第29話 魔法使いの懸念
「――というわけで、助けてもらいました!心配かけてごめんね。」
「あ、うちも大丈夫なんで、ご心配おかけしましたー」
¥50,000
“無事でよかった!”
¥50,000
”これで美味しいものでも食べてください“
¥45,000
“治療代、カード上限なんで許してクレメンス”
「あ、ありがとうございます!」
真っ赤な投げ銭が飛ぶ画面を見ながらリズ・レクスが少々上ずった声を上げた。
黒法師と少女たちの不思議なにらみ合いは黒法師の放った「配信見てる人に報告しなくていいのか?」という一言でもって終了した。
二人とも慌てて無事を伝えようとしていたのだが――ここで、アプリの所持品だったスマホが紛失していることが判明、結果的に二人はリズの持ち物であったスマホを二人で分け会うような形で連絡を取っていた。
二人で一つのスマホにむかって話しかけている光景はなんだか災害にでも被災したかのように見える。
『ま、人災ではあるんだよな』
そう思ってため息を吐いた黒法師は、周囲を警戒しながらどうやって二人の警戒をとくか思案していた。
彼女たちが自分を警戒するのはよくわかるし、正しい反応だと思うがそれでも自分が同行していなければ危険だ。
自分のかけた守護の魔法はいまだに塵一つ通さぬほどの堅牢さを誇っている。
が、これがあと一時間後も同じ力を発揮できるかは分からない。ある程度の力は込めたが魔法の効き目がいつまで残るかは魔法そのものの判断で決定される。
その上で魔法の効き目が最低どの程度続くかはわかっても、いつ切れるかはわからないのが魔法使いの厄介なところだ。
感覚的には後四十分は残るだろう。が――
『彼女たちがその時間で上まで戻れるかと言われると……』
たぶん無理だろうな。と黒法師は判断する。
アプリの方は言わずもがなだ。たぶん歩くのも難しいだろう。
そもそも、彼女の能力は『学術の徒』だ。
聞いた話では迷宮魔宮の構造や罠の有無の確認だとか安全圏での物資の作成・補給だとかが本職の技能であり、直接戦闘という点ではリズやもう一人の同期――僚氏ルルという配信名のこれまた美人な少女だ――と比べると一段劣る。
その上、先ほどのトレントの攻撃で防具や彼女が戦闘に使う『作成品』が死んでいる、これでポンポン進むのは無理だろう。
転じて、リズの方はといえば――こちらもそれほど早く進めそうもない。
目立った外傷はないが明らかに体力が尽きている。先ほどから立ち上がる様子がないのももう立ち上がれないのだろう。
もう一本薬を飲ませると言う手もあるがすでに飲んでいる赤髪の少女に服用させるのは魔法使いの見識が警鐘を鳴らしていた。
大につけ小につけ魔法の薬とは人には効果が強すぎるものだ。
先ほどまで瀕死だった人間を瞬時に復活させるその効能からもわかる通り、過剰な服用は科学的な薬品よりも危険だ。
最悪、体のいろいろな部位が過剰に回復しすぎて死ぬよりひどいことになる場合だって考えられる。
『さて、どうしたもんか……』
首をひねる、彼女たちが自分から頼んできてくれるというなら話は早いのだが――
「あの~……」
――そうはいってもあの警戒具合だ、どう考えたって自分に同行はさせてくれまい。
「もしもーし……」
もう少し接触の仕方か何か方法を考えるべきだっただろうか?しかしコミュニケーション能力に何のある伊織少年にはそれは難易度が――
「……無視ですかー?」
「へっ?あい。」
物思いにふけっていた少年を正気に戻したのはいつぞやの午後にかけられたのと同じ言葉だった。
視線をそちらに向けてみればどうにかこうにかといった風情で少女がよろよろと立ち上がろうとしている。
「ああ、いや、無理は……」と口をついて出た言葉に合わせて黒法師が歩み寄る、今にも倒れそうなほど震える体は生まれたての動物のように見える。
「えーっと……?」
歩み寄った先でいつかと同じように首をかしげる、いくつになっても自分の女子と話すスキルは魔法や剣と違って一向に成長が見られない。
「あ、ごめんなさい……えっと、黒法師さん……ですよね。」
彼女は結局立ち上がれなかったのかゆるゆると体を沈め、再び座り込みながら魔法使いの方を見て問いかけた。
「――そう呼ばれたりもしてるらしいですね。」
一瞬とぼけることも考慮に入れたが――やめた、彼女が黒法師の逸話を知っているのなら、ここを起点に信用を得られるかもしれなかった。
「ああやっぱり、さっきコメントでそうじゃないかって言ってる人がいて……あ、ごめんなさい、関係ない話して、それでその――」
「?」
「助けてもらって何なんですけど……ここから出るまで守ってもらえたりって……」
「ああ……」
渡りに船の提案だった、まるで地獄につるされる蜘蛛の糸だ。
「や、その、別に謝礼とかは出ないんですけど、守ってもらわないとちょっと出られないかなぁって……あー……」
口ごもったように黙る彼女を眺めながら、「本当に知らない人間と話せないんだな。」といささかマトから外れた感想を伊織は抱いた。
彼女の配信でそういう性格だと公言しているのは知っていたし、そういった場面を見ることもあったが――それでも実際に見てみると本当なんだなぁと妙な感動を覚えた。
「だ、だめですか……ね?」
よそ行の仮面――彼女の配信曰く仕事モード――が友人の死を前にしてはがれてしまったらしい彼女はひどく不安げに揺れる瞳で伊織を見つめる。
――断るつもりもなかったが、断れる懇願でもなかった。
「――ええ、いいですよ。」
魔法使いの懸念は解消された――あとは無事に脱出させるだけだ。
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