第43話 ファンレター

「さて、そろそろ執筆にとりかかるかな」


ソファーに座って、膝の上でノートパソコンを開いた。と、ほぼ同時にスマートフォンの新着情報通知が鳴った。


「スカイプか」


編集者のS氏からだった。


『編集部にファンレターが届きましたのでメールを転送いたしました。確認後、”必ず”ご連絡ください』


初めてのことだった。自分の書いた小説を呼んで手紙を送ってきた人間はいままでいなかった。ネットに掲載されている作品だから感想欄にはたくさんコメントが届くが封書は初めてだ。


インターネットには様々なレビューサイトや本の感想を投稿できるサービスがあるので、そういうところでは自分の本の反応を知ることが出来た。賞賛も貶しもあったが、確かに買って読んでくれている人はいるのだなあと感心したぐらいだ。


日本語をまったく話せなかった異世界人は、6年でここまで日本語を自由に操るようになった。


来たばかりの数年間は言葉で苦労したものだ。 ファンタジー小説の中のように翻訳魔法なんて無かったのである。 異世界転生もので言語で苦労している主人公なんて見たことがない。いま流行りの オンラインゲームの中に閉じ込められたという類のデスゲームならまだしも(?)、翻訳魔法が無いと異世界召喚系冒険譚は話が進まない。 召喚ではなく、転生なら赤ん坊時代からやり直すので、言語も自然と現地の子どもと同じように覚えていくことができる。


児童文学だと 最初から言葉の壁がないというケースも多い。古典の多くは英米文学だから、 主人公が現実(ここ)ではない、別(どこか)の世界に紛れ込んでも現地人は英語をしゃべってくれるのである。これはエスノセントリズムなのかもしれないが、物語の主題がそこには無いから最初から問題にしないのかもしれない。


時々思うのだが、ファンタジー世界に日本人とアメリカ人と中国人が召喚された場合、言語が問題にならない物語の場合は、彼らはいったい何語で話しているのだろう。


答え:どうでもいい。


読者にとってはどうでもいいことのようだ。


自分の経験を基にして書いたので、かなりのページ数をそこに費やした。そこが珍しいと言われる。


物書きとしては日本一、語彙の乏しい小説家かもしれない。それでもなんとかなっているのは、ひらがなの多い文章でも編集者と校正家が適切な漢字に直してくれたからだ。


文章力よりも、作品世界の作り込みが評価されてのことだった。彼の描く世界観は他の作品に比べると地味だったかもしれない オークやゴブリンと彼自身が出会ったことが無い。実在はしている。彼が出会ったのは魔族と猛獣が多かった。


そう、彼は今までの自分の経験をそのまま書いていたのだった。日本語の勉強のための作文であり、故郷のことを思い出すために書きだした


大学に入ってすぐの頃、小説を書く授業があったので課題として書いたものを提出したら、担当講師から後日声をかけられた。


「派手さは無いが生活感があって良いね」と言われた。


講師曰く、

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