第13話 伊織少年の煩悶

『――いるなぁ……。』


 落としたをした消しゴムを拾いながら開いていた《第三の視界》を閉じながら伊織はもう何度目になるのかわからない確認を終えた。


 ――いる。それはまるで夕闇に浮かぶ影のように二つ前の席に座る少女の後ろに佇んだ人型の影だ。


 顔もなければ髪の毛もない、何なら凹凸が一つもないつるりとした黒い人型は何をするでもなく伊織の一つ前の席の男子の机にようにしてただ立っていた。


 まるで彼女を守る背後霊の様に、あるいは彼女を死に誘う死神の様にそれは身じろぎ一つせずそこにいる。


『……いるなぁ……』


 目を瞬いてしばたたいて彼は前にいる者――『後追い人の影』を見つめていた。


『……いつだ?いつからいる?』


 東雲伊織は魔法使いである。


 彼の感覚はたとえ《第三の視界》を使わずとも常人のものとは違う。


 その差はごく微細であり、普段表質化するものではないが確かに存在し、呪いや超自然的なものを見抜く。


 その感覚は目の前に現物の魔法――すなわち『後追い人の影』があるのに見逃すほど鈍くはない。


 であるならば彼女は自分に最後にあった時から今朝までの間に術にかけられたことになる。


『……彼女は毎日欠かさず学校に来てる。』


 何なら一番乗りですらある、おそらく今日と同じ時間に登校しているのだろう。今朝の若干びくついた登校スタイルは微妙に自分と同じ気配を感じたが――


『あの人も陰の者なんだろうか……』


 何となく自分と同じ人付き合いを嫌う気があるような気が彼にはしていた。


『……違う違う……』


 と疲れからなのかとりとめもない方向に向く思考をどうにか軌道修正しようと、昨日までの記憶を掘り起こす。


『……やっぱり昨日までに呪いまじないの気配を感じたことはない……』


 正確に言えば「ある程度以上の力がある魔法の気配」を感じたことがなかった。


 彼女が配信者である以上、近頃の配信者御用達のアイテム、「変化の指輪」を持っているだろうことは分かるし、おそらくそれだろう気配を感じたこともある。


 が、ここまでありありと「魔法です」と主張してくる気配はこいつが初めてだった。


『うーん……』


 伊織は悩んでいた。


 別に彼女が配信者であり、かつダンジョンに潜っていることはいいのだ、多少意外だが人には人の事情があり、少年がとやかく言うことではない。


 が――


『狙われてるなら無視はできんな……』


 助けてやるべきだろう、彼女がどんな人生を送っているにせよ理不尽な死など経験しない方がいいだろう――まあ例外的に感じたいものもいるらしいが――し、大勢に集団で袋たたきにされるような経験などしない方がいいに決まっているのだ。


 ――そうは思っているのだが……いかんせん、手の出しようがない。


 明らかにあれは昨日までに襲われていた人間についていたのと同様の力だ。


 これを調べることができれば犯人につながるかもしれない。


 かもしれないが――


『相手が魔法使いだと気づかれたとき何されるかわからん』


 この手の術が使えるのなら別の術が使えることは何らおかしい事ではない。


 そして使える別の術が人にとって致命的でない保証はどこにもないのだ。


 一度なにがしかの術で、相手との『つながり』を作った以上、それを使って彼女に致命的な術や屈辱的な技を仕掛けることは十二分にできると魔法使いは考える。


 そして、エクスプローラーでもこの部分はおそらく変わらないだろう、そう言った技でダンジョンをちまちま攻略している人間がいるらしいことも聞き及んでいる。


 だから彼は手を出しあぐねているのだ、せめて、相手の目的が分かればもう少し対策の立てようもあるが――まだ調べ始めている段階だ、こればっかりはどうにもならない。


 繋がり越しに攻撃してみるのも考えたが――今度は動機が不明なのが問題だ。


 今までの経緯や、被害者と目される人間の総数的に彼はこれが『ダンジョン内での連続殺人』思っているが――もしかしたら、これが本当に善意である可能性はないでもないのだ。


 要するに自分の術だか能力だかの詳細を知らず「遭難したら助けに行けるように」と、張り切ってつけまくったのだ。あるいは、何かしらの方法で最近入手した能力なのかもしれない。


 ここまで人数が嵩んだのはそいつがびっくりするほど心配性で、会う人あう人にかけているだけ――なんて、ひどく可能性が低い事態もあり得なくはないのだ、まあ、そのせいで経済的ないしは精神的大問題勃発だが、


 ここまでが極論だとしても、詳細を知らずに人にかけまくった可能性は否定できない。


 そして、そうした善意の行動を強く咎めよう。とは思えない。


 そういった人間なら、自分がこの力の使い方を――面と向かってではないが――教えてもいい。人のために何かをするということがいい結果につながらないとしても、それを否定することはないのだから。


 ゆえに、彼が取れそうな行動は一つだ。


『結局、犯人探して、術止めさせるが一番早いな……』


 結局、ここに行きつくのだ。


 犯人を捜しつつ「影」のつけられた人間を監視、襲われるようなことがあれば必要に応じて救出。


 これが最も被害が出なさそうな方法だ。


 それも相手に気づかれないようにやる必要がある、動いているのがばれれば彼女やそれ以外の『後追い人の影』が付いている人間にどのような被害を与えるかわからない。


『さて、そうなると調べるべきは……』


 どう考えたって二つ目の席の彼女が重要だった。


 彼女は現在犯人につながる唯一の札だ、彼女から探り当てる以外、今の自分には方法がない。


『となると……彼女の配信がどれか知りたいな。』


 これには相応の考えがあった。


 彼女にとりついている影は十中八九、昨日の放課後以降につけられている。そして、昨日から今日までのどこかと言うなら彼女の配信中か、さもなければそこからの帰路に狙われた可能性が高い。


『――彼女の配信がどれなのかわかれば……』


 犯人を特定できる可能性はある。


 この術を使った人間は「間違いなく彼女て接触している」からだ。でなければ術は使えない。


 配信が分かればその最中に接触した人間を洗えばいい、そうでなければ帰路だ。そうなれば過去視の呪文でも使うしかあるまい――ストーカーの誹りは免れないが。


 帰ってからは考えなくていい、基本的に家で会う人間は両親か兄弟だけだ――と思う。


 悪い案ではないと思う、しいて一つ難点を上げるなら――


『……配信者の素性暴きしたくねー……』


 重篤なマナー違反であり、エクスプローラー配信の熱心な視聴者としては忸怩たる思いを抱えている事だけだ。

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