フィスタ&チャカ
チャカが軽トラに飛び乗り、それと同時に銃を持った男の二人を狙撃する。
「うぎぃ!」男たちは呻いて銃を落とした。
続けてチャカはフィスタが「厄介そうなの」と言った追跡者グループのメンバーを次々に狙撃していく。
狙いは百発百中のチャカだが、一瞬でターゲットの正体を判別できるわけではない。チャカは完全にフィスタの観察を信頼していた。撃ち終わった後に、それがサイバネティクス手術を受けたパッチワーカーだと判明した。
チャカが銃持ちと「厄介なの」を狙撃してくれていることを意識しながら、フィスタは敵に向かって駆けていっていた。敵のほとんどはチャカの銃を警戒して物陰に隠れ、動きを封じられている。
短距離走のトップアスリート顔負けのスピードで、フィスタは敵の一人に一気に射程内まで入った。
そして間合いに入った瞬間、フィスタは踊るように体を回転させた。
「な!?」
呆気に取られている相手に、フィスタは最大出力のターンチャギ※を放った。
(ターンチャギ:テコンドーの技法。相手に体の側面を向けた状態で、左右の足を交互に軸にして三回、計540度回転して放つ回し蹴り。)
フィスタの全体重と勢いが乗った回し蹴りが頸部に叩きこまれ、その瞬間敵の首は直角に曲がる。
さらにフィスタは小刻みかつ変則的なステップで次の敵に襲い掛かった。
「くっ」
フィスタのステップに敵は困惑する。
フィスタは両手に構えられたカランビットナイフで左右のフックを打つように、敵の二の腕、内ももといった急所を切り裂いた。
敵は喉と腕から噴水のように血を流しながら倒れる。
休むことなく、フィスタはさらに後ろの男にも襲い掛かった。
ナイフを持っている敵に対し、フィスタはピーカブースタイル※で詰め寄る。
(ピーカブースタイル:ボクシングの技法。左右の前腕を顔の前で縦に揃え、上半身を波のように揺らしながら攻撃を防ぎつつ前進し、かつ足腰の捻りで強打を繰り出す。マイク・タイソンが利用したことで知られる。)
敵はフィスタにナイフで切りかかった。素早い突きの連打だった。フィスタはそれをヘッドタップ※とショルダーブラシ※、スカル・アンド・クロスボーン※で弾いていく。
(ヘッドタップ:52ブロックの技法。右手を右側頭部に当て前腕で防御態勢を作る。左手で行う場合は左側頭部に手を当てる。)
(ショルダーブラシ:同上の技法。左半身で行う場合、半身にして状態で上体をのけぞらせて、上げた左肩で防御する。右手は左肩の上に添えて顔をカバーする。)
(スカル・アンド・クロスボーン:同上の技法。両の前腕を重ねて斜め上に肘を突き出し、肘や肩、前腕や掌で攻撃を防ぐ。上記のふたつの構えにも変化できる。)
フィスタのボディースーツは防刃防弾のため、刃は通さない。さらに頭を覆うプロテクターが滑らかな丸みのある構造をしているため、万が一武器や拳が当たってもスリップしてダメージにならない。
フィスタはナイフを腕や肘、肩で防ぎながら間合いを詰め、そして左ジャブ、右ストレートを敵の喉に叩き込み、さらに左のボディブローで脇腹を打つ。
「ぐっ……。」
敵は距離を取り、身長差のあるフィスタに対して右のミドルキックを放った。
フィスタは素早く潜り込み、右のフックで男の右の太ももを打つ。敵のミドルキックの勢いが殺された。
フィスタは返す刀の右の低空のアッパーカットで男の金的を殴り上げた。
「ごぶっ!?」
急所を強打され男は悶絶して倒れた。
「おらぁ!」
敵の一人が飛び蹴りを放つ。フェイスプロテクターで視界が狭くなっていたフィスタはもろに喰らい、壁に叩きつけられる。
ナイフを持った男ふたりが、壁を背にしたフィスタに襲い掛かった。
絶え間ないナイフの連撃、フィスタはピーカブースタイルの構えで上体を振り致命傷を避け続ける。
フィスタはナイフを弾くのと同時に、左にいる男の胸骨の下部に頂肘※を入れた。
(頂肘:八極拳の技法。体を相手から横に向け、腕を縦にした状態から、膝を沈めつつ体重移動しながら打つ肘打ち。肘を使った体当たりのようなもの。)
急所である水月に重い一撃を喰らい男が吹き飛ばされた。
次に右にいる男のナイフの攻撃を右腕を曲げてガードして刃をかすらせ逸らし、ガードに利用した右腕の肘で男の顔面を打った。
フィスタの肘の先端が敵の目をえぐっていた。
「あ!?」
