17.商品登録

 出勤してきた兄弟子に店番を任せ、五人は連れだって神殿へ向かった。

 二の鐘の直後なので、神殿へ祈りに向かう者と祈りから帰ってくる者で、広場は人で溢れかえっていた。

 季節は日本で言えば秋の始まり。朝は肌寒く、昼は日が差していればポカポカと暖かい。以前は店から神殿に行くのも高低差にやられ、ぐったりしていたものだが、今はもうなんなら毎朝祈りに行っても平気なくらいになっている。

 人々でごった返している祈りの間の奥へ向かうと、あの神官、ローディアスがいた。

「フェナ様? どうされました?」

 そう言いながらもシーナと目が合うとニッコリ微笑みかけてくる。何度も会っているが、本当に気の良い人だ。

「商品登録の件だ。どこか部屋を頼む」

「かしこまりました。こちらへ」

 シーナに目を向け、先導して歩いていく。

 通されたのは以前始めてきたときと同じような、テーブルと椅子がいくつかある部屋だった。

「どうぞお掛けください」

 大きな丸いテーブルに、対面でフェナとローディアスが座る。ガラはフェナの左隣に座ったので、シーナはガラの後ろに立った。バルとヤハトはもちろんフェナの後ろに控えている。

「あなたも座りなさい、シーナ」

 ガラが自分のとなりに椅子を寄せて促したので、頭を下げながら座った。

「商品登録というと、先日ガラさんからお話を受けた耳飾りの件ですか?」

 口火を切ったのはローディアス。今日も汚れがひとつも見当たらない真っ白な神官服を着ている。

「それもあるが、そちらの登録はどうなってる?」

「神殿の許可は降りています。あとは、組み紐ギルドとの話し合いですね。何割を使用料として払うかという。ガラさんや当事者のシーナさんに同席してもらわねばなりません」

「悪くないな。なるべく早くそちらの話を付けてくれ。そのあとに、これの公表だ」

 大慌てで作った索敵の耳飾りをテーブルに三つ出すと、人差し指で机をトントンと叩く。

「索敵の耳飾りだ。従来の何十倍ももつ」

「……何十倍も、ですか」

 真剣な表情で耳飾りを見るローディアスに、フェナは追い討ちをかける。

「昨晩から色々と森の奥で試してきた。効果は私が保証する」

「……フェナ様が、ですか」

 驚きに目をしばたかせて、彼は耳飾りにそっと触れた。

「もちろんそちらでも試して貰わねばならないが、使用時は本当に気を付けろ。ごくごく少量から試すように」

「こういった場合に冗談をおっしゃられる方だとはおもっていませんが、にわかには信じがたいお話しです。試させていただきますね」

 ローディアスは立ち上がると部屋を出て、次は紙の束を平たい盆にのせて帰ってきた。

「まずは申請書と、預り証を。ついでですが、耳飾りの申請書にシーナさんのサインを貰わなければならなかったので、そちらにもサインを」

 ガラに言われた場所にシーナはまたサインした。

 最近多いなぁと思う。

「この新しい耳飾りはシーナさんが作られたんですよね? 他にもいくつか作ったと言う風に聞いていますが、それも単独で登録しますか?」

「そうねぇ、そうすればシーナに入るお金は多くなるわ」

 言ってる意味はわかるのだが、少し悩む。耳飾りは、正直可愛さを追求して作り出したものなので、可愛い耳飾りを皆につけてもらいたいのだ。シーナがここで二重取りをしだすと、あまり広がらない気がする。索敵の耳飾りのような大きな効果を望めるものは、お金はいくらあってもいいというガラの言葉に同意なので、特許分をいただきたいとは思うが、これからも可愛さを重視して組み紐ピアスを作っていきたいし、できれば他の組み紐トゥトゥガ師にも作ってもらいたい。

「他のはいいです。この索敵の耳飾りも、耳飾りとしての使用料は二重取りしない方向で。索敵の耳飾りは売れますよね?」

 フェナにそう聞くと、彼女は力強く頷いた。

「間違いなく」

「普通の索敵の組み紐トゥトゥガの売れ方と、価格を考えると、その使用料だけで私、働かなくても過ごせるレベルのお金が入ってきそうですし」

 一般的に一割だと事前に聞いていた。五十倍でなく、三十倍の値段だとしてもかなりの金額になる。

 市場の日用品の物価を日本の価格にして考えると、索敵の組み紐トゥトゥガは一本二万円ほど。月に百は軽く売れる。売れるペースが五十分の一になるとして、月に四万。その一割をもらうと、四千円。それに同じ値段で売るはずがない。市場を荒らすこととなってしまう。三十倍で十二万。これが、ガラの店だけの月の固定収入だ。が、半年住んでわかったが、シシリアドの街だけで組み紐トゥトゥガの店は百近くあるのだ。ガラの店は人気店。同じくらいの店は他に十ほどある。シシリアドの街も場所によって貧富の差がかなりある。それでも、一家族五人、十万あればかなり余裕のある生活ができる、と思う。娯楽費とか、光熱費がやすいから。あくまで、シーナの市場調査結果だが。

 さらにさらに考えると、この商品登録はこの世界全てにまたがるものだそうで、考えるのも恐ろしい。

「正直、五分でもいいかなって思ったり……」

「それは遠慮しすぎよ! もっといい索敵の耳飾りができたらあんたの方は途端に売れなくなるのよ?」

 ああ、そういった可能性もあるのか。

「新しい紋様を一つ見つけ出せばそのあとは遊んで暮らせるといいますからね。驚いてしまうのもわかります。それにしてもシーナさんは数字にも明るいのですね。すぐそれだけの計算をなさるとは。商人としてもやっていけそうですね」

 たぶん義務教育とそろばんのおかげだ。

「じゃあ、耳飾りの方を一分とかにしましょうよ。その代わり価格も押さえてもらって……」

「まあそれは悪くないわね。新しい試みに挑戦する人間が増えるわ」

「普及もしやすくなるでしょうね」

 ローディアスとガラがうんうんとうなずいている。そこへ、後ろからバルが口を挟んだ。こういったときは黙っているので珍しいなと目を向けると、シーナの耳元を見ながら彼は言う。

「いましている耳飾は登録しないのか? フェナ様がつけていたのとはまた別のものに思えるが」

「あー、これはお試しに作った魔除けの耳飾りで……」

「……気づかなかった。シーナ、あなたは本当に次から次へと。先に登録されたら今度はあなたが使用料を払わないといけないのよ?」

「でもこれ、疲労軽減と同じで紋様に付与してるやつなんで、このパターンはなんにでも応用が効くとおもいますし……じゃあ、疲労軽減やこの魔除けのように形は問わずに紋様に付与するタイプは、こんなタイプのものとして登録はして使用料は取らないようにしましょう。とんでもなく効果が増えるわけでもないですから。これからも気軽に試したいし。かわいい形作りたいし。それか耳飾りの商品登録のとき、但し書きで、『従来の組み紐トゥトゥガとさほど効能が変わらない場合は商品登録はできない』としましょうよ!」

「欲のない奴だなぁ~」

 ヤハトがケケケと笑った。

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