Prologue12
「リリー!?」
突き飛ばされたアタシはすぐに立ち上がり、リリーと警備員の男性を見る。警備員の男性は左手のナイフをリリー王女の首筋に当て、右手のグロック26を右側頭部のこめかみに当てながらじりじりと下がっていく。
「イタッ!どうして、どうしてこんなことを!?」
「うるさいッ!次しゃべったら刺すぞッ!」
リリーの顔の前にナイフをちらつかせながら凶変した警備員の男性は大声で言った。
「クッ!!」
アタシは銃を構えて警備員の男性を撃とうとするが撃つことができない。アタシ持っている銃は50口径の
テロリストを簡単に殺すためにアタシは好んで大口径の銃を使う癖があったのだが、この状況ではそれが裏目に出てしまった。
「セイナ!大丈夫か!?」
いち早く異変に気が付き、後ろから声をかけてくれたフォルテが、アタシの横まで銃を構えながら駆け寄ってきた。
「アタシは大丈夫……それよりも……」
アタシはフォルテの方を見ずに答える。幸いアタシ自身は突き飛ばされただけでダメージはほとんど無かった。フォルテの声に気づかず、あと少しでもアタシが振り向くのが遅れたら、もしかしたら後ろから刺されていたかもしれない。
「そ、それ以上近づいたら撃つぞッ!」
警備員の男性は錯乱した様子でナイフをリリーに突きつけたまま、銃口をアタシたちに交互に向けながら叫んだ。
流石に歓喜の声を上げていた人たちも異変に気が付いたのか、イギリス軍の人たちがアタシたちのところに駆け寄ってきて、人質とテロリストに流れ弾が当たらないように警察も建物の外に誘導させているようだった。
「何が目的だ?お前は人質じゃなかったのか?」
フォルテが銃を構えながら警備員の男に聞く。男は腹部の辺りから血をポタポタと垂らしながら、じりじりと後退しつつ交互に銃口をこちらに向けながら言った。
「黙れッ!!い、今すぐ逃走用の車を用意しろッ!は、早くッ!!」
パンッ!!パンッ!!
「きゃあッ!!」
男がリリーを盾にしながら天井に向けて二発の銃弾を発砲する。再び人質にされたリリーは銃声に驚いて悲鳴を上げ、恐怖から目尻に涙を浮かべながら怯えた表情をしている。
じりじりと後退していく男に合わせて、こちらもじりじりと向こうを刺激しないように前進はしているが、このままでは
「分かった!車を用意すればいいんだな?今すぐ用意させるからちょっと待ってろ」
フォルテが男を刺激しないよう要望に応じ、ポケットからスマートフォンを出して誰かに電話をかける。
スルッ
「ッツ!?」
突然すぎる出来事に全身の毛が逆立つ。何かがアタシの長いポニーテールの先と背中の腰周りに触れ、その得体のしれない何かがそのまま下側に這い寄ってきたのだ。
(これは誰かの手!?)
目視で確認できていないので断定はできないが、これは恐らく誰かの手だ。問題はこんな非常事態で誰が触っているのかということだ。非常事態で無くても触るのは問題だけど…
辺りを目線だけで見渡してみたが、アタシの近くにいるのはフォルテ以外いない、そのフォルテは左手で電話をしながら右手がアタシの後ろ側に不自然に伸びている。
「あんたなに……」
タンッタンッタタンッタンッ
アタシが銃を構えたままフォルテに切れそうになった瞬間、腰辺りを触っていた指が
(これは……モールス信号!?)
フォルテは誰かと電話しながら(おそらくこれも演技)警備員の男性から死角の位置である、アタシの背中を使って何かメッセージを伝えようとしていたのだ。
(えーと…オレ、アイズ、ジャンプ、ソレ、マテ、)
???久々に聞いた恐らく欧文モールス信号と思われるタップ音を要約するとこんな感じだった。
(俺が合図したらジャンプしろってこと?それを待てってことかしら?)
