第12話 小さな手と手——繋ぐ ③

 目に映るのは白い天井だ。瞬きをゆっくり開ける。ここはどこだ?俺はさっきまで・・ハッとして


抄湖しょうこさん!?・・っ!?」


 いきなり身体を起こしたら激痛が・・


勇人はやとくん!?よかった」

「マスター?」


 横で座っていたマスターが安堵している。というか、俺は・・


「ここは病院だよ」

「病院・・」


 確か俺は子供達を追いかけてる抄湖さんを助けて・・そういえば


「抄湖さんは?」

「大丈夫だよ。君が抄湖ちゃんを助けたから彼女は無事だよ」

「・・そうですか。よかった・・」

「はは、君の方が大変だったんだよ。気を失って大学院では大騒動だったけど、幸い軽い脳震盪でどこも異常はないって事だよ」


 マスターが事の経緯を教えてくれた。念の為二、三日は安静でいる事と医師に言われた事


「本当、驚いたよ。抄湖ちゃんが慌てて電話してきて彼女が取り乱してる事なかったからね」

「すみません・・ご迷惑をかけてしまって」

「いや、いいんだよ」


———ガラッ


 すると、扉が開き


「勇人氏!」


 悲壮感漂っている何とも言えない表情をした抄湖さんがやって来た。


「僕は先生呼んでくるね」


 マスターがそう言って治療室を出る。


「勇人氏・・申し訳なかった・・ごめんなさい」


 抄湖さんが頭を深々下げて謝罪をする。


「頭を上げてよ、大丈夫だから。抄湖さんは?怪我はない?」

「ワシは何ともない・・ワシの愚かさでもしかしたら子供達まで怪我させてしまったのではないかって」

「抄湖さん・・」


 唇を噛み締め俯く彼女。落ち込む抄湖さんを安心させたいと思った。


「なら、今度からは俺に言ってよ。一人で動くより複数で動く方がいいっしょ?」

「勇人氏・・お前は優しいのだな。」


 安堵したのか、抄湖さんの表情が少しだけ和らぐ。やっぱ、笑顔でいてくれる方がいい。


「そう言えば、あの子供達は大丈夫なの?」

「ああ、とりあえず保護者に連絡済みだ。後日謝罪をしたいと言っておったが」

「謝罪とかはいいのに・・とにかく無事でよかったよ」 


 抄湖さんは俺の顔を見ている。その表情にドキッとさせられる。


「助けてくれてありがとう」

「無事で良かったよ」


 その淡褐色の目が美しく目が離せない。お互い見つめ合ったまま。彼女の髪には俺があげたヘアクリップがついている。こうやって大切にしてくれるその気持ちが嬉しくてそして、少し愛おしくなった。思わず彼女の髪に触れようとしたら・・・



———タタタッタタタッ


———ガラッ!!


「勇人ちゃーーーーーん!!」


 突然大声上げてやってくる人物が現れる


小町こまちさん!?」

「頭、強く打ったんだって!!意識不明の重体って」

「あの・・」


 頭をペタペタ触る小町さん。


「あれ?生きてるじゃない?」

「何故、意識不明になってるんですか?」

「小町!!離れんかー」


 急に騒がしくなる。抄湖さんと小町さんが言い合いをしている。


「ここは病院ですよ!!静かにして下さい」


〝すみません〟看護師さんから叱られる二人

マスターが先生を呼んできてくれたようだ。


「はは、相変わらずだな」

「・・ですね」


 いつもの賑やかさに少しはホッとしている。この日常が俺の一部になる。


「うん、検査も異常なしだし、二、三日は自宅で安静にしといてね」

「はい、ありがとうございました」


 医者に言われ、その日帰ることを許可された帰りはマスターの車で自宅まで送ってもらう事になった。


「医者も驚いてたよ。受け身が良かったから大怪我しなかったって。だけど、無理だけはしないでね」


 運転をしながら、マスターは言葉をかける。


「ありがとうございます。それと、心配かけてしまってすみません」

「はは、気にしないで。無事で本当によかった」


 バックミラー越しにチラッと見るマスター。後ろの席では抄湖さんと小町さんが眠っていた


「ホッとしたんだろうね。抄湖ちゃん」

「本当、寝てる」


 俺が目を覚ますまで、離れなかったとマスターが言っていた。とても責任を感じてたらしい。


「彼女はどうしても誤解されやすい。いや、勝手にイメージをつけてしまう。本来は真っ直ぐで心優しい子なんだよ」


 本来の姿を見せれば、離れていく。他人のイメージだけで生きていくのは辛いものだ。マスターはそんな彼女に拠り所を作ってあげようとあの場所みせを提供したそうだ。何も干渉されず、ありのままでいるそんな場所を作ってあげた。


「けど、勇人くんがここに来てくれて抄湖ちゃんも楽しそうだよ。ありのままの姿を見せれるのは彼女にとっては嬉しかったんじゃないかな」


 マスターの話を聞きながら後ろで眠ってる抄湖さんを見て俺自身も嬉しく思う。


「人間は未完成のままだ。また、それがいい。何かを補いながら生きていくのも悪くないさ」


 横で運転するマスター。男の俺でもかっこいいと感じてしまう。未完成のまま・・マスターも完璧ではないという事か?


