第28話 魔法使いの性分
「えっと……ありがとうございました。」
そう頭を下げてきたのはこの状況にあってない気品を感じさせる少女だった。
全てが白銀と青でできた少女だった。
透き通るような白い肌に反対側が見えるのではと思うほどの白銀の髪を腰ほどまで伸ばしたはっきりとしたアメジストの目をした少女――こういうのを白皙の美貌というのだろうなぁと初めて切抜き動画で見たことを思い出す。
そして――
『なんで気づかんかったんだかなぁ……』
――まじまじと見れば見た分だけ
顔立ちは変わらないし、髪の毛の長さも多少のびた程度だ、ついでに言うなら色が変わっただけでほとんどのパーツは変わらないので、気が付いてしまえばいまさらとしか思えない。
『……これが先入観ってやつなんだなぁ……』
「あの~」
いつかの昼休みを思い出す――もう遠い昔のようだ――様子で恐る恐るこちらに声をかけてくる少女に黒法師は気を取り直したように
「ん、ああ……いや、気にせんでいい、」
と返した。
実際問題、気にされても気まずい。好きでやってるのだかしこまられる理由はない。
「アプリ女史は起きられそうか?」
「あー……たぶん大丈夫かな。」
そう言って振り返る彼女の視線の先にはなぜだか黒法師を睨んでいる赤髪の少女の姿があった。
はて何か睨まれるようなことをしただろうか?と首をひねっていると彼女のもとにいつのまにやら駆け寄った白銀の少女が小声で話し始めるのが聞こえる。
「ちょっと、睨んだらまずいって」
「いや、わかってるけど……明らかに怪しいやん?都合よく出てきてくそ高い薬くれるか普通?」
「まあそうだけどさ。」
「さっきなんて?」
「気にしないでいいって。」
「めっちゃ怪しくない!?」
「そうだけど……明らかに私たちより強いし、機嫌損ねて置いてかれてもあれじゃん。」
『なるほど』
漏れ聞こえてくる会話に苦笑する。
疑うのもわかる話だ、彼がやっていることは『擦り傷の治療に手術をやる』のに近い。
死んだって影響のない場所で売れば確実に金になる薬をポンと渡してくるのは彼女たち――少なくとも赤髪の少女には――にとってみれば意味の分からない行動だろう。
それはリズもわかっているらしい、その上で脱出まで利用したいのだろう。
あれで結構したたかだなと少年は笑った。
これはまあよくある話だ。
ダンジョンに救助義務はない。
そもそもがやばい環境だ、いちいち人を救ってなどいられない。
これは協会が行っている講習でも語られている事であり、ここが「人の死なない魔宮」だからできる措置だった。
そんな中で人を助けるために高額な物を投げるような奴などよほどの道楽者か何かの精神疾患があると思われるのは、今どきなら当然なのかもしれない。
ただまあ、こればっかりは性分だ。
見捨てられないし、助けてやりたい。あの日、道端で倒れているネズミを見た時から彼が感じるそれは自分の数少ない美点だと彼は思っていた。
たとえ、これに何かしらの病名が付いたとしても、自分はそれを誇るだろう――また人付き合いは減るだろうが。
こちらを訝しんだ眼で見ている二人にから顔を背けて、上層への階段があるほうに目をやる。
『さて……』
どうにかして彼女たちをここから逃がさねばならない。
質の悪いことに影が離れていない、犯人は今回の件が失敗する可能性を計画に入れ込んでいたらしい。
もし誰かが助けに来ても――
『次に来るだろう襲撃でつぶす……そうでなくても彼女が死ぬまでこれを繰り返せばいい。』
なるほど意地の悪い方法だ、いよいよもってたちが悪い。
ついでに言えばアプリの方が血を流しすぎている、血の匂いでモンスターが彼女たちに気が付くだろう、そうなれば各階層はただのモンスターハウスだ。
『だからって瞬間移動もできんしな……』
これは魔法の相性の問題だった。
少年の生命の霊薬は瞬間的に傷を癒す効果と持続的に傷をいやす効果同居している。
ひどく生命に影響のある傷を瞬間的に治し、それ以外をじわじわと調和を取って癒す、そういうう道具だった。
そんな事を科学でやるにはひどく金がかかるだろうがあいにくとこいつは神秘の産物だ、特に問題はない。
が、神秘には神秘なりの問題があるのだ。
魔法には相性というものがあるのだ、水と油の様に溶け合わない星の光や折り合いの悪い感情、呪文がある。
そして、瞬間移動に使う星の並びは継続的に体を癒す力との折り合いがあまりよくない。
必ず衝突を起こすほどではないがそれでも何かしら双方の作用を阻害してしまい可能性は否定できなかった。
これほど重症でなければどうにでもできるのだが――先ほどまで死体と区別がつかなかった人間を運ぶのに、瞬間移動の呪いは少々具合が悪い。
どこで致命的な怪我が再び開いてたどり着いた先で死ぬかもしれないし、瞬間移動が訳の分からない場所にたどり着く可能性もある。
『となると、護衛しながら進むのが一番楽なんだよな……』
しかし、まあ――
『あの様子でついてくるかね……』
疑いの視線を背に感じながら、黒法師はそっと思考を彷徨わせた。
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