせいで青白かった二人の肌は赤みがさしている。この分なら人前に送り出せる顔色だ。


 伊織は推しと一言も話せなかった事実に若干落胆しながら二人を起こした。


 ひどく寝ぼけた様子の二人は始めはどこにいるのかわからない様子だったが彼が説明をするとすぐに状況を理解したらしく、彼に腰の骨が折れるんじゃないかと思うほど深く頭を下げて見せた――まあ、影でこっそり、何かされていないか確認してはいたが。


 夜を切り取った外套の裏で黒法師はそっと苦笑し「別にかまわない」と告げた。


 実際問題、いつもやってることだ相手が推しだろうが嫌いなやつだろうがやることは変わらない。


 それが二人の目にどう映ったのかはわからない、不気味な生き物の気まぐれと映ったのか、あるいは善意の使者に見えたのか。


 ただ、どちらにしても、彼女たちはもう一度深々と頭を下げてくれたので彼にはそれで十分だった。少なくとも誰もいない場所でそっと胸を張ることはできそうだ。


 そう考えた黒法師に彼女たちは自分たちを救ってくれたのだから何かしらお礼がしたいので一緒に来てほしいと告げた。


 その言葉に黒法師という都市伝説を自分のチャンネルに使う打算があったのか、あるいは真剣に感謝しているだけなのかはわからなかった、が、どちらにしても彼にその提案は受け入れられなかった。


 彼にはまだやるべきことが残っていた。


 幸いにもいまだに警告の魔法は効果を発揮していないが――この時間は大体のエクスプローラーが仕事を終えている時間だからだろう――何かあればすぐに飛び出す必要があったし、そうでなくとも今回の件の不明点を明らかにするべく、もう少し調べておきたいことがあった。


 受け入れられないと告げた際の彼女達はあからさまな落胆を見せたが、それでもお礼がいしたいと言い、どうすればいいかと聞いてきた。


 黒法師は一言、「次に会うようなことがあれば、飯でもおごってほしい」と告げ、絨毯を勢いよく浮かび上がらせてその場から立ち去った。


 「あ、ちょ!」と声が聞こえた気がしたが無視した。次に会うことはおそらくないだろう――自分が無事にこの事件を解決できれば。





 その十分後、彼は十七層の地に再び落ち立った。


 現場百回などというつもりもないが、今のところ彼に許されている手掛かりはこれしかない。


 ここがダメならまた対処療法に逆戻りだ。


 絨毯を小袋の中にしまいなおし、先ほどトレントを焼き払った場所に近ずく。


 未だに幾本かの化け物が炎を噴き上げる様子を横目に先ほどまで自分が立っていた場所に跪く。


 再び立ち上がった時、その手に握られていたのは針だ。


 そう、あの時撃ち放たれていた針――数本あったうちの一本だ。


 縫い針のように細いそれを彼は矯つ眇めつ見つめて、その針の先端が湿っていたらしいことを突き止めた。


『毒か……』


 思った以上に殺意が高い。


 顔をしかめたのは自分がそれを迎撃できなかった時を想像してか、あるいはその殺意がいまだに他人に向いていることに対してか。


 いずれにせよ伊織は手の内にあった針をこれまた袋から取り出した小皿に水を張って浮かべた。


 もごもごと何事か呪文を唱えると、針は突然弾かれたようにその針先を動かして、浮かべた当初の方向とは違う場所を指した。


 その方角に向かっていくばくか歩き、針の方向が変わればそちらに進む、そんなことを数回繰り返すと針はぴたりと動きを止め、その針先は不可思議なことに天を指し示すようになった


『――こっから投げたのか。』


 そこは彼が針を打ち払った時にいた場所から優に100mは離れているだろう遠い木の影だ。


『この位置から、彼女たちを狙って命中コースに乗せる。』


 とんでもない腕だった、魔法抜きなら少年にはとてもできない。


『……今までの犯人の手口と会わんな、新しく手に入れた死体か?』


 しかし、そんなものがいないのはすでに分かっている、ほとんどすべての企みはつぶしてきたはずだ……


『ってことはもう一発あった隠し玉か……』


 となると厄介だ、一体いくつ隠し玉がある?


 煩わし気にため息を吐いた伊織は首位を探るような目つきでもって眺めて何か手掛かりになる斧がないかと探す。


 ねじくれた木、木、木、視界に移るものと言えば、緑と木の幹の色である茶色ばかりだ、ことさら目立つものなど――


『ん?』


 ――流れる視界の中で、何かがきらりと線のように光ったのを彼は見逃さなかった。


 注意深く見つめながら、彼はそれをつかんだ――


『――髪の毛?』


 それはそれほど長くない髪の毛だった、人の頭にのせれば肩ぐらいまで伸びている、色は光沢があるくすんだ赤。


『……ここにいたってことは……』


 犯人の物である確率は高そうだ。


『やっと影ぐらいは踏んだか……』


 髪の毛を握りしめて思う。いよいよ、後半戦に突入できそうだ。


 髪の毛を小袋から出したビニールに島こんで小袋に戻し、木陰から離れた少年ははたと思いだしたように別の場所に向かって歩き出す。


『アプリさんの落としたスマホってどこに落ちてんだ?』


 拾えたら返してやったほうがいいだろうと彼は歩き始めた。彼女たちが無事をつたえる配信を始める五分ほど前の話であった。

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