憂鬱な朝


ジリリリリッ、ジリリリリリリリッ


こうるさい音によって僕はパチリと目を覚ました。気だるい体を頑張って起こす。


 今日は多くの人が憂鬱な気分になる日、月曜日。その多くの部類の中に、もちろん僕もいて、この日の朝はいつも起きるのが辛く感じる。


幸い、僕の家は、通っている高校まで歩いて10分で着くから急いで家を出る理由も、早起きする理由もない。

 

それでも、僕はいつも7時には起きるようにしていた。なぜなら、早く支度をしないと、僕の幼馴染が家に入ってきてしまうから。


というのも、母さんと僕の幼馴染は親しくて、彼女を外で待たせるのはダメだと言って、母さんが勝手に彼女を家に入れてしまうのだ。


彼女が僕の家に来るのが7時半なので、それまでに支度を済ませて外で待っておかないといけない。こんな感じの理由から、僕はいつも7時には起きるようにしていた。


 (そろそろ着替えないと...)


そう思い、のそりとベッドから起き上がった僕は、寝巻きから制服に着替え、下の階にあるダイニングに向かった。


ボサボサな状態の頭を気にしながら、階段を降り、ダイニング付近の扉を開けようとドアに近づく。すると、扉の向こうから話し声が聞こえてきた。


その話し声を聞いた後から、僕の心臓がドクドクとうるさく時間を刻み始める。頭がクラクラしてくる。



(どうして?どうしてもう彼女がいるんだ....)



聞こえてくる声からして、ダイニングには2人いて、そのうち1人は僕の母親だ。それは別に問題ない。


でも、聞こえてくるもうひとつの声、それが僕をこうして困らせている元凶だった。


 


彼女でない可能性を必死に探すが、その可能性の全てを、僕の耳が、脳が、魂が否定した。僕自身、本当はもう、彼女がここにいるのは確定だと分かっている。






『だって...






(ふう...)

深呼吸して、ドアノブに手をかける。








『だって...僕は彼女のことをずっと思い続けてきたのだから。』





ガチャリッ

ドアノブを開け、扉の向こうにいた2人に朝の挨拶をする。



「おはよう、母さん。おはよう、"京子"。」


「おはよう、翔太。」


僕の挨拶に、京子はニコリと笑顔を浮かべながら応えた。


その、純粋で眩しい彼女をみて、僕の胸がキュッと閉まる。きっとそれは、彼女のかわいらしい笑顔にときめいたのもある。


でも、それよりも明らかに大きな原因があると思う。それは、きっと、彼女と僕が住む世界には大きな壁があるとこの一瞬で再認識させられたから。


(あぁ、本当に情けない。)


自分のダメダメさに打ちのめされ、顔が自然と下へ向く。


「どうしたの?もしかして具合悪い?だったら無理しないで。もし動くのご辛いならベッドまで連れてってあげようか?」


僕の様子がいつもと違うことに気づいた京子は、『具合が悪いのでは?』っと思ったのか、僕にものすごいスピードで質問してきた。



「あ、いや、眠くてさ。だから、具合が悪いとかじゃないよ。だから平気。」


「それならいいんだけど...」


このまま黙っていると、僕がどんなに抵抗しても、きっと彼女に上に連れてかれる。それは嫌だったので、慌てて言い訳をし、誤解を解いた。

 

僕が体調不良でないことが分かった京子は、ホッとしていたが、僕には、彼女が少しがっかりしていたようにも見えた。


そんな様子を見てしまうと、嘘をついた方が良かったのではと一瞬思ってしまうが、もしさっき嘘をついていたら、京子のことだから、学校に行かせてくれない。


学校に行くのは嫌だが、嘘をついてまで休むのはダメだと思うので、それを防ぐためにも僕の選択は間違ってなかったと思う。


そう、自分自身を納得させて、僕は食卓に座った。僕の席に置かれている料理は、どれも美味しそうなもので、いつもより力が入っているように思えた。


何か今日、お祝いすることでもあるのかと考え込む。すると、母さんが台所からニコニコしながらこちらにやってきた。


「翔太、実はそれ、京ちゃんが作ってくれたのよ!本当に料理上手よねぇ!」


「...え?」


母さんがニコニコしながら、僕にそう語りかけてくる。


「....うん。本当に驚いた。」


僕は、あまりの衝撃に、ついつい本音を漏らしてしまった。でも、しょうがないと思う。


 今日一日の朝だけで、非日常がありすぎた。僕の脳が処理しきれてない。だから、今の僕はうまく物事を考えることができなかった。だからしょうがない。


 ただ、いつまでもこの状態だと良くない。ので、僕は、黙ってご飯を食べながら、必死に頭の中を処理していった。


 ゆっくりと15分ほどかけて、食べ終わった時には、8割くらいはなんとか正常に戻った。


 残りの2割が正常に戻れなかったのは、食べてる間、ずっと京子がニコニコしながら僕を眺めてきたからだ。


彼女が何を考えているのかをついつい考えてしまい、情報処理に全力を注げなかった。


チラリと彼女の方を見る。


京子は、食べ終わった僕に期待の眼差しを向けていた。少し不安そうな様子からして、彼女が気にしているのはアレしかない、と思う..


(...ふぅ)


僕は、一度落ち着いてから、彼女が多分求めているであろう言葉を、なるべくいつも通りの声で言った。


「京子が作った料理、美味しかったよ。ありがとう。」


そういうと、彼女の顔はパァッと明るくなった。そして、満面の笑みでこう言った。


「翔太のために頑張って作ったから、喜んでくれて嬉しい!」


眩しい笑顔を好きな人から向けられたら、普通は喜ぶし、気持ちは昂る。


でも、僕は...


(よかった。間違ってなかった...)


彼女の機嫌を損ねなかったことに安心を抱いただけで、嬉しいなんて思わなかったし、気持ちは全く高揚しなかった...







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