男がひるんだ瞬間、フィスタは右手のカランビットナイフで男の喉を切り裂いた。
「くそ!」
左にいた男は左手でフィスタの首を掴んで壁に押し付け、右手のナイフを深く刺そうとする。
フィスタは男の右の手首を掴むと、男の体を踏み台にしつつ自身の下半身を持ち上げ、そこから腕ひしぎ十字固め※を極めた。
(腕ひしぎ十字固め:柔道の技法。相手の手首を両手で握り、その上腕部を自分の両脚で挟んで固定し、相手の肘を逆に曲げて肘の関節を破壊する。)
極めたと同時にフィスタは躊躇なく男の腕をへし折った。
「この野郎!」
大柄なアジア系の大男が襲い掛かってくる。足が不自由なようだが、体格はフィスタの二回り大きい。
大男がマチェテを大上段に構え、そして振り下ろした。
フィスタは地面を滑るような低い姿勢で駆け抜ける。
そしてマチェテを避けながら、男の左足のアキレス腱をカランビットナイフで切り裂いた。
アジア系の大男は苦悶の声を上げながら両膝を着く。
フィスタは両膝を着いている男の横に立ち、大きく拳を振り上げた。
そして大男の延髄にフィスタは拳を打ち込んだ。男の顔面が床に叩きつけられる。
「じゅ、銃をっ」
敵の一人が仲間が落とした銃を拾う。
銃は回転式拳銃、その銃口をフィスタに向ける。
フィスタは素早く手を伸ばし銃を掴む。そして鮮やかな手つきで銃のリボルバーの部分を取り外し、銃を無効化した。
「え?」
驚く男の喉元にフィスタが爪先蹴りを放った。男の喉仏が潰れる。
「ぐぇ!」
動いている最中、離れているところにいる別の敵が銃を拾う様子をフィスタの目は捉えていた。銃を奪うのは間に合わない。
フィスタは喉に蹴りを入れられて悶絶している男を押さえつけた。そして男をうずくまった体勢にさせると、その体を遮蔽物にして弾丸を防ぐ。
男の体が味方が発砲した弾丸を受け、小さく痙攣していた。
「チャカ! ヘルプ!」
フィスタが叫ぶと、すぐにチャカは窮地を理解し、フィスタに発砲している男の腕を撃ち、続けて落とされた銃を狙撃して破壊した。追加でフィスタを背後から狙おうとしている敵の太ももを狙撃してアシストをする。
しかし、そんな万全のアシストをするチャカに対して、フィスタは違和感を覚えていた。
別の男が鉄パイプを持ってフィスタに襲い掛かってきた。
フィスタはその敵の出足しの膝を、下段の前蹴りで蹴って敵のバランスを崩す。
そして崩れた相手の顔をアッパーカットを打つようにしてカランビットナイフで縦に切り裂いた。
立て続けに二人の男がナイフを持ってフィスタの前後を挟み撃ちする。
フィスタも動きを止めることなく、ハボ・ジ・アハイア※で後ろの男の顎を蹴り飛ばした。
(ハボ・ジ・アハイア:カポエイラの技法。回転蹴り。軸足をコンパスのように利用して回転し、後ろを向く際には手を地面につくほどに上体を傾ける。その時に上がった蹴り足のかかとで相手を攻撃する。)
後ろの男がダメージでふらついている隙に、フィスタは下段の後ろ回し蹴りで対面の男の脛を蹴る。
脛の痛みで及び腰になった敵の間合いに入ると頭突きで男の鼻っ柱をへし折り、襟を掴んで背負い投げで後方に叩き落し、同時にナイフを持っている右腕を捻り肩の関節を外し手からナイフを奪った。
倒れた仲間が自分とフィスタの間の障害物になり攻撃がしにくくなっていた背後の男に、フィスタは奪ったナイフを投げつけた。
ナイフは男の肩に刺さった。
「うぎ!」
フィスタは倒れた目の前の敵を踏み台にして、高い跳躍からの飛び膝蹴りをナイフが肩に刺さっている男に放つ。
膝は男の胸に突き刺さり吹っ飛ばされ、男は壁に背中を叩きつけられた。
フィスタは敵を叩きつけた壁まで一気に間合いを詰めると、左右のフックを連打するようにして、男の体をカランビットナイフで切り刻んだ。首、脇の下、内もも、主要な血管を切り刻まれた男は、か細い悲鳴を上げながら前のめりに倒れる。
「ん!?」
背後からバイクのエンジン音がする。ふりむくと、バイクに乗った男がフィスタを跳ね飛ばそうと、彼女に向ってフルスロットルで突進してきていた。
フィスタは避けず、それどころかバイクに向って駆け出した。
そしてベリーロール※の要領で飛び上がり、バイクを男ごと飛び越えた。
(ベリーロール:陸上競技、走り高跳びの技法。バーに向かって走り、最後に踏み込んだ足の逆の足を上げて跳躍し、腹ばいになってバーを飛び越える。)
