第13話 小さな手と手——繋ぐ ④

「お前、大丈夫だったのかよ」


 しばらく安静にして落ち着いたので大学に行ってみた。メールで何回かメッセージをくれてたが返事をし忘れ真壁まかべくんが呆れてた。


高梨勇人たかなしはやと返事くらい返しやがれ」


と言うつつも安心していた。文化祭の準備も徐々に始まり真壁くんは文化祭実行委員のメンバーであるからとても忙しそうだった。


「そう言えばさ、卒論の課題もう決めたの?」

 

 〝まだ、卒業まで1年あるじゃん〟

 真壁くんがそう言うが


「色々とやりたい事もあるんだよ。1年だけじゃ時間もないし、一応西野教授のところでお世話になる事にした」

「西野教授!?あの有名な人だろ?」

「やっぱり、有名なんだな」

「有名も何もあの教授だけではない!高梨勇人

お前はリアコだったから気づかなかったからそう言うんだ」

「はあ・・」

「それはだな・・」


 真壁くんは何か言おうとしたが次の瞬間、俺の後ろを見て驚きの表情を浮かべている。何だろうと思い振り返る。


「あ・・」 


 後ろには抄湖しょうこさんが立っていた。抄湖さんは口パクで何かを言っている。


〝メールを見ろ〟


 そして、何も言わず書類を俺に渡し去っていった。俺はその背中を見ているだけだった。


「おーーーーーいいい!!勇人」

「わっ!?何!!何だよ!」


 真壁くんは物凄い勢いで俺に向かって


「何だよじゃねえ!あの美人さんとお前は知り合いなのか?え?どうなんだ?」


 物凄く捲し立てながら、真壁くんが迫ってくる。やめろ、怖いわ!


「西野教授だけじゃねぇ!あの美人さんが大学生の中で話題になってんだよ!!」

「え?マジ?」

「お前って奴は!!ちきしょーーーー!!ついこないだまでは白川さんとでフラれたと思ったら今度はあの美人さんかよー」


 呆れる俺に目もくれず叫び続ける真壁くん。お前みたいなのがいるから男はバカだと言われるんだぞ!わかってるのか?


「オレに紹介し・・」

「断る!」


〝勇人ぉぉーー〟


 頭を冷やせ!と真壁くんを残し外に出る。そう言えば抄湖さんがメールを見ろと言ってたな。


——研究室で待つ


「飾りっ気ない淡々とした文章だなおい」


 とりあえず、研究室に向かう為大学院の方へ歩き出した。


「あ・・柚鈴ゆずさん」

「・・おはよう。勇人」


 柚鈴さんが友達と一緒に歩いていた。


「おはよう」

「何?何?柚鈴、あんた達ヨリ戻したの?」

「違うよー」


 柚鈴さんは少し照れたように


「別れたけど・・」


 この間の出来事・・柚鈴さんが自宅に訪ねて来た時の事だ。


⁂⁂⁂⁂⁂⁂⁂⁂⁂


『付き合ってた時、勇人が何を考えてるのかわからないって言ったでしょ?』

『ああ、その言葉は心に刺さった』

『だって、何を言っても私には笑顔だし、それが逆に不安だった』

『不安?何で?俺は不満もなかったし』

『嘘・・約束を突然止めたり、あなたを困らせようとしたんだよ?』


 普通なら怒ったりするのにと不貞腐れて俯く柚鈴さん。何だ・・それ。乙女心はわからねぇ・・だけど、不満って思ってなかったし、相手の都合や気分も仕方ないそれが柚鈴さんなんだってわかってたから。