何をしようとしているか全然わからないけど、いいわよ…やってやろうじゃない…
そうアタシが思って警備員の男の方に銃を向けたまま正対していると、伝わっているか心配になったのかフォルテがそのまま高速タップを続けてきた。
(オーイ、ダイジョウブ、ツタワッテル、モールス、ワカル、オウブン、ダヨ、ワカッタ)
作戦を伝えるとはいえ、その痴漢行為に限りなく近いフォルテに、流石のアタシもシビレを切らして左足でフォルテの右足を踏みつける。
「痛ぁッ!?」
急に足を踏みつけられたことに驚いたフォルテが演技を忘れて大声を上げてしまうが、アタシは構わずそのまま左足に力を込めて
(ワ・カ・ッ・タ!!)
とフォルテの右足の骨を折る勢いでモールス信号を伝えてやる。
「そ、そこ変な動きするんじゃない!」
流石に警備員の男も気づいたのかアタシたちを指摘してきた。
「ごめんごめん、いま車呼んでるからちょっと待っとけ」
フォルテは右手で警備員の男に反応しながら再び電話の演技に戻る。
だが、いったいこの状況でフォルテは何をしようというのか?
警備員の男は
(何とか近づくことさえできれば無力化することができるのに……)
アタシが冷静な分析をして合図を待っているなか、その合図をする
(ていうか……)
いつまで演技しているのよこの変態バカは!?いつになったら合図するのよ全く…
「だーかーらッ!車種は何でもいいんだって!いいから早く持ってこいって」
フォルテの電話の内容をよくアタシは聞いていなかったが、どうやら逃走用の車の車種で電話の相手と言い争っている。という演技らしい…だが、流石にオーバーな演技過ぎて周りのイギリス軍の連中も何か残念そうなものを見るような目でフォルテを見ていた。もちろんそれはアタシも含めて。
(ほんとに策があるのかしら……?)
アタシは合図らしい合図をしてこないフォルテに焦っていた。まさかアタシがモールス信号だと思っていたあれは勘違いだったのか?本当は何か別の暗号だったのかもしれない。それともアタシが気づいていないだけで既に何か合図を出しているのかもしれない。
「おっと……」
がしゃんッ!と音を立てながらフォルテは床にスマートフォンを落とした。もー何がしたいのよ!!
辺りにいた全員が落ちたスマートフォンの方を見る。
アタシは喉まで出かかった言葉を寸でのところで抑えながら。
イギリス兵たちは呆れ顔で。
リリーは怯えた顔で。
そして警備員の男も顔こそ下に向けなかったが目線だけ下に…
バンッ!!
全ての人間が一瞬だけ視界を地面に移した瞬間を一人の男は決して見逃すことがなかった。電光石火で抜かれたHK 45が火を噴き、
「飛べッ!!セイナァッ!!」
アタシは何が起きたのか理解できなかったが、飛べというフォルテの合図を信じてその場でジャンプする。
「うおおおお!!!」
フォルテに再び紅いオーラを身に
「いっけぇぇぇぇ!!」
「ッッ!?」
右足の射出装置に乗せられたアタシはリリーと警備員の男に向けられて発射された。ものすごい速さで射出され、地面と平行に飛んでいるアタシは、口と鼻に空気圧がかかって上手く呼吸ができないのを懸命に堪えながら、前方の二人を見た。
リリーは銃声に小さく悲鳴を上げていて、警備員の男は左手から血を流しながら持っていたハンドガンのグロック26を床に落としていた。
(なるほど、そういうことね……!)
フォルテはオーバーな演技をして全員の注意を引きつつ、わざとスマートフォンを床に落とした。
警備員の男の視線がアタシたちから一瞬だけ逸れた隙に、フォルテは左手の銃を素早く抜くと、警備員の男の左手だけを正確に撃ち抜いた。そのあとにアタシを二人の前に蹴り飛ばした。
(なら、アタシのやるべきことはただ一つッ!)