「マスターはどうして、今のお店を始めたんですか?」


 そう言えばあまり聞いた事なかったな。マスターのプライベートってどんな風なのかなんて


「僕?・・そうだな。人の言葉に耳を傾けたかったのかな・・」


 俺がきょとんとしていると、マスターは少し優しい笑みを浮かべて


「あの空間はそれぞれストーリーがあってね。僕が絡むわけではないけれど、その人達の人生が鮮明に映し出されるんだよ」


 コーヒーを淹れながら、あの空間を通ってくる人達の人生がどことなく語られるとマスターは話す。談笑しながらの人もいれば、人生別々に歩み出した人。新しい命が宿した人。それぞれ違う人生を生きているのにあの空間が一つの癒しとなる瞬間がある。それは自分の生きかたに似ている。それを知るためにいるのかも知れないと話すマスター。


「抄湖ちゃんが言葉でこだわるように僕もその空間をこだわっている。リラックス出来るように自分がここにいる事再認識出来るんだ」


 あまり、多くを語らないマスターだけど、少し寂しそうに笑みを浮かべる。


「さあ、着いたよ。しばらくは安静にして

抄湖ちゃん達は僕が送っていくから」

「はい!ありがとうございました」


 人の繋がり・・どんな状況でも一人ではない何かしらの繋がりがあってその形が鮮明に作り出されたらそれが信頼となる。それは幼い時から築ける事もある。その繋がりがある限り離れる事はない。


✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎


 そして俺は自宅で二、三日ゆっくり過ごしていた。マスターの店で焙煎されたコーヒーを淹れてのんびりする。


「やっぱ、お店で飲みたいよな」


 今はしばらく安静にしなきゃいけない。それに抄湖さんから渡された資料を見て課題に励まないとならない。

少しは外の空気くらいは吸ってもいいかな?

 

———ピンポーン


 インターホンが鳴る。誰だ?真壁まかべだろうか?


———ガチャ


「はい・・え?」


扉を開けるとそこには


「・・柚鈴ゆずさん」

「勇人、大丈夫?大学院の階段から落ちたって聞いたから」

「ああ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとうな」


 彼女は俺と同じ大学に通ってるし、あの騒ぎなら耳に入るだろう。


「ごめんね・・私達、別れてるのに家を訪ねてしまって・・」


 別れたとはいえお互い相手の事わかってるだけあって事故にあえば心配はするだろう。


「いや、軽い脳震盪で自宅で安静しとけば大丈夫って医者に言われたから大丈夫だよ」

「そっか・・」

「ありがとうな、ここまで来てくれて」

「勇人・・」


 柚鈴さんはホッとしている。


「勇人・・あのね」


✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎


「やはり・・様子を見に行った方が良いのだろうか?」

「勇人くんかい?」

「勇人氏は大丈夫だというのだがやはり、ワシを助けたから申し訳なく思っているのだ」

「はは、抄湖ちゃん本当に変わったね」

「何がだ!大志郎たいしろう

「他人の事なんて心配しなかったのに」

「ぐっ・・」

「大丈夫だよ、彼は・・ほら」


———カランコロン


「あ・・へへ来ちゃいました」


 安静とはいえ、やはりここで過ごすのが俺は落ち着くかもしれない


「何が来ちゃっただ・・でも、もう大丈夫なのか?あまり無理をするな」

「あはは、大丈夫だって」


 実は抄湖さんがとても気にしているとマスターからメールが来て、ここならみんないるから

休憩がてらに来たら?と言われお店に顔を出した。


「自宅でのんびりもいいですが、やっぱここが落ち着きますね」

「その様子だと体調もいいみたいだね。だけど無理は禁物だよ?今日はゆっくりしていって」

「はい、ありがとうございます」

「よかったね、抄湖ちゃん」

「大志郎!!」


〝さてと、コーヒーコーヒー〟


 マスターは楽しそうにカウンターに向かう。やっぱ、この空間が落ち着くよな


「大志郎め!覚えておけよ」


 いつもと変わらぬ日常が楽しくて嬉しくて堪らないな。


「あ、あの日抄湖さんを訪ねてた日、西野教授に会ったよ」

「西野教授に?そうか、一度会わせたいと思ってたのだ。彼が教える言葉はとても為になる。もうすぐ、彼は別の大学に移動になる事が決まっておるのじゃ」

「そうなんだ。なら、お会いして良かった」


 教授の研究が評価され、他の大学から学びたいと依頼が沢山ある。色々悩んだ末、遠くの関連大学に行くことになった。


「学びを教えるだけではなく、少しプライベートでも環境を変えていきたいと仰っておったが・・」


 この出来事と様々なものが深く関わっていくとはこの時は誰も思わなかった。


———カランコロン


「いらっしゃいませ」

「あの、すみません。こちらに高梨勇人さんが

おられると聞いたのですが?」

「俺ですけど・・あれ?」

「・・あなたは」


 俺に用があるといって入ってきた女性は大学の食堂で働いている吉田さんだった。

今日、ここに来たのは抄湖さんを安心させるのともう一つここで俺と会って話したいと電話があったそうだ。俺が病院に運ばれてた時、相手側から謝罪をしたいと言われたが後日で話すことにしたとマスターが教えてくれた。その会う場所はここの方が良いだろうと気を利かせてくれたのだ。