さらに、そのまま男の背後から逆さまになった状態で胴体に抱きつき、カナディアン・デストロイヤー※で男の頭を地面にたたきつけた。
(カナディアン・デストロイヤー:プロレスリングの技法。やや腰を曲げている相手に対し正面から走っていき、相手の頭上を飛び越えつつ胴に組み付いて、自身の背筋の力と下半身の振りで勢いをつけて相手と共に半回転し、相手の頭部を地面に叩きつける。)
リーダー格の男がフィスタの前にやってきた。サイバネティックス手術の影響か、肌がシリコンに用につやつやしていて、けれど眼球は真っ赤に充血している不健康そうな男だった。髪型は薬品で固められ、150年ほど昔に流行っていたロカビリーのような髪型をしている。
「オメェらぁ、どこの回しもんだぁ~?」
男が腕を交差させる。すると、その両手の甲から二本の金属製のかぎ爪が飛び出してきた。
「ちょっとぉ、マーヴェル好きすぎじゃない?」
フィスタは苦い顔をして、再びピーカブースタイルで構えた。
リーダー格の男は質問には一切返さずに、かぎ爪が飛び出た両手を振り回す。一撃でも食らえば顔面の皮がオレンジの皮のように剥げそうな攻撃だった。しかし、大ぶりなのでフィスタは足はあまり動かさず、ピーカーブースタイルの上体の振りだけで余裕でかわし続ける。かぎ爪が顔をかすめるだけで、風を切る音がフィスタの耳を突いていた。
しかし、フィスタも反撃に転じることが難しい。ただでさえ体格差があるのに加え、かぎ爪の分リーチが違う。フィスタは攻撃をかわしつつも、自分の攻撃が届かず、ひたすら小刻みに、攻撃の前動作の挙動を繰り返し続けるだけだった。
反撃が上手くいかず、かぎ爪がフィスタの体をかするようになる。フィスタのボディースーツが防弾防刃ではなかったら、切り傷がついていたところだった。
フィスタは攻撃の単調さにつけ込み、攻撃の終わりに距離を詰める。だが、敵の前蹴りを食らって吹き飛ばされてしまった。背後にある廃車のドアに背中をぶつけ、ドアのガラスにひびが入る。
「おら死ねぇ!」
敵が大ぶりで殴りかかってくる。突き出したかぎ爪で顔が串刺しになるほどの一撃。
フィスタは「待ってたよ」と呟く。
そしてフィスタは車の屋根に手を置いて飛び上がった。敵のかぎ爪は窓を突き破り、右腕が車の中に入っていった。
腕がはまった隙を見逃さない。フィスタは敵の右腕を自分の右腕で羽交い絞めにし、左腕を敵の首に回し、カランビットナイフで首を切り裂きにかかった。
「動くなぁ!」
しかし、フィスタが敵の首をかっ切ろうとした瞬間に声がかかった。
「なっ」
見ると、依頼人と子供が首元にナイフを突きつけられていた。
「どうして……。」
自分が倒した相手は瀕死、もしくは戦闘不能の状態だったはずだが、チャカに任せた相手は腕や足を撃たれているだけで、戦闘不能とは言い難かった。
「こいつらを殺されたくなかったら動くんじゃねぇ! お前らの目的もこいつらだろう!?」
敵は依頼人の首にナイフを押し付ける。
「ふざけんじゃあねぇよ! てめぇらこそそのガキを離しやがれ!」
フィスタは叫んだ。普段とは違う、どすの利いた声だった。
「テメェらみてぇな外道相手に取り引きなんざねぇよ! 離さねぇってんなら、こちとらテメェらのリーダーの首ぃここでかっ切るぞ!」
「落ち着けフィスタ! いったん武器をしまえ!」と、チャカが叫ぶ。
「チャカ、どうしたん……あぶなっ」
チャカの後ろから敵が迫っていた。
「ん? がっ!」
背後から鉄パイプで殴られチャカは倒れた。
子供を人質に取っている男が言う。
「よぉし、これで人質は三人になったなぁ。どうする?」
ナイフに首を当てられているリーダー格の男が言う。
「落ち着けよ。殺すならすぐに殺す。お前らもあいつらもな。だが、オメェらに訊きたいこともあるからな。オメェが取引に応じれば生かして返してやるよ。こっちはもう目的果たしてんだからな」
「……くっ」
フィスタは男の首からナイフを外した。外すと同時に、リーダー格の男はかぎ爪を引っ込めた右拳で腹を殴ってきた。
「ぶっ」
フィスタが膝をつく。
「フィスタ! お前ら、約束が違うぞ!」
チャカが叫ぶ。
「殺さないと言っただけだ、こっちが何人やられてると思ってんだ」
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