第19話 問題発言

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「リエッタ、しゃがめ!」

「はい!」

 リエッタは頭を押さえながら身を低くする。

「魔砲発射」

 下水道内の空気が一気に収縮して、急膨張した空気が轟音となって轟いた。後ろを固めていた二人の騎士団員は瓦礫と共に下水道の漆黒の闇の向こうへと消えた。

「何て奴だ! 一体どんな魔法を使いやがった?」

「ここで戦ってもお互い時間の無駄だ。退けよ」

「な、なんだよ、コイツ! 化け物だ!」

 青竜騎士団は総崩れとなって互いに押し合いながら下水道の中を雲散する。

「ちょっと、待ちなさいよ! それでも男なの?」

 必死にとどめようとするキルファの檄も空しく、既に彼女だけがその場に取り残された。

「私だって!」

 キルファは剣を抜き放って構える。

「やるのか?」

 アファルが軽く掌を返して剣先で下水道の柱を擦った。軽く擦ったはずだった柱はしかしながら、斧で叩き斬られたように折れて崩れ落ちる。

「ひぃ! アンタ、何なのよ! その剣」

 委縮したキルファは戦意を失って剣を手放した。

「キルファ、ここまで案内してくれたのは感謝する。だけど・・・・・・」

 アファルは剣を携えながらキルファに近づいた。キルファは壁の隅に身を寄せながらアファルから逃れようともがく。

「わ、私を殺す気?」

「安心しろ。殺さないさ。ただ、」

「や、やめて! そんな剣を人間が受けたら・・・・・・」

 アファルの剣がキルファの額にピタッと当たる。アファルの残光閃を知らないキルファにとっては、その一撃で彼女の頭蓋が両断されたと錯覚しただろう。恐怖のあまりキルファは気を失って壁にもたれた。

「報酬の半額は没収だ。悪く思うなよ」

「殺さないんですか?」

「剣を捨てた相手は斬らない。実力差を知ってもなお、襲ってこなければの話だが」

「キルファさん、まさか私達を騙していたなんて。結局、振出しに戻ってしまいましたね」

「そうとは限らない。この奥はヘイレル山脈に続いているようだ」

「本当ですか? 私達をおびき寄せる罠だったのに?」

「キルファの言葉を覚えているか? 俺達をヘイレル山脈で始末するつもりだったらしい。つまり、俺達をヘイレル山脈に連れて行くつもりはあったらしい」

「そういえば・・・・・・」

 その時、下水道の向こうから大勢の足音がした。青竜騎士団の増援がアファル達の始末の検分にやって来たのだろう。

「急ぐぞ」

 アファル達は下水道の中を進んだ。


「まさか貴方、最初から会社を裏切るつもりで?」

「俺はな、いい女と大金の為ならどこへでも乗り換えるんでね」

「とんだクソ野郎だな」

クライスの罵声にテルゼは顔をしかめた。煩いハエが視界に入って来たかのように、厄介そうな眼つきだった。

「何だ、収集士の小僧か?お前、クビにされたいのか?え?」

「クビ?俺はアンタなんかに雇われたわけじゃねえ。勘違いするな。収集士とエネレクス社は対等のはずだ」

「何様だよ?俺の考え一つでお前なんか二度とここに来れなくする事も出来るんだぞ」

「テルゼ、貴方には失望しました」

対峙しあう二人の前に、エスライアは決意を固めて間に割って入る。

「貴方を経営参謀から解任します」

「それはここから出てから、の話ですよね?」

「貴方、本気なの?」

いやらしく目を細めたテルゼは男達に目配せした。銃を持つ二人がそれぞれクライスとエスライアに銃を向ける。いつ引き金が引かれてもおかしくない重い瞬間がただ流れていた。その時、洞窟の奥底からまるで地響きのような鈍い音が伝わってくるのを感じた。

「何の音だ?」

《蟻の巣》に来た事のないテルゼ達にとってその驚きは相当なものだったのだろう。クライスでさえ、いまだにこの音を聞けば平常心でいられなくなるのだ。銃を向けていた男達はどこから聞こえて来るのかもわからないその地響きの音に怯えて浮足立っていた。

――今だ!

操縦席のクライスが《フルークライゼ》の前照射灯を絞り最小限の明るさで照射した。急に前から差し込む強い光によって男達は悲鳴を上げ、銃口の狙いは外れた。彼らの目が暗闇に順応していただけに目くらましは期待以上の効果を上げ、その隙にクライスは《フルークライゼ》を急上昇させた。しばらくして、下の方から銃声が聞こえる。しかし視界を奪われた彼らの放つ銃弾は《フルークライゼ》の機体をかすりもしなかった。部下の不手際を叱責するテルゼのの怒声により、銃声も鳴り止んだ。

「やりましたね!」

「まだだ」

岩にぶつからず、それでも出来るだけ早い速度で《フルークライゼ》は《蟻の巣》の出口を目指した。懸念した通り、大きなエンジン音が後方から徐々に近づいて来る。

「追いかけてきますよ!」

「向こうはエンジンの容量も大きいし、それに俺達の進んだ道を辿れば岩にぶつかる危険もないのさ!だから後ろは良いよな!」

テルゼ達の乗っているのは《フルークライゼ》より大きめの輸送機だろうか?白く光るライトの照明がどこか怪物を連想させる。それが《フルークライゼ》に近づこうとしたその時、後ろから火花の様な点状の光線が物凄い速さで彼らを抜いているのが見えた。

