80. ヤレェエエエ!

「よし、行こう!」


 そうと決まれば、悠長にしている時間はない。どんどん進むエデルクはすでに敵に囲まれそうになっている。僕らは、ちょうど背後に回り込もうとしていた敵へと迫った。


「おら!」


 ブーマが牽制の一撃を放つ。硬化された体にダメージを与えることはできないけど、それでも気を引くことはできたみたい。敵の目がブーマへと向いた。


 その隙に、こっそりと敵オークの足に張りつく。やることは難しくない。接触部分から自分の纏ったマナを相手の体まで広げていくんだ。とりあえず、正面の攻撃しやすい部分にマナを通していく。


 マナを相殺するだけだから発現する効果は何でもいいのかもしれないけど……とりあえず、硬い肉を叩いて柔らかくするイメージにした。とんかつ肉だって叩けば柔らかくなるしね。オークの顔は豚に似てるからイメージしやすい。


 効果は覿面だった。お腹を狙った一撃。それを受けて、敵オークは体を「く」の字に折った。


「おっ、今のは効いたな?」


 ブーマが歯をむき出しにして凶悪な顔で笑う。確かな手応えがあったみたいだね。


 当然ながら、ここで手を休める理由はない。態勢を崩した敵オークにブーマが追撃した。二度、三度と手にした石鎚で殴りつけると、敵オークはぐったりとして動かなくなる。


 思った以上に有効だった……というか、効きすぎじゃない?


「おい、グレゴリー。お前、何をしたんだ? 脆くなりすぎだぞ」


 殴ったブーマも不審に思っているようだ。どうやら単純に硬化を解いただけに留まらず、肉体を脆くするようなおまけ効果がついちゃったみたい。考えられるとすれば、マナを通したときのイメージだけど……まさか、本当に柔らかくなっちゃったの?


「グレが、ときどき料理でやるヤツだよね」

「そうか! ハンバーグと同じだ!」


 半信半疑で話したら、僕よりも深く納得したのが二人。フラルとイアンだ。


 いや、まあ、確かにハンバーグを作るときは叩いて柔らかくするけどね。そういった話とはちょっと違う気がするんだけど。


 だけど、あえて否定はしなかった。だって――


「それなら、あたしもできる気がする!」

「僕も!」


 二人はすっかりやる気になってる。魔法の成功率に大きく関わるのは適切なマナの運用とはっきりとしたイメージ。できると信じることが、結果に大きく作用するからね。


 結果として、フラルもイアンも硬化の打ち消し――というか、軟化かな――を完全に物にしたみたい。試しにやってみたら、実際に敵オークの守りを脆弱化することができた。特に、イアンは軟化させたあとに自力でひねり潰している。強すぎじゃない?


 二人ともまだ魔纒もどきも習得してなかったはずなのに……イメージって凄いね。食べ物に関連したイメージから使えるようになるのがフラルとイアンらしいけど。


 元から魔纒もどきが使えたキーナも習得できたので、四人が軟化の術を使える状態になった。僕とブーマ、フラルとゼギス、キーナとロックスでコンビを組むことで、敵オークを倒すスピードが格段に上がった。すぐにエデルクに追いついて周囲の敵を減らしていく。


「エデルク、無理しちゃダメだよ!」

「あ、ああ。助かった」


 周囲を敵に囲まれて反省したのか、エデルクはかなり冷静さを取り戻しているみたい。僕が注意すると殊勝に頭を下げた。だけど、ぽつりと「ゴブリン族……規格外すぎないか」って聞こえた気がする。ま、今はそんな些細なこと気にしてる場合じゃないね。


 とにかく、僕らは行く手を阻む敵オークを蹴散らしながら進んだ。完全に突出した形だけど、ゴブリン使節団が左右と後方っから襲ってくる敵の対応をするから死角はない。心配していたのは、マナの枯渇だけど――――


「兄上!」


 ついに僕らは扉の前の決戦地点までたどり着いた。まさにギリギリで、軟化を担当していたフラルとイアン、キーナは立っているのもやっとって感じだ。そういう僕にも余裕はない。他の三人の負担を減らすために、僕が多めに対応したからね。そのせいもあって、かなり消耗している。


 とはいえ、倒したオークの数を考えれば、よくマナが保ったと思うよ。もしかすると、軟化の術はマナの効率が良いのかも。


 ともかく、僕らは間に合った。扉の前のヨルクは傷だらけで酷い有様だけど、まだ生きてる。ただ、心配なのは……その目だ。だって、血走っているその様は狂月症の特徴と一致している。


「エ、エデルク、モドッタガァ」

「は、はい! 僕も助力します! 父上を怒りから解放しましょう」

「ア……アァ」


 エデルクの呼びかけに、片言でヨルクが答える。酷く掠れた声だけど、受け答えはできるみたい。一応まだ意識は残っているようだ。だけど、ぎりぎりで踏みとどまっているような、そんな不安定さを感じる。一刻も早く決着をつける必要がありそうだ。


「ガァァアアア!」


 試合再開のゴングとなったのは、ボスオークの咆吼。エデルクの言葉によれば、あれは二人の父……おそらくはオークの族長だ。その体躯は、平均的なオークよりも一回りは大きい。太い腕が巨大ハンマーを振り回す。


 その先にいるのはヨルク。彼は避けもせずにそれを受けた。


「ゴァァアアアア!」


 いかにオークが強靱な肉体を持つとも、そしてそれを硬化で強化できるとしても、その一撃を無効化することはできないはずだ。だけど、ヨルクは身じろぎもせずに耐えた。そして、そのままボスオークに掴みかかる。


「エデルグゥ、ヤレ! ヤレェエエエ!」


 その意図するところは明確だった。ヨルクは組み付くことを優先して、攻撃をあえて避けなかったんだ。ボスオークの硬化を無効化するために。

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