『あ・・・』

『勇人?』


 そう言う事だよな・・。


『あ・・いや、俺が未熟だったんだよ』

『え?』

『言葉・・きちんと言うべきだったなって不満はなかったよ。本当に柚鈴さんが時々そういう行動してたのも不満じゃなかった』


 ふと、抄湖さんの顔が浮かぶ。それぞれが別物であり、お互い想いあっても自分ではない。ならば、言葉で伝える事が大事なんだと


『あの時に言って欲しかった』

『だな・・ごめん』

『今だからそう思えたって事だよね?それってあなたに与えてた人がいるって事?』

『うん・・とても考えさせられた事があった』


 失って気づく事がある。柚鈴さんには申し訳ないけど、今があるのはやはり別々の道を進んだからだと感じた。


 見えない時間や日々があってもし、まだ柚鈴さんと一緒に過ごしてたらあの場所を見つける事はなかったかもしれない。仮に見つけたとしてもマスターや抄湖さんと縁を結ぶ事はなかっただろう。


『本当に残酷だよね・・』

『え?・・』

『ううん・・失って初めて気づいた。今の勇人をもっと知りたいって思った』


 柚鈴さんは俺を真っ直ぐ見て話す


『前のままならきっと勇人に不満ばかり言い続けてたかもしれない。だけど、改めて話して思う勇人にもう一度振り向いてもらいたい』

『・・柚鈴さん・・あ、いや』

『わかってるわよ。勝手な事は・・だけど、今の勇人がカッコいいって思ったの』


 ここにいる俺は柚鈴さんが知る俺ではない。もう、何が何だかわからないぞ。そうさせてしまった俺の未熟さでもあるし・・


『スタートラインかな?あの時みたいになれないかもしれないけど私も変わるから』


⁂⁂⁂⁂⁂⁂⁂⁂⁂


 そう言ってた柚鈴さん。少し恥ずかしそうにしている。今までと違う変化だろう。


「どこか行くの?」

「あ、うん。用事があって」

「そっか・・」

「じゃあ、行くから」

「うん・・またね」


 またね・・か。お互い喧嘩別れではないし普通に話せる間柄だからそうなるんだろうな。ふと、抄湖さんの顔が浮かぶ。


「急ごう、怒られる」


✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎


「遅い!」


 はは・・目の前には仁王立ち抄湖さんがいた

とはいえ、約束の時間前なんですが・・


「これ、食べます?」


 中村屋のおはぎを持参する。抄湖さんの顔が


「美味しのう!!やはり、中村屋のおはぎは美味だぞ」


 嬉しそうに食べる抄湖さん。好きな物を食べる表情は可愛いらしい。俺はしばらくその表情を眺める。抄湖さんはそれに気づく。


「どうした?ワシの顔に何かついてるのか?」

「抄湖さんて・・好きな人っているの?」


———ボタッ


「わっ!?」


 その言葉を聞いた途端、おはぎが床に落ちる


「抄湖さん!?おはぎが・・って・・え?」


 抄湖さんの顔が見る見る赤くなっていく。


「お・・お・・お前は何を聞いておるのか!」

「あ・・いや、普通にどうなんだ?って思っただけで・・特に意味は・・」


 おはぎを拾いながら思う。あれだけの美人だから色恋があってもおかしくはないけれど・・


「ワシのおはぎが・・」

「よかったら、俺のおはぎ食べる?」


 また、嬉しそうに頬張る抄湖さん。甘い物が大好き過ぎるだろ


「勇人氏にしては珍しいな。そんな事を聞くとは・・」

「・・抄湖さんと同じで誤解を生みやすいのかもしれない」

「・・・」

「俺さ、何を考えているのかわからないって言われた事あってさ・・自分自身では伝わってると思ってたんだけど」

「わからないと言うよりも、己自身を持ち過ぎていて戸惑うのでは?」

「戸惑う?」


 抄湖さんの意外な言葉に驚いてしまう。そのような言葉が返ってくるとは思わなかった。


「これは仮定であってわからぬが、相手が過大評価してるのでは?と思ってしまう。つまり、自分自身はそんな誇れるものはないと過小評価するあまり、相手の行動や言葉に戸惑うのであろう。本来は酷い行動や言動も言うのにお前は顔色一つ変えない。それは勇人氏お前の寛容さだが相手を萎縮させてたのかもしれない」


