第7話何か秘密があるみたい
オフィスに戻るとすぐに、梅の姿に気づいた加織が近づいてきた。
「昼間の真藤さんの話のことなんだけど、それとなく開出リーダーの交友関係を探ってみたら、大学時代の友達が、システムヒューマンの開発部の課長をしているってわかったの」
そんな話をどこから仕入れてきたのだろうか。それもこんな短時間に、そこまで核心に近い情報を突き止められるなんて、少し恐ろしい気がする。加織が城田弦と梅との関わりを知ってしまったら、たちどころに地獄絵図をみつけだしてしまうように思えた。
「開出さんは?」
オフィスの中にその姿が見えなかったので、梅は訊いた。
「今、高田沢専務に呼ばれて専務室に行ってるわ。今の情報に関することで呼びつけられたのかもね」
「加織。適当なことを言うのは止めなさいよ」
梅が睨むと、加織はぺろっと舌を出して、自分のデスクに戻って行った。
少し逡巡したけれど、梅は近くのビジネスフォンで、真藤のデスクの内線番号をプッシュした。
それはすぐに繋がった。受話器の向こうで名乗る真藤の声が聞こえている。
「華咲ですけど。昼間の話しが気になったもので」
「ああ、梅ちゃんか。帰ってきたんだね。で、開出さんは事務所に居る?」
「見当たりません。加織の話では高田沢専務に呼ばれたってことですけど」
「そうか、高田沢専務にね。それにその話を告げたのが加織ちゃんだったんだね」
「なんか変ですか」
「変かどうかはわからないけれど、ちょっと周りの子に、開出さんの行き先を知っているかって訊いてみてよ。それから、電話は改めて僕からするから、席について待っていてくれないかな」
どうやらこのままの電話機では話づらいということらしい。梅は承諾すると受話器を置き、一番近くにいた事務員の中村に、
「開出リーダーはどこに行かれたのかしら。知ってる?」と訊いた。
「どこからか電話がかかってきて、何かずいぶんあわてた様子で出て行かれましたよ。ビジネスバッグを持って出られたから、どこかお客さんのところじゃないですかね」
行き先を告げずに開出が外出するのは日常茶飯事だったので、中村は大して気にも留めてない調子で教えてくれた。
「ビジネスバッグを持って社内じゃおかしいものね」
「そりゃおかしいでしょ。華咲さん何かあったのですか? 変なこと聞いたりして」
「いやいや。あの開出リーダーのことだからさ、そんな芝居を打って競馬にでも行ったんじゃないかと思ってさ」
「ああ。それあり得ますね。だったら夕方にしょんぼりして帰ってきますね」
自分の部下の課員から、こんな好き勝手なことを言われている開出のことが少し気の毒にも思えてきたが、そこは平生往生である。日頃の行いがものを言う世界は、どうしようもない。けれども開出に人徳も博才も運もないことは同情してあげてもいい。
ちらりと視線を加織に向けると、まったく何事もなかったかのようにパソコンに向かって何かを入力している。
「加織はずっとここにいたの?」
「またまた変なこと聞きますね。本当にどうしちゃったんですか、きょう。この手の話は華咲さんの一番苦手なやつじゃありませんでしたっけ」
「ああ、変な噂話じゃないのよ。加織には色々お願いごとをしてるんで、そんなあんなでちょっとね」
「いやいや、噂話じゃないとしても、やっぱり華咲さんの苦手分野に突き進んでるみたいですけど。まあ、加織先輩が相手じゃ、心配になるのもわからないではありませんけどね。加織先輩はお昼に帰ってきてから、ずっとオフィスにいましたよ。あっ、おトイレとかくらいの席空きはあったかもですが、基本的には居ましたね」
「そうなんだ。ありがと」
梅は、自分でも気持ち悪いとは思ったが、できるだけ親しみを込めて中村に笑いかけた。
ここもまた平生往生である。中村はそんな梅を見て、額に手を当てて熱を測る仕草をしてから、
「お大事に」 と返してきた。
まったくやれやれだ。首を左右に振ってから、自分のデスクに向かってゆっくりと歩き始めた。
真藤からすぐに折り返しの電話があるものと思っていたが、自分のデスクについて、待っても待っても、目の前の電話は鳴らない。
何かトラブルに巻き込まれているのではないかと気が気ではないが、かと言って焦って、変なそぶりをこれ以上他人に見せるわけにもいかない。
梅は、いつもの習慣で立ち上げていたパソコンではあったが、仕事をしている姿が一番自然だと思い、データフォルダーに暗号化して納めておいた、ダブルシーケンスシステムの認証部分の画像データを呼び出し、そこに表示される数値をひとつひとつ確認する作業を始めた。
肩を叩かれ、驚きで少し飛び上がってしまった。いつのまにか作業に熱中するあまり、周りの変化に気づかなかったものらしい。肩を叩いてきたのは開出だった。
真藤と話すよりも先に、開出リーダーと会ってしまうということは想定外であったために、自分でも変だとはわかっているが、しどろもどろな調子で、
「どう、どうされたんですか」
と取って付けたように訊くしかなかった。
「ちょっと着いてきてくれないかな」
開出は硬い表情のままで言った。
「着いていくって、どこにですか」
「そうだな。第3ミーティング室が空いてるはずだから、そこにでも。どうしても話しておかなきゃならないことができたんでね。で、そいつは、ここでは話せない種類の話ってわけだ」
「ふたりだけでですか」
「そうだな。ちょっとわけありの話なんで、ふたりだけで」
いつもの開出なら、「ふたりだけなら襲われそうか」くらいの冗談はとばすところだが、今はまさにシリアスな表情は絶対に変えられないとでもいう風で、重苦しい言葉をやっと吐き出すかのように、低くかすれた声で返してきた。
これは逆らえないなと判断して梅がち上がると、先導するように開出はもう歩き始めていた。
ちょっと振り返って加織に視線を向けると、加織はこちらの様子にはまったく気づいていないかのように、ディスプレーをじっとみつめ、規則正しくキーボードを叩いていた。
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