第8話 魔法使いのありふれた過去。
東雲伊織が魔法使いの道を歩き出したのは小学校2年の夏休みだ。
なにが起きたのか?と言われれば特に何と言うこともない、ただちょっと……そう、ひどく細やかな善意から始まったのだ。
ある日、彼はいつも通り学校に登校して夏休み前の終業式を終え、誰とも会話することなく一人静かに帰宅していた。そのとっから友人の多いほうではなかった。
その道中、真っ直ぐな一本道、アスファルトの黒と積み上げられた真新しいコンクリートブロックの白が混ざることのないその道を、何くれともなく歩いていた。
『結局二年になっても友達はできんなぁ』とか、そんなことを考えていたように思う、そんな彼は道のわきに普段違う色を見つけた。
始め、ガムか何かのよごれだと思われたそれは、しかし、ずんぐりむっくりしたそいつは茶色がかった毛をして、白い側溝の蓋の上で伸びていた。
ここで彼の7歳の好奇心はいかんなく発揮された、その伸びている物の正体を知りたくて仕方がなかったのだ。
ひっさりと近づいた伊織少年はそれを矯めつ眇めつ眺めて――どうもこれがネズミらしいと判断した。
彼の名誉のために語るなら彼がネズミを知らなかったわけではない。
ただ、実物を見る機会がなかっただけだ、そこまで不潔な場所にはいかなかったし、ネズミが闊歩しているような田舎に言った記憶がない。
そんなわけで彼は生まれて初めて見る実物のネズミをマンz理ともせずに眺めて――そのネズミから話しかけられた
その時の彼の驚きは筆舌に尽くしがたかった。
今どきの小学生は――いや、いつだってそうなのかもしれないが――人間以外の動物が喋らないことぐらいは知っているし、よもやねずみが喋るなど、アニメでもそうそうお目にかからない、電気ネズミだって基本喋らないのだ。
そんなわけで、伊織少年の人生で初めて腰を抜かすほど驚いた彼だったが、そんな彼にかまうことなく、ネズミは話し続けていた。
曰く、彼はこの近辺のネズミの物流を担当する『宅配便』の様なことをしており、今日もその業務があったこと。
しかし、いかなる策略かひどく古典的な「ネズミ捕り」につかまってしまったらしいこと。
何とか逃げだすことには成功したが、今度は飼っていた猫に追い掛け回された事。
結果、逃げきってはいるが暑さと空腹とのどの渇きで、もはや身動き一つとれなかったこと。
とぎれとぎれに語るネズミは今にも死にそうな様相だった、声は枯れ、指先一つ動かせない。
話は変わるが、彼はこの当時――と言うか今でも――変身ヒーローを愛好していた。人のために戦う彼らを素晴らしいと感じ、あんな風にかっこよくなりたいと思っていた。
つまり、何が言いたいかと言うとだ――この後、彼のやった道徳的な行動は多分にそう言った物の影響であるということだ。
この話を聞いた伊織少年は倒れ伏したネズミに「少し待っているように」と伝え――これもかなり異常な光景だったと後から思ったが――彼にしては珍しく走った。
近くのコンビニに入り、なけなしの小銭でもって水と何を食うかわからないので適当な野菜――小学校でハムスターを飼っていてよかった――購入し、駆け戻った。
もはや、虫の息になっているネズミはそれを見て『天の使いが来たと思った……』と思ったとのちに語った。
水とエサは彼の英気をたちどころに癒し、体を自在に動かせるようになるまで三十分と掛からなかった。
起き上がった彼は、伊織少年に優雅に礼をして見せる、それはひどく堂に入った物であり、まるで中世の貴族かあるいは王族のようにも見えた。
そんな典雅な礼を見た伊織少年はそれがどの程度すごい物かもわからず、ただお辞儀するネズミの姿に面食らっていた。
起き上がってしばらく、がぶがぶと500mlのペットボトルを飲み干したネズミは「礼がしたい」と申し出た。
彼に曰く、自分は交友関係も広く、親族も多い、できる事は相応にあり、君の願いを叶える事はできるだろう。
そう彼――『運びネズミのジェム』――は伊織少年に告げた。
正直、助けた後、何かしてもらう発想のなかった彼は非常に困った。
ネズミに何ができるのかなんて彼には分らなかったし、そもそも礼欲しさに助けたわけでもない。
しばし悩んで、ありのままを伝えたけれに『運びネズミ』はかいささか面食らったようにうろたえて、しばし悩み、名案を思いついたように手を打って、伊織少年に伝えた。
「君の心意気は大変すばらしいものだ、正直、最近見た人間の中では数少ない善人と言っていい、それほどの心意気がある人間にあったのは久しぶりだし、それ見合った贈り物を自分はすぐに思いつかない、故に自分はこの大恩を知り合いすべてに広めようと思う。」
そうすれば、自分の親族なり知り合いなりが君の献身にふさわしい贈り物をするはずだから。と。
少年はそれを承諾した、ネズミの親類が何をしてくれるのかはよくわからなかったが……まあ、礼だと言うのだ悪いことにはならないだろう。
そう考えて、『運びネズミのジェム』と別れた――
少年の師匠になる『魔術師ネズミのミラックス』が家にやってきたのはそれから三日後のことだった。
わざわざ、サセックス州から歩いて日本まで来たらしいこのネズミは、やっぱり典雅な礼をして「自分の甥が受けた好意の返礼をしに来た。」と語り、わざわざ人がするようにインターフォンを押して、少年の家に上がってきたのだ。
慄く少年の両親をいかなる手技によってか黙らせたこの小さな師は少年に向かって「おおむね人の触れたことがなく、これから触れることもないだろう神秘を与えに来た。」と語り、彼に「興味があるかね?」と聞いてみせた。
彼にNOと言える勇気も、言う必要性もなかった。
それから三年、彼は師の下で霊験と神秘についての教えを受け。これを体得した。
そうして、彼がいっぱしの魔法使いになった頃だ、師匠に凶報が飛んだ。
曰く、いかなる
それに対する知恵を請われた師匠は少年に『卒業試験』と題して、このイタチの討伐を命じた。
正直荷が重いとは思ったが――その時には少年の中で『師匠』は『師匠』であったし、あの気のいい運びネズミの故郷を滅ぼされたとあっては無視もできなかった。
共に立つのはネズミの国から贈られた義勇兵が百匹、少年の初めての異世界――いやまあ、サセックスの一地方だったが――での旅の始まりだった。
小さくなって――元の大きさだと気づかれ逃げられる危険があったからだ――人々の足元を駆け抜け、海ほど大きく見える湖を超え、ネズミでない生き物に指揮をとられることを厭うネズミたちとの不和を乗り越え……数多の苦難を乗り越え、彼は無事に務めを果たしたのだ。
そうして、ネズミたちの危機を乗り越えた彼は「神秘をもつ動物たち」の
魔法猫の間で取り交わされる冠の奪還、次元を超えて種族を「保存」する樹木の手助け、空を飛ぶ強大なロック鳥の征伐、神秘の森に逃げたオーガの征伐とそれに雇われた13人の盗賊との激闘――
――そして今、彼は自分の生まれた次元でもって、今までと変わらず人を救っている。
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