 俺がやっぱり原因か・・項垂れる俺。柚鈴さんの気持ちを汲み取ってなかったのか・・


「しかし、お前は何も悪くないだろう。本来ならそんな風に相手を思いやる事は少ないのだ」

「だけど・・傷つけたのかもしれないし」

「そのような変化をお前は出来たのではないか、悩みから言えば己が変われた事で相手も変化したのでは?」

「あ・・確かに」


 抄湖さんが俺に近づいて真っ直ぐ俺を見る。その目がやはり綺麗過ぎて魅入ってしまう。


「良いか?勇人氏。絆と繋がりは違うのだ。相手を縛るものよりも結ぶものを選ばねばな」


———ポンッ


 抄湖さんが俺の心臓に拳をあて


「すでに心の変化があるのだろう。そのままでいいのじゃ」

「抄湖さん・・」


 抄湖さんの手に俺の手をそっと置いた。そしたら、抄湖さんは驚いてこちらを見る。


「その変化が出来たのは抄湖さんのおかげなんだよ?言葉の魂・・伝える意味を教えてくれたのはあなただから」

「・・勇人氏」

「抄湖さんにも心の変化はあった?ほら、俺の心臓ドキドキするんだけど?」


 俺が抄湖さんに微笑みそう言うと


「なっ・・なっ・・何を言うのだーーー!!」


———パシッ


「痛てっ!?」

「前言撤回だ!!女の敵じゃー!」


 抄湖さんがキャンキャン吠える。

えぇ・・何で?マスターにも言われたことあるかもしれない。


〝人たらし〟


———ポカポカ


「ちょっ!?抄湖さん、何で怒るのさ」

「るさい!もうっ!?」


 本当に抄湖さんらのおかげだと思ってるのに彼女は少し照れながら俺に聞こえるか?聞こえないかの声で


「・・そんな事するからじゃ。みんなお前と釣り合える人になりたいと思うのだ」

「え?何?」

「るさい!おはぎだけでは気が済まぬ」

「ははは。なら、これならどう?」

 

 振り返ると西野教授が立っていた。


「随分と賑やかで楽しそうだね。観音寺かんのんじくんと確か高梨くんだったかな」

「教授、騒がしかったですね。申し訳ございません」

「いやいや、気にしないでいいよ」

「おはようございます」


 西野教授に挨拶をする。抄湖さんも先程とは違い丁寧にお辞儀をする。流石名誉ある教授だけに一目置かれてるんだな。


「ところでどう?食べる?」


✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎


「美味じゃ・・」

「ははは、お口にあったかな?」


 西野教授から頂いたのはバナナクレープ。沢山のバナナとクレープの生地がマッチングしていて生クリームのアクセントが抜群だ。


「美味しい・・これはどこのお店のですか?」


そう聞くと抄湖さんは


「これは西野教授の手作りじゃぞ」

「げっ!?マジか!?」

「勇人氏、言葉の使い方」

「すみません・・」

「ははは。観音寺くんはとても高梨くんの事大事にしてるんだね」

「教授ーーーー!!」


 慌てふためく抄湖さん。顔が真っ赤で西野教授に話をしている。


「彼もまた、言葉の勉強をしているんです。学びとして私は教えてるまでです!」

「そうか、わたしはいい生徒を持ったね」


 微笑む教授。とても温厚で誰からも好かれるている人。彼にそんか特技があるとは驚きだ。


「教授はその昔、製菓調理専門学校に行っておったんじゃ」

「へぇ・・。」

「自慢するものでもないよ。途中で諦めたからね・・」


 西野教授がそう話す。教授でも挫折の時があったんだな。


「みんなが喜ぶようなお菓子を作りたくてね・・今は趣味がてらなんだが」

「コーヒーにも相性抜群ですよ。濃いめのコーヒーと合いそうですね」

「なるほど、確かにバナナには合うね」


 西野教授の意外な面を見れて今日は何だか

面白い一日だったな。


✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎


———夕方頃


大志郎たいしろう何かわかったのか?」

「うーん、見つからなかったんだよね」

湊人みなとくんのヒントだけでは難しそうですね」


 俺達は湊人くんが食べたがっているプリンアラモードを探していた。


小町こまちちゃんの情報だと、定番であるプリンアラモード、フルーツの種類や盛り付け方は色々あるけれど、中にプリンが入ってるのは聞いた事はないそうだ」


 マスターはいつものように豆を焙煎をし、サイフォンでコーヒーを淹れてくれる。水が沸騰され水蒸気が上がりこの時間が俺にとっては胸が躍る。今日は静かなJAZZの音色が周りを包む