 

「あの、先日は大変ご迷惑をおかけしました。大学院でその・・怪我をされたとか。私の息子がとんでもない事してしまいました。本当に申し訳ございません」


 その女性が深々く頭を下げる。その横には小学生くらいの男の子が一人立っていた。


「あ、君は駅前にいた子だよね?」


こくんと頷く男の子。そっか、どこかで見たと思ったのはこれだったんだ。


「抄湖さんが着ぐるみでバイトしてた時、ほら

風船が飛んでいって・・」

「あの少年か!」


 吉田さんは自分の息子と知り合っていた事にとても驚いていた。


湊人みなときちんと謝りなさい」

「お兄ちゃん、お姉ちゃんごめんなさい」


 湊人くんは今にも泣きそうな顔でこちらを見つめる。よほど、ショックだったし怖かったんだろうな。すると、抄湖さんが湊人くんに近づいて


「怖いおもいさせてもうたな。すまなかった」


 そう言って優しく微笑む。その表情に湊人くんは安心したのか


「ボクが悪いの。ボクが・・ヒクッ・・蓮兄ちゃんも悪くないから」


 抑えていた感情が溢れ出て涙を流す。


「そうかそうか、誰も悪くないんじゃ」


 抄湖さんは優しく湊人くんを抱きめ

〝もう、大丈夫じゃ〟と背中をさする。


「湊人くん、こっちにおいで」


 マスターが声をかける。プリンアラモードを手に持っている。


「これは僕のプレゼントだよ。きちんと言葉にして謝ったね。えらいね」

「吉田さんもコーヒーどうですか?ここのコーヒーはとても美味しいんですよ」

「いえ・・申し訳ないです。ご迷惑かけてしまってるのに」

「謝る必要もないですよ。今回は我々も落ち度はあったんで、警備員に任せるべきでした。そしたら湊人くんも怖がらず済みましたし。ですからここはどうぞ、リラックスしてください」


 吉田さんはありがとうございますと少し安堵していて湊人くんも少し笑みを浮かべた


「さあ、召し上がって下さい。湊人くんどうぞ」

「ありがとう」


 湊人くんは目を輝かせてプリンアラモードを頬張る。一口一口食べる度に微笑む


「ありがとうございます。湊人の嬉しそうな顔

久しぶりに見ました」


 一人で湊人くんを育ててる吉田さん。生活の為、朝から夜まで働く日々を送っている。


「この子には父親がいないので寂しい思いをさせちゃって」


 シングルマザーとして頑張っている吉田さんだけどやはり二人の生活は裕福ではないと話す

それでも湊人くんがいてくれる事が吉田さんにとっては幸せだと言っていた。


「プリンアラモード・・ボクが食べたいプリンアラモードあるの」

「え?」


 湊人くんの言葉にみんな注目する


「それはどんなプリンアラモードなんじゃ?」

「中からプリンが出てくるの」


 中からプリンとは何か?吉田さんが言うには

昔、湊人くんのお祖母さんが連れっててくれたお店のプリンアラモードらしい。当時は吉田さんは一緒に食べてないのでどんなプリンアラモードなのかもわからない。そのお祖母さんも亡くなられていて情報がない状態。


 そのお店独自のプリンアラモードらしい。


「これら興味深いな」


 マスターが興味を示している。中に入ってるプリンアラモードか・・

 吉田さん達はお礼を言って帰っていった。


「プリンアラモードか・・食べたいのう」


 抄湖さん、物凄い顔だぞ。甘い物好きなら仕方ないけど。


「勇人氏・・ワシにもプリンアラモード作ってくれ・・っておい!?」


 抄湖さんが指をさし何か言っている。


「マスターが作ったプリンアラモード美味しい」

「ははは、よかった」

「よかったじゃないわ!また、抜け駆けしてなんという事なんじゃ」


 プリンアラモードを堪能していると抄湖さんはやいやい文句を言っている。無邪気で憎めないよな・・。


「聞いておるのか!ワシも・・」


———パク


 プリンは抄湖さんのお口の中へ。俺が食べさせてあげた。


「美味しいだろ?」

「・・うむ」


 段々とお顔が赤くなる抄湖さん。


「まだ、あるよ?ほら、あーん」


 抄湖さんはタジタジになり、俺が持っていたスプーンを奪い取り


「自分で食べるわい!」


 マスターは肩を揺らし笑う。一時はどうなるかと思ったが変わらぬ日常。そんな時間が好きだ。この時間が作れるのは信頼という絆があるからだろう。そして、このプリンアラモードがまた、新しい絆を作ろうとしていた。






 



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