第17話 魔法使いの激情
そういった彼女の言葉に、ほかの二階席の住民が起こした反応は様々だった。
煩わし気に鼻を鳴らすものもいれば、めんどくさそうに拍手をする者もいた。
わかることは総じてそれほど歓迎されていないらしいことだけだ。
「――これはご丁寧にどうも、『鼬殺し』にして『王冠の奪還者』『鳥かご破り』『巨山殺し』、「退屈しのぎ」ミラックスの弟子にして、「戯れを救う者」東雲伊織です、以後よろしく。」
慇懃無礼に礼をした魔法使いは謙虚な態度を取りながらも不満そうに続けた。
「――で、僕は何でこんなとこに呼ばれてる?さっきも言ったが僕はここに来た記憶がない。」
そう言って周囲を眺めめまわす、全員から向けられているのは明確な敵意だ。
「せっかちな方ですね、もう少しお話を楽しまれればよろしいですのに。」
「こう見えて結構忙しいんだよ、やることが多くてね。」
「あら、魔法使いが忙しいのはよくありませんね。」
「良い悪いで忙しさは変わらんだろう?」
「そうですね、思えばこれもそういった呼び出しですもの。」
「ほぉ?」
興味深そうなふりをする。正直、今すぐ帰りたかった。ダンジョンからの『警報』こそ来ていないが明日の準備は全く終わっていない。
「――「黒毛の魔法使い」殿、あなたに対してこのサロンの者から苦情が出ているのです。」
「苦情?……シルフィードのことか?あいつはここの客じゃないだろう?」
脳裏に浮かぶいたずら気な笑い顔を思い出す。
「ええ、あの放蕩者の話ではありません。」
返された言葉は少年にとって予想外の物だった。このサロンと関わるような存在とここの次元において出くわしたのは先ほどのシルフィードだけだ。
「……なら何の話だ?」
「――あなたがこの数日、幾人かの人間にかけている監視用の魔法、あれが我々の行動を妨げているのではと言う危惧があるのです。」
「……あん?」
おかしな物言いだった、断言してもいいが自分がかけた術に彼らを妨げるようなことはない。
ここ数日と言うとおそらくあの「連続『不』殺人」の被害者候補につけている『千視』の魔法のことを指すのだろうが……あれで、彼らをどうこうすることなどできない。
「……何言ってんだ?高々あの程度の術がどうお前らに影響する?」
「あの術には、周囲の映像を伝え、対象者の危機を術者に伝える作用があるでしょう?それによって、彼らを間接的に使用して私たちを監視し、行動を制限しているのではと言う疑惑があるのです。」
「……はぁ?」
彼は後に「自分がここまで他人を馬鹿にしたような声が出せると思わなかった。」と語る。
この一言が彼に与えた衝撃はそれだけものだったのだ。
何を言われているのか正直言ってまったく理解できなかった。
「――待て待て、僕が何してるって?」
「我々の監視、そして、それを理解した我々を公的に攻撃する口実にしようとしているのでは?と」
「――ぼくがか?」
つまるところ彼らは自分が、今回の件で『影』をつけられた人間を使って、彼らの動向を監視していると言いたいらしい。
言われてみれば、そのような使い方もできないではない。そんな非効率的でばれやすい方法を使うことに意味を見出せるのなら。
「……何のために?その気になればおまえらに直接術を掛けられる僕がなぜそんなことをすると思う?」
「人間同士であれば「古い樫の木の誓い」における『魔法を使ってはならない条項』に違反せずに自分たちを監視できる。と言うのがお客様の言い分です。」
――古い樫の木の誓い。
もしくは『樫の木の下で行われた制約』と呼ばれる魔法使い全体影響するその誓いはこの世にあるありとあらゆる魔法使いが結ばねばならない制約であり、これに違反すればその身に降りかかるものは絶大で――救いようがない。
その中の一項目には確かに彼らの言う条項はある。
が――