「秋のフェスティバルのお知らせ?」

「九月の下旬にここの地域でお祭りをする事

前にも話したよね?」

「あ、はい。普段はこのお店はコーヒーなど飲み物メインで提供するけどこの期間だけは限定スィーツが出るって」

「正解!忙しくなるけど楽しいよ?前は勇人くんにもお客として楽しんで欲しいと言ってたけど、お願いがあるんだ今度は僕達と一緒にフェスティバルを作る側にならない?」


 作る側・・マスターと一緒に沢山のコーヒーを提供したい。


「ぜひ!お願いします!」


 俺は快く引き受けた。マスターは自分が焙煎をしたコーヒーを出す機会だしやりがいがあるよって言ってくれた。


「楽しみだ・・あ、僕達と一緒にってあとは

誰かいるんですか?」

「ああ、まだ言ってなかったね。小町ちゃんは知ってるね?彼女はパティシエだ。いつもこの時期だけお手伝いをしてもらってるよ。彼女はお店を一つ持ってるからね」


 小町さんは凄い人なんだ・・その彼女のスィーツをフェスティバルの為に提供するんだ。これは俺もいい豆を見つけなきゃな。


「今度、抄湖ちゃんと一緒に小町ちゃんのお店に行っておいで」

「ワシが何で!?あの頗るテンション高めなあやつのところに行かねばならぬ!」

「まあまあ、勇人くんも彼女の味を知ればコーヒーも選びやすいから抄湖ちゃんお願いするよ」


 ちょうど9日にここを定休日にするとマスターが話してくれる。


「・・そうか、その時期じゃな。わかった」


 9日って確かマスターの・・


✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎


〝少し、遅くなったから勇人くん抄湖ちゃんを送ってあげて〟


「わざわざ、送らんでも良いのに」


 気づけば外は暗くなり、俺は抄湖さんを

送り届ける事に


「外は暗いんだし、何かあったらダメだろ?

マスターも心配するから」

「子供ではあるまい」


 前を歩き出す抄湖さん。二人で歩く道。ふと、空を見上げる月がとても綺麗だ。

月明かりに照らされる抄湖さん。目に反射する光がまるで地球のように美しい。彼女といる時間が居心地がいいと思う。そして・・


「毎年、9月9日は大志郎がお店を休む日だ」

「そう言えば9日ってマスターの誕生日だよね?」


 その日はお祝いをしようかと思っていたけど

マスターがいないなら仕方ないよな。後日改めてお祝いでもしよう。


「勇人氏、9日は大志郎にとって大事な日じゃ」

「・・それはそうだよな。誕生日だし」

「そうではない」

「・・・」


 大事な日?俺はマスターの事何も知らないや


「マスターってあまりプライベートの事話さないけど抄湖さんは何か知ってるの?」

「・・・」


 抄湖さんは何も言わない。というか目線は違う方向に向いている。ちょうど、公園にさしかかった時だ


「抄湖さん?」

「しっ!」


 俺達は息を潜めるように物陰に隠れる。


「何?どうしたの?」

「あれを見ろ」


 あれって?抄湖さんに言われた通り公園のベンチ付近を見ると向き合っている男女が


「・・・抄湖さん案外悪趣味だよね。覗き見とは・・・怖っ」

「違うわい!よく!見ろ」


 もう一回見てみると


「・・え?」


 女性は泣いていて優しく抱きしめる男性








「西野教授と吉田さん?」

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