第22話 伊織少年と魔法使いの驚愕


「つまり、おととい、彼女に接触してからよくモンスターに狙われるようになったからあの子が何かしてると思ったわけか。」


 少女たちを失尾した路地裏をさらに入った、おおよそ誰も来ないだろう狭い路地で、伊織の尋問は中盤戦を迎えていた。


 彼女たちを追い回していた不審者――自分も人のことを言えないのはこの際置いておく――はどうやらそこそこ大手の探偵社の探偵らしい。


 ――〈盲目的服従/cæcus obsequium〉――の呪文によって『ひどく協力的』になった彼はぺらぺらと自分の事情について語り始めた。


 自分の氏名、年齢、好きな色に好きな食べ物、好きな女優、初恋の年齢、今の家族構成、不倫の有無――そして仕事。


 今回の依頼は彼女と仕事をした人間からの依頼であったらしい。


 どうにも彼女と仕事した日を境にモンスターにひどく襲われやすくなったらしい。


 何度か死を覚悟することもあったし、消耗品や装備の摩耗が著しい。


 その日について考えると何か大きなイベントがあるとすれば彼女と共演したことだけだ、であるなら、彼女が何かしている――と言うのが彼の依頼人の主張であるらしい。


「そうだ、依頼人はそう考えてる。」


「……ふぅん?」


 なるほど、理解できる話ではある。


 後追い人の影はあくまでも追跡を行うための魔法だ。


 モンスターを集めるような作用はない。モンスターが集まるのはあくまでも『マーキングの付いた狙いやすい獲物を狙って襲っているだけ』だ。


 つまり、モンスターがどれほど多く、あるいは襲うかどうかすらその時によって違う。


 数が少ない群れと複数回にわたってぶち当たることもあるし。運よく入り口近くや階の境ぐらいで会って逃げ切れることもあるだろう。


 全員が死を迎えたり黒法師に助けを求めるわけではない。当然のことだった。


「で、あんたに依頼したと。」


「そうだ、あの子が何か違法なことをして自分達に対して何かをしているのでは?と危惧しているらしい。」


「……彼女の人気でそんなことする必要もない気がするけどな……」


 首をひねる。そもそも、その襲われやすくなった原因が後追い人の影であるなら彼女だって被害者だ、彼女がいまだに襲われていないのは――


『運よく大勢に狙われていないだけか――単に彼女がそいつよりも強いのか。』


 たとえマーキングが付いていようがモンスターだって獲物を見てから襲う。影の効果は襲われやすくなるだけだ。


 だから最初に助けたヨルガオはオーガが来るまで狙われなかったのだ、彼女自身相応に強いから。


『たぶん天王女史の腕がいんだろうな……』


 こいつの腕のほどはいまいち知れないが、本職の探偵の尾行をダンジョンの能力向上無しで見抜いて巻くぐらいだ、それなり以上に強いのだろうことは想像に難くなかった。


「ダンジョンにも追ってったのか?」


「ああ、」


「ってことは彼女の配信名も知ってるな?」


「嗚呼。」


「教えろ。」


「わかった、彼女の配信名は――」


 ――リズ・レクスだ――







「……」


 その名を聞いて伊織少年が硬直したのはある程度無理からぬことではあった。


 ――リズ・レクス


 ダンジョン内での背信行為が可能になった最初期からダンジョン生配信を行っている子さんにして、現行この業界における2トップに当たる企業に属しているエクスプローラー兼配信者である。


 その端麗な容姿と生真面目さ、あとは異様に高い人望で人気を博すトップ勢であり、その腕の良さにも定評がある。


 登録者が最近八十万人を超えたとからしい押しも押されぬ人気配信者であり――


『……あー……推しだったぁ……』


 ――伊織の推しであった。


「……まじで言ってる?」


「マジだ、依頼人から受けた情報と追尾の結果確定している。」


「――まじか……」


 正直に言ってかなり驚いている。


 師匠に初めて会った時に匹敵する驚きだった。


『――え、顔全然ちが……いやそうでもねぇな?』


 言われてみればなぜ気が付かないのかと言いたくなるが確かにあの二人の顔は似ている――いや、同一人物なのだから同じでしかるべきなのだが。


 そもそも、配信中の彼女は配信者の身バレ防止用の『指輪』でもって髪の毛の色やら虹彩の色を変えている。親しい友人でもなければ気づけないのはそれほどおかしくはない。ついでに言うなら彼は女性への忌避感で女子の顔をあまり見ないように生活している節があった。


 それらがあいまった結果だ――と彼は自分を納得させた。なんか早口になっている気がするが言い訳とかではたぶんない。


『そういえばどっかで聞いたことのある声だと……意識しとらん上にほとんど話さんからまったく気が付かんかった。』


 しかし、と頭を抱えながらも冷静な部分が伊織に告げる。


『そうなるとやっぱり彼女がこれをやったってのは考えにくいな……動機がない。』


 彼女は現行ですでに人気があり、リスナーもチャンネル登録者もさらに増え続けている好評な配信者である。


 それをわざわざつぶしてまで他人を貶める理由はない。


 ついでに言えば――


『一昨日のコラボ配信の相手、彼女より同接も登録者も少ないしな……』


 それをわざわざ狙う理由もわからない。


『ただ、そいつにもついてるのは――』


 重要な手掛かりになるかもしれんな――と、魔法使いは思考を巡らせ始めた。

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