「……それはあくまでも、『力を持たぬもの』に対する庇護の項目だ、お前らはそれには当たらんだろう?」
「お客様の幾ばくかはそう考えておられないようです。」
「……そいつらはこう言ってるわけだな。「自分たちを監視するために僕が彼らを監視役、ないしは――囮に使ってる。」と」
「はい。」
――その肯定を聞いたとき何かが切れる音を聞いた気がした。
ため息交じりに頭ががっくりと落ちる、フラストレーションを必死にため込んでいる重要な何かが音を立てて砕けて消えた。
「アヴドーラ女大公、もう一回聞くぞ。」
床を見つめたままの伊織はごく平たんな声で聞いた。
「ええ、なんでしょう。」
「その訴えを起こしたものはこういったわけだな?僕が。」
語気が強くなるのを感じる、止めようとは――思わなかった。
「あらゆる「小さきもの」を滅ぼすイタチを殺し!あらゆる生き物を支配する冠を取り返すべく八匹の『精気の蛇』とそれを支配する魔法使いを消し去り!精霊を統べるロック鳥の首を刎ね!鬼とその配下たる十三人の暗殺盗賊から戦勝の兜を取り返した!この僕が!」
怒気に合わせて星の力が瞬き、揺れる空気とぶつかった。対流が生まれて彼を中心に怒りが渦を作った。
ひとりでに第三の視界が開き、視界に神秘と信仰と――死と恐怖を映し始めた。
「存在すら知らないお前らの同胞に対してちんけなちょっかいを掛けるために、人を!無辜の者を!!囮に使ってると!そう訴えたわけだな!?」
最後はもはや罵声に近かった。彼の中にあるちっぽけな善意だけが暴れ出すのを防いでいた。
「……そう、なりますわね。」
答える声は震えているように聞こえた。
深く息を吸う。
あまりにもばかばかしい話だった。
「いいか、僕はすこぶる機嫌が悪い。もう二十四時間以上まともに寝てないんだ、すごく疲れてる。」
事実だった、どこかの馬鹿なやつが人につけやがった呪いを追ってくたくただった。
だと言うのに授業はあるわ、情報は出ないわ、クラスメイトは被害者っぽいわ、被害者の救出は毎度バカみたいな数の化け物と戦うわ。彼は疲れていた。
これがわざとであれ、そうでないのであれ。彼はこれを止める必要がある。
おまけにこれだ。
こっちは明日の準備と救出活動で忙しい上にいつ寝れるかもわからないのに呼び出されて言われることは感謝でも協力でもなく下らぬ難癖と来ている。
これはもう――
「――その僕にけんかを売るわけだな?」
グラグラと煮えたぎっていた呪いと星々の力を解き放ち、威嚇の様に周囲を睨め回す。
反応は様々だ。
腕試しだと喜ぶもの。
おびえて逃げようとする者。
高みの見物だと傍観するもの。
――そして――
「動くなよ、処刑人!お前がその下らないガラクタに手を伸ばすまでに僕が何回お前をバラバラにできると思う!?」
――この事態を止めようとする者。
どこからともなく取り出した、鎌の柄を握ろうとしていたガラテアに伊織の静止が飛んだ。
魔法ならぬその言葉はしかしきっちりと彼女を繋ぎ止めた。
その様子を見ていた女主人はこれを止めようと声を上げた。
「おやめください、火に油を――」
「――注いだのはそっちだ。」
彼女の言葉尻を掬い取るように奪う。
「お前たちは僕が誇りを持つ行いすべてに毒を塗った。明確な宣戦布告だ。受けてやるからかかってこいと言ってる。」
「ここで暴れられてしまうと私共としましても対処させていただくほかありません。」
「――ならここを更地にでもするか?」
大真面目な声色だった、脅しやおどけは一切見られない確実にそうすると思っている声。
ざわめきが二階席に広がった。それは瞬く間にサロン中に広がり、動揺として形を現した。
一色即発の空気が漂い始めていた。
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