第6話それってどういうこと?
もともとやさしいまなざしではなかったけれど、今みたいに、見つめられただけで体中が凍り付きそうなほど冷たいまなざしではなかった。何がどうなったら、どんなことを経験すれば、これほどまでに冷酷に見えるまなざしを持てるようになるのだろうか。あの朝、別れてから、弦の身の上に何があったのだろう。
「おお、梅。さっそくミーティングか?」
背後で声がして振り返ると、監督の渡良が立っていた。一瞬、あんたはひまわりオヤジかよ、と突っ込みを入れたくなるほどの満面の輝くような笑みである。
「よう、弦。本当にうちのチームに来てくれたんだな。むちゃくちゃうれしいよ。おまえみたいなトップレベルの選手が、うちみたいな、これからなんとか這い上がろうとしているようなチームに来てくれるなんてな」
「監督。僕は約束は守ります。それにカテゴリー3に上がるには、次のリーグで、2位以内に入れば良いだけじゃありませんか。蒲浜市も全面的にバックアップしてくれることになったし、これでカテゴリー3のライセンスの取得は間違いないでしょう。後は本当にチームが試合に勝てばいいだけですから、簡単ですよ」
「おいおい、言ってくれるねぇ。なんとかここまでは這い上がってきたけけれど、ここからはそんなに簡単じゃないだろ」
「監督。いやに弱気な発言ですね。本気で上目指してるなら、こんなところで足踏みしてる暇はありませんよ。さっさと次のステージに行きましょうよ」
「まあ、おまえが来てくれたし、DFの友井と日下も来てくれる予定になってる。それにおまえのリクエストだった足が速いFWってことで、源内肇も引き抜いたからな。本当に今シーズンはチャンスだ」
「おお、源内を口説き落としたんですか。さすが渡良監督だ。口のうまさは一級品だな」
「女は口説けねぇが、もさい男は得意でな」
「そちら系とかじゃありませんよね」
「そちら系ってのはどちら系だ? 少なくとも梅がいい女だという認識は持ってるけど、それで答えになるのか」
渡良監督がわたしの顔を見て、右手の親指を立ててきた。だからそれ、どういう意味ですか。完全にセクハラですよ。
「おいおい、セクハラだって顔するなよ。おまえと俺の仲じゃないか。もっとおおらかにいこうぜ」
「監督。本気で怒ってもいいですか」
梅はきっぱりと男前に言ってやった。
「ダメに決まってるじゃないか。脅かすなよ。で、弦のプレーを見たんだろ。お前の意見が聞きたいね」
「監督。何度も言ってますが、わたし、サッカーに関してはど素人ですよ。わたしの意見なんて聞いても、何の役にも立ちませんよ」
「いやいや。お前の目の付け所が俺は好きでな。それに会社に、サッカー部のマネージャーにさせないと入社はお断りです、って言ったんだろ。その根性がすげぇよ」
「だから、それも何度も言ってますが、わたし、やっとの思いでこの会社に採用してもらったんです。入社する条件なんて出せる立場じゃありません」
「いやいや、みんなそう噂してるぜ。火のないところに煙は立たないっていうからな」
「監督は火の気のないところに煙を立たせるのがお得意なんですね。まるで放火魔です」
「ほう、かまわんよ」
また出た。オヤジギャグ。まったくオヤジという生物はこれだから放し飼いにしちゃダメだっていうのよ。これで反応なんかした日には、わたしまで同類になっちゃう。
「おい梅。今のはだな、しゃれであって」
「説明は必要ありません」
またまた男前にきっぱりと言ってやった。
「そうか。まあ、いい。で、弦はどうだ」
「テクニックはすごいし、センスもいいみたいですね。ただ、うちのチームにフィットするかってところが問題だと思います。うちのメンバーじゃ、城田さんのプレーにはついていけないというか、そもそも城田さんがうちのメンバーに合わせる気がないっていうか、いやいや、うちのメンバーに合わせちゃったら、そもそも城田さんのプレーじゃないし、まあ、そこがきびしいかなと」
「さすが梅だ。やっぱ、いいところに目を付けるねぇ」
「おだてても、豚は木に登りませんよ」
「おっ、梅。また太ったのかよ。しかし豚ってほどデブじゃないぜ」
「また、って、どういう意味ですか」
「それは置いておいてだな、弦のリクエストに応じて、レベルの高い新メンバーも入ってくるんだ。うちのメンバーの尻をぶっ叩いてよ、弦のプレーがちゃんとはまるレベルになるようにしてくれよな」
「それこそ監督の仕事でしょ」
それに肝心なところを置いておかれちゃ迷惑なんだよ。
「そんな冷たいこと言うなよ。俺とおまえの仲じゃないか」
「監督とわたしが、どんな仲だって言うんですか?」
「そりゃ名監督と敏腕マネージャーだろ。それとも恋人にでもなってくれるのか」
「監督の娘さんって、もうJKでしたよね。言いつけてあげましょうか」
「おいおい、梅ちゃん、それだけは勘弁してよ」
まったく、オヤジという生物は、少し優しくすると、どこまでもつけあがっるってことがよく分かった。もう口をきいてやらない。
「わたし、仕事がありますんで、帰ります」
「仕事が終わったら、また顔を出すんだろ?」
「気が向いたら」
梅は、言葉が終わらないうちに、回れ右をして、すぐに歩き始めた。
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