剣技オタク
河原でエリスと会うようになってから、ティロは勤務のないときはよく河原に入り浸るようになった。寂しい河原には寄りつく人がなく、まるで自分にぴったりの部屋が見つかったようでティロは嬉しかった。エリスが来なくてもぼんやりと空を眺めたり、茂みに入って寝転んだりしていた。
その日は何となく機嫌が悪かった。イライラしてどうしようもなくなり、思い切り剣を振りたくなった。しかし警備隊員の修練場で鍛錬する気にはなれなかった。そこでティロはこっそり模擬刀を持ち出し、河原で鍛錬をすることにした。
「後で返せば大丈夫だろう」
模擬刀を持ち歩くには、普段のぼろぼろの平服では目立った。そこでティロは隊服を着たままその日は河原へ向かい、勤務の疲れからしばらく星を眺めていた。
「相変わらず景気悪い顔してるのね」
いつの間にか、ランプを持ってエリスがやってきていた。
「仕方ないだろう、今日はもう3日目だから」
「素直に眠剤入れればいいのに」
ティロもそうしたいところではあったが、あいにく睡眠薬の残りも心許なくなっていた。
「まあでも結構疲れてるし、気絶でもいけるんじゃないかと思って」
「自分で気絶なんか出来るの?」
「まあね、本格的に薬を使う前は大体気絶と睡眠がセットだったんだ」
ティロは持っていた模擬刀を掲げて見せる。
「気絶するまで自分で自分をいじめ抜くと、鍛錬にもなるし睡眠もとれて言うことなし、だ」
「何それ……ちょっと訳わかんないんだけど」
かつてシャスタに言われたように、エリスも理解しがたそうな口ぶりで言う。
「逆にわかってもらっても困るな。俺特殊だからさ」
(何だよ、そうやってみんなして俺を変な者扱いしやがって……変なのは仕方ないか)
「特殊かどうかは置いておいて……だから今日は隊服なの?」
「平服だと模擬刀持ってるの目立つんだよ、今日は特別。いいだろう?」
ティロはエリスに隊服を見せる。しかし先ほどまで地面に寝転んでいたので背中は泥だらけだった。
「別に……いつもとあんまり変わらないかな」
「何だい、せっかくいつもと違う格好だっていうのに」
張り合いを無くしたティロはいじけてみせる。
「でも、そんなに眠れないなんて病気なら医者に診てもらったりするでしょ?」
「いや、俺医者嫌いだから行かない。どうせ眠剤しかくれないし」
「そう……大変なんだね」
(まあ、この辺は理解されることがないから別に冷たくてもいいんだけど)
「大変、と言えば大変だけど、もう10年くらいやってるからそうでもないよ」
その言葉にエリスは疑問を持ったようだった。
「10年? いま幾つなの?」
「えっと、確か18のはず」
(何かの間違いでもない限り、俺は今18のはずだ。災禍が8つの時だから、あれからもう10年か……)
「はずって……それじゃあ、子供の頃からじゃない」
「そうだよ」
(あ、引いてる。その視線、慣れたもんだ)
「そうだよって……結構深刻な話じゃないの?」
「んー、深刻と言えば深刻なんだけど……俺もっと深刻なことあるから眠れないくらいは深刻さのうちには入らないかな。確かに眠れないのはキツイけど、別に人に話す分には不眠症くらいまだ普通じゃないか?」
(別に眠れないくらいみんな多かれ少なかれあることだろう!? もうこの話止めにしたいな)
「もっと深刻なこと……?」
(ああ面倒くさい! 俺のことはどうでもいいんだよ!!)
「あぁ……ただ誰にも話したことないし、正直話す気はないというか、話して楽しいものじゃないからね」
「そう……みんな大変なのね」
(よし、追求が止んだ。話題を変えるぞ)
話を何とか自分のことから変えたいティロは、これ見よがしに模擬刀を構えてみせる。
「それ、いつも持ってる剣?」
「いいや、これは模擬刀。いつも持たされているのは警備隊用の警棒。模擬刀っていうのは試合用の刃がついていない剣だから、ちゃんと刃がついてる真剣を想定するならこっちで鍛錬したほうがいいんだ……持ってみる?」
そう言ってティロはエリスに模擬刀を渡す。
(へへ、これで話題が完全に変わったぞ)
「思ったより重いね」
「それは模擬刀の中でも一番重いの選んで来たからな。模擬刀にもいろんな種類があって、練習用途に合わせて選ぶんだ。俺はこのくらい負荷かけないと寝れないからね」
「そんな理由で剣って選ぶものなの?」
(お、剣に興味持ってくれたかな?)
「多分この世界で俺だけだと思う……基本的にこの重い奴は筋力を鍛える意味もあるけど、どっちかというと身体の中心を真っ直ぐに構える用途でもあるかな」
「構える?」
「そう。剣って構えが一番大事でさ、こうやってただ持つだけじゃなくて身体全体で剣を支えるように持たなくちゃいけない。でも最初はどうしても腕だけで剣を持とうとするからガタガタになっちまうところをこういう重い剣で矯正するんだ」
「軽い剣だとダメなの?」
「軽いと腕だけで支えられちまうから、いつまでも軽い剣で鍛錬してると姿勢が安定しないんだ。ある程度素振りができるようになったらどんどん重い剣にしたほうが筋力の増強にもなるし、重い剣を持った方が剣の動かし方も誤魔化しが効かないから練度の高い剣士とぶち当たるとすぐに負けちまってな」
それからティロは剣技における鍛錬法について延々とエリスに講義を続けた。鍛錬法の歴史についてかつての偉人が残した言葉をいくつか取り上げたところで、エリスがため息交じりに呟いた。
「わかった、君は剣技バカなんだね」
(……あ、ちょっと喋りすぎたか)
「バカとは酷いな、専門家と言って欲しいな……まぁ、実際これが無くなったら俺の存在意義が全くなくなるからな。バカって呼ばれても仕方ないかも」
(いや、そもそもこの子は剣技とか縁の無い一般人なんだよな。俺何やってるんだろう)
ティロは少し恥ずかしくなって俯いた。
「ごめん、本当に褒めたつもりだったんだけどな……だって、すごく嬉しそうだったから」
「そう?」
(褒める? 俺のことを?)
「うん。もっとビシっとした格好してバシっと剣を振れば、みんな振り返るくらいかっこいいと思うんだけど」
「いいよ俺は……万年11等のゴミだからさ」
そのまま模擬刀を抱えると、いろんなことがどうでもよくなって河原に寝転んだ。
「じゃあ何のために兵隊やってんの?」
ティロはエリスの何気ない質問に、全身に針が刺さったような気分になった。
(何のためって、俺が何のために剣を持ってるのかってことかな? そりゃあ、特務に戻るためだと思ってたけど、違うな。俺は剣聖デイノ・カランの孫だぞ。爺さんの剣技を世に広めたい。やっぱり俺は、剣技が好きだ)
「え、あ、えーと………」
(どうしよう、変に話を反らすのも何だかなあ。何て言えばいいのかな、どうしようかな……)
今までのことを正直に話すのは話が込み入りすぎて、ティロ本人にも出来なさそうだった。そして適当に誤魔化しても彼女が納得しなければ、再度追求されて再び全身に針を浴びることになる。
(できるだけ過激なことを言えば追求を止めてくれるかもしれないな、よし……)
なるべく関わりたくないと思われて、それでいて荒唐無稽で実現不可能と思われる上に、自分の気持ちも乗せやすい適当な理由がいい。ティロはそう考え、返答の方針を決めた。
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