最終話 僕に季節を教えて
今日は冬至。僕はリモートワークを切り上げて「かぼちゃと小豆のいとこ煮」というのを作って、研究室にこもりきりの衣真くんを待っていた。ようやく帰ってきた衣真くんは、煮物の香りを嗅ぎつける。
「ただいま。なんだか甘いにおいがする」
「『かぼちゃと小豆のいとこ煮』を作ったんだよ。冬至に食べるといいんだって」
「嬉しいなあ。行事は大切にしたいね。でも冬至には『ん』の付くものを食べるといいから『早暉くん』を食べるといいと思わない?」
「えっ」
「デザートに早暉くんを食べたいなあ。楽しみだなあ」
「楽しみだね……」
僕は頬を熱くして小声で言った。衣真くんはいつも積極的にお誘いをしてくれるけれど、「食べたいなあ」なんて大胆で気恥ずかしい。実際には僕が衣真くんを食べてしまうのだから、ちょっとS気味でいいってことなんだろうか。違うんだろうか。
僕は衣真くんの白い裸の想像を頭から追い出せないまま夕ごはんをよそった。
「この『いとこ煮』というのはおいしいねえ」
「初めて作ったけど、おいしくできたね」
「早暉くんはお料理が上手だねえ」
衣真くんはダイニングテーブル越しに頭を撫でてくれる。「食べたいなあ」宣言のあとだから僕はどぎまぎする。それから衣真くんは洗い物をして、さっさとバスルームへ行ってしまった。
舌を絡めているうちに、歯磨き粉の香りが
衣真くんの肌がやわらかいのは、毎日欠かさずボディクリームを塗っているからなのだと同棲を始めてから知った。そんなマメな習慣を重ねられるところもうつくしい。尊敬しているんだ。
「噛んでいい? 歯を当てるだけ」
「んぅ……。やってみて」
衣真くんが「食べたい」と言ったのに引きずられて、歯を立ててみたくなった。普段はそんなこと思わないんだけど。
首筋は本当に血管を食い破ってしまいそうで怖くて、裸の肩に歯を当ててみる。本当に当てるだけ。押し込んでみるのも怖かった。
「……衣真くんはどう思った?」
「どきどきした。あんまり興奮しなかった」
「僕も向いてないかもしれない」
「ん〜。一致してよかったねえ」
衣真くんが機嫌よく笑うので僕は幸福になって、じゃれるキスを重ねた。僕たちはこの三年でいろんな遊びを試して、結局素直に愛し合うのがいちばんふたりとも気持ちいい。
僕は衣真くんの身体に手を伸ばして、胸を触って熟した快感を、一回僕の口の中で弾けさせてあげる。衣真くんは僕が精を飲んでも恥ずかしがらなくなった。
いつも僕を受け入れてくれる愛おしい孔。ローションが冷たいからゆっくりゆっくり塗りこめていると、待ちきれないようにヒクヒクと震えて僕を招く。
僕の先端が孔の口にくちづけるときふたりの身体は震える。粘膜の温度が僕を快感の星へ連れ去り、たまらず僕が動きを速めると、衣真くんの目に浮かんだ生理的な涙の表面に星が流れる。僕たちふたりでひと組の連星だったのが、ぶつかってひとつの星になったみたいに、こんなにも僕たちは同じ悦びを分け合っている。
「早暉くん。あ、さきくん、さきッ、くん……ッ!」
「イって。イきそう」
「さきくん、もう、もう……ッ! さきく……ッ!」
衣真くんの全身が震えるのに合わせて僕も達した。
「ありがとう。愛してる」
「さきくん……。あいしてる……」
僕は何年経っても名前を呼ばれていないと達することができない。癖になってしまった。それでも、絶頂の瀬戸際で切れ切れに名前を呼んでくれる衣真くんが愛しくてたまらなくなるから僕たちの中ではこれでいいんだ。
僕は完璧な人間じゃないし、衣真くんは最初に僕が想像していたほど完璧な人間じゃなかった。僕たちの関係には
僕が片付けをして衣真くんにパジャマを渡すと、衣真くんはのろのろとパジャマを着てすぐに僕のベッドで眠ってしまった。
僕は床にあぐらをかいて、ベッドに肘をついて、衣真くんの寝顔を見つめる。ぽやんとした眉毛も、繊細なまつ毛も、ちょんとした鼻も、小さな口も、さらさら流れる黒髪も、初めて会ったときから少しも変わらない。
衣真くん、僕のフィアンセ。お付き合いを始めてから季節が三周して、それから三ヶ月が過ぎた。誰かとこんなに長く一緒にいられるとは思わなかった。
来年もまた「いとこ煮」を作るよ。毎年僕たちの食卓に並べよう。そんなことをいちいち約束しなくても、僕たちは一緒の食卓に帰ってくる。そんな約束をした。
綺麗な綺麗な、僕のフィアンセ。僕に「今日はこんな花が咲いたよ」って季節を教えてくれる、うつくしいひと。二人で、できるだけたくさんの季節を巡ろうね。
うんと先にお別れの日が来る。その日が何月でも、僕はその季節の思い出を手繰って、嬉しくお別れを言うんだ。きみとなら、どんな季節もうつくしい。
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