第3話 アインシュペンナー

仁王立ちする美しい人


観音寺抄湖かんのんじしょうこだ!」


 あまりの衝撃に言葉を失う。イメージしていたのと違い過ぎて・・。

これは今年の夏一番の出来事だな。


——— カチャ


「おや?抄湖しょうこちゃん、どうかしたのかい?そんな所に立って」


 マスターが奥の作業室から戻ってくると

珍しいと言って微笑む。


大志郎たいしろう!こやつはなんなんだ?ワシの方をいつも見ておる!」


 俺の方を指し、叫んでいる。

はは・・まあ、確かにチラチラ見てたのは

間違いではないので反論出来ず。


「はい!ここに座って」

マスターが彼女を俺の横に座らす

なんなのだ!」


 彼女は不服そうにしていたが素直に従う。

マスターのこと信頼している証拠なんだな。


 俺と彼女はカウンターに座りマスターはコーヒーの準備を始める。本当に不思議だ。彼をまとう空気がこの空間さえ包み込む。

先程まで騒がしかった彼女も大人しくなり座っている。


 サイフォン式コーヒー、フラスコのお湯が沸騰したら一旦火元から外す。

ロートにコーヒーの粉を入れてフラスコにロートを差し込む。お湯がロートに上がったら

1分計る。その際竹べらで優しく攪拌かくはんしていく。1分経過したら火を消し、もう一度攪拌する。コーヒーが完全に落ち終わったら

温めておいたコーヒーカップに注ぐ。


 この光景はコーヒー好きには堪らない。ゆっくり時間をかけて作り上げるコーヒーはいいものだと感じれる。


「お待たせ」

「ありがとうございます」

店内に広がる香りは

「ストロングコーヒーですね」

「正解!よくわかったね」

「よく、飲んでましたから」


 ストロングコーヒーとは中深煎りあるいは深煎りで濃いめのコーヒーでブラジル産を指す

深みがあってコーヒー通には堪らないと思う。


「抄湖ちゃんにはこのストロングを使った

ウィンナーコーヒーだよ」

「苦くはないのか?」

「その為にクリームを甘めにしてるよ」

恐る恐る口をつける彼女

「・・美味しい」


 表情が和らぎいつもの彼女とはまた違う

窓側の席で見る彼女はとても大人っぽい

ゆっくりと本に目を遣る視線も美しい

長い睫毛が揺れる。


 このゆっくりと流れる時間がそうさせてるのか俺の生き方そのものなのか?

隣にいる彼女は少しあどけなく、可愛らしさという言葉が似合うようだ。


「ウィンナーコーヒーとはオーストリアの

ウィーンで生まれたのか?」

「ははは、ウィンナーコーヒーは存在しないよ

和製英語なんだよ」

「ナポリタンみたいなやつですね」

「おおーー!!」

「オーストリアではウィンナーコーヒーに似た

アインシュペンナーがあるんだ」


アインシュペンナー(一頭立ての馬車)


 これはグラスなどで提供される事が多い。エスプレッソとフォームドミルクなど


「なるほど・・由来や発祥、それぞれ意味があるんですね」

「それぞれの原産地にあったコーヒーを

提供する。原料の良さを見せたくてね」


 マスターがそう話す。知れば知るほど深みが増すのだろうな。


 そんな空間の中で穏やかに流れるJAZZ、会話が弾む空間はあるけれど、時折り何も語らない時間も俺にとっては心地が良い。


 そう言えば、彼女に失礼な事をしたよな。

いつも、ジロジロ見られてはいい気はしない。


「悪かったな」


 そう言うと彼女はこちらを見る。

やはり、その目はとても美しいんだよな。


淡褐色たんかっしょくの目をしているんだなって」


 彼女はその言葉を聞いて少し怪訝けげんそうにしている。

彼女が視線を落とし俺の言葉を待っている。


「昨日もバイトの帰り、偶然君を見かけたけどその姿に声をかけれなかった」

「どういう事だ?」

彼女の視線がまた、俺を捉える

「綺麗な目をしているんだよ」


 彼女は驚き、その目が大きく開く

マスターは優しい笑みを浮かべ俺達の方を

見ている。


「月明かりに照らされた君の目がまるで

地球みたいだなって思ってさ」

「・・・。」

「でも、まあそりゃそうだよな。ジロジロ見られたら気分は悪いさ」 


 彼女が不愉快になるのも無理はない。


「それに君に話しかけた男性もいたし、知り合いかも知れないって思ってたから」

「いつもの事だ」

「君が話しかけたら相手はいなくなるの?」

「そうだ」


 恐らく彼女のギャップがあり過ぎて戸惑いを

見せるのだろう。

彼女はどう思うのだろうか。


「気にはしてないぞ。」

「え?」

「気にする必要はないだろ?」

「声かけてきたのはそいつなのに君が

話をしたら逃げるって失礼ではないの?」

きっと嫌な思いをしているだろうと

思っていたが彼女から返ってきた言葉は

「これがワシだからな」

「・・・。」

「恥じる事もない選んだのはそやつ自身だ。いなくなったからとてワシが変わる必要はない」

俺はその言葉の意味を考えようしてたのかも知れない。

「だってそうじゃろ?そやつがワシと話をしたいと思わなければ、意味がないだろ?

ワシはいつもそこにいるんだからな」


 どんな事でも変わらぬ場所がある。

彼女は何一つ変わってない変わる必要はない

その壁を作るのはいつも相手なんだろう


「お前が証明しているではないか?」

「え?」

「出会った時のワシと今のワシとでは

印象違うだろ?」

「・・まあ」

「でも、ここにいる。それはお前の意志で

ワシと話をしている。ワシは何もしていない」


——何を考えているのかわからない


 ああ、そうだ。普段と変わらぬ変わる必要がないと思ってたのにその言葉が突き刺さった


「はは・・そうだな。」

彼女の言葉に安堵した


 その言葉は自分自身に問うもの。

彼女・・抄湖しょうこさんが変わったのではない。俺自身が変わりかけていたんだ。

窓側で本を読む抄湖さんも

俺の隣で話をしている抄湖さんも

同じなのだから。

なら、変わらぬ関係ばしょから

変わるとしたらただ一つだよな。


「抄湖さん」

「何だ?」

「俺の名前は高梨勇人たかなしはやとです

これからもよろしく」

この変化は上書きではなく追加していくもの


「マスターごちそうさま!」

抄湖さんは不思議そうに俺を見ていた。

「お互いやっと知れたって感じだね」

マスターが微笑む

「今まで目の色の事で色々言われる事はあったが、・・・。」

そう、沢山の言葉を言われたのだ。

「目の色が綺麗だと言われたのは初めてだ」











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