風圧で開きにくい目をカッと見開いたアタシは、背中からグングニルを取り出して正面に構える。
「クソがあぁぁぁ!!」
撃たれた男は逆上して右手に持ったナイフをリリーに突き刺そうとしていた。
「はあぁぁぁぁ!!」
アタシはグングニルを構えて声を上げながら突貫した。
空中に黄金の閃光を走らせながら、アタシは警備員の男の真上で一回転する。
「ターニング・スラッシュ!!」
身体を空中で前転させながら、本来なら相手の
「コイツゥゥゥゥ!!」
男は反撃するための凶器を失い、後ろを取られたアタシに素手で殴りかかろうとした。だが、それも無駄な努力で終わる。
「せいや!!」
男が振り返った瞬間にその脳天に向け、アタシは持っていたグングニルを振り落とした。
ゴォン!!という音とともに男はその場に倒れこんだ。殺しても良かったが、貴重な情報源を殺すなとフォルテに怒られそうだし、何より妹に血を浴びせたくなかったので、ここは峰打ちならぬ柄打ちで済ませてやった。
「うおおおおお!!」
アタシは今更ながらスカートの裾が舞うのを手で抑えながら、床に着地すると本日二度目の歓喜の声が上がった。
「お姉さまッ!」
リリーがイギリス兵の歓喜の中、アタシと同じ黄金色の髪を
「リリー怪我は無い?ごめんね救出するのが遅れてしまって…」
他の人に姉妹であることがバレないよう、アタシは抱き着いてきたリリーと場所を入れ替わるようにして180度回転しアタシの顔が周りに見られない状態を作りつつ妹を抱きかかえた。
「ええ……お姉さまなら……ぜっだい……助けでくれるっでじんじでまじた……」
長い長い緊張がようやく解けたのか、リリーは目尻にためていた涙を溢れさせ、その可愛らしい人形のような顔をぐちゃぐちゃにしながら泣きじゃくった。アタシはそんな妹をあやすように頭をやさしくなでながら抱きかかえるのだった。
「うおおおお!!」
そんなアタシたちを見てか、周りにいたイギリス兵たちが歓喜の声を上げたままこちらに駆け寄ってきた。
(や、やばい……!)
アタシは妹との再会に夢中になりすぎて、姉妹だとバレずにどうやってこの場を凌ぐか全く考えていなかった。今は周りの人にアタシが背を向けた状態なので顔をまじまじと見られることはないが、流石に近距離だと隠すに隠せず、瓜二つなアタシたちの顔を見た周りの人間は疑問に思うだろう。
(周りがリリーに集まった瞬間を見計らってこの場を後にするか?でもそれだと不自然すぎるし…いっそこのまま、リリーを抱きかかえて逃げようかしら────)
とアタシは一か八かの方法を実行しようか検討していると、二人の人影がアタシたちに向けられた周りの人からの視線を塞いだ。
「申し訳ないが同士諸君」
「王女は長い拘束に身も心も疲れている。早急な手当てが必要なため、道をあけてくれないか?」
黒い戦闘服に身を包み、顔にもガスマスクを付けた全身黒光りのアタシの部下である、ジェームス隊員とロバート隊員が周りのイギリス兵たちが駆け寄ってこようとするのを抑えてくれた。
助かった……流石、事情を知っているとはいえ、アタシが困っていることにすぐに気づいて行動してくれた二人に感謝しながら、アタシは顔を伏せたままリリーを抱きかかえ、イギリス兵たちの間を通り抜けていく。
そんなアタシたちにイギリス兵たちは、中央の通路を開けてくれると、全員が敬意の証として敬礼の格好で見送ってくれた。
アタシは少し駆け足でイギリス兵たちの間を通り抜けていく中、顔を見られないかの心配しつつ、一つの違和感に気づいた。
(そういえば、フォルテは……?)
今作戦の最大の功労者である人物の姿がどこにも見当たらず、アタシは顔がバレないように辺りを見渡した。だが、そのマイペースな
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