「機銃!?」

銃弾は上下左右に曲線を描いてぶれながら、《フルークライゼ》に着実に近づいて来る。《フルークライゼ》はそれから逃れる様に機体を大きく傾けて射程距離を離脱する。その時、翼に数回、火花が散って小石がぶつかる様な音が聞こえた。

「このままじゃ岩にぶつかるか、撃墜されるかだな。どっちみち奴らにとっては事故として都合よく片づけられるわけだ」

こんな時にライカがいてくれれば、地図の解読に手間取る事は無かったのだが。

「ごめんなさい、私が居たばかりに巻き込んでしまって」

「巻き込まれたわけじゃない!これは、俺達にも関係する問題だ!」

「でも、これからどうすれば」

「一つだけ、助かる方法がある」

クライスにはこの時、彼らの追撃を免れる一つの秘策が有った。だがそれは、彼ら自身も危険にさらす諸刃の剣だった。

「この奥は俺達が普段よく通っている《クナ》採掘の穴場なんだ。そこはもう、どこにどれくらいの岩が有るかまでを経験を通して頭の中に入れている。そこまで行って《フルークライゼ》の照射灯を全部消す」

つまり記憶を頼りに暗黒の洞窟を飛行するというのだ。上手く行けば《蟻の巣》に詳しくないテルゼ達を立ち往生させて捲けるかもしれない。しかし一方で、クライスの記憶に欠陥が有って岩の位置を間違えれば、こちらが墜落する可能性もあるのだ。

「構いません。このまま狙い撃ちにされるよりは。私は、あなたを信じます」

エスライアは重々しく頷いた。

「ありがとう、エスライア」

操縦桿を大きく傾けると、《フルークライゼ》は機体を大きく傾けてそれまで進んでいた経路を右にそれた。少し遅れてテルゼ達が同じ道に入った。

「やっぱりあいつ等も、この《蟻の巣》の入り組んだ迷路には馴れてないな」

漏斗の様に、少しずつ通路の幅と高さが狭まって来る。自分達が通れない小さな穴に入り込むつもりと見たのか、ここに来て機銃の火花がひとしきり激しくなった。

「もうすぐだ!」

見慣れた光景が見えて来たかと思ったその時だ。突然氷柱の様に垂れ下がった岩の塊が視界に飛び込んできた。想定外の障害物を、クライスは寸前の所でかわした。青い岩肌が流れる様に彼らの頭上を通り過ぎていく。テルゼ達はまさか、《フルークライゼ》が頭上の岩擦れ擦れに飛行していたとは夢にも思わなかっただろう。一回り大きい彼らの機体はその岩に上部を擦ったようだ。

「振り向くな!」


 グロワ家の契約剣奴は休息を必要としなかった。先にブレイド・ストラグルで対決したのは俺の方だったが、実際のところ相手を一振りで倒した彼女の方が疲労の色はむしろ少ない。俺の体力の回復を待つよりも、先に決戦に持ち込もうと画策するのは当然の戦略だった。

 逆に言えば、彼女はそれだけブレイド・ストラグルの戦いに慣れていることを仄めかしているのだ。圧倒的に少数派の女剣奴でブレイド・ストラグルに精通した者といえば誰だろうか。つかの間の休息の間に記憶を辿ってみても、俺にはそれらしい人物に心当たりがなかった。

 その彼女は今、俺の前で向かい合っている。顔の半面を隠した外套はまだ脱ぎ捨ててはいない。あの状態で戦い、返り血の一つも浴びていないのだ。これはもしかすると、俺が対戦してきた剣奴の中で最強の存在かもしれない。グロワ家が魔導士の筆頭であるならば、契約剣奴も猛者であっても不思議ではないのだ。

「やっとここまで来たね。ニレイ」

 外套の下の端麗な唇から放たれた少女らしい声。その声に俺は慄然として剣を抜くのも忘れてしまった。

「お、おい。お前・・・・・・」

 俺は驚きのあまり言葉が出なかった。その一方で彼女は外套の下から剣を抜き放った。見覚えのある使い込まれた剣が、俺が訊こうとした質問の答えとなった。

「その剣・・・・・・まさか、お前は」

「そうよ」

 グロワ家の契約剣奴はここで外套から素顔を晒した。ずっとそばで見つめ続けた赤髪が闘技場の風を受けて炎のように揺らめく。

「私がグロワ家の契約剣奴よ」

 そこには俺の遠い記憶にあった、剣奴時代のキラルの姿が当時のままに再現されていた。

「キラル・・・・・・」

 俺の胸の中からとてつもない衝動が込み上げてくる。

「どうしてお前なんだよ!! 何でお前がグロワ家で戦っているんだ!」

 喉まで出かかった言葉を勢いに任せて俺は口に出した。

「確かめたかったの。ニレイの本当の気持ちを」

 キラルは後ろめたそうに答えた。

「俺の気持ちだと?」

 キラルが何を言っているのか、全く理解できなかった。正確には、理解する気すら起こらなかった。俺は目の前の現実に愕然としつつも、頭のどこかでは冷静な計算を行っていたのだ。ティレサを救うためにはキラルを倒さなければならないということだ。

「ねえ、ニレイ。教えて。ティレサさんを救うためだったら、私を本気で倒せる?」

 キラルは俺の葛藤を見透かしたかのような質問をした。

「そんなこと・・・・・・何でお前は俺に選ばせるんだ?」

「こうでもしないと、ニレイは本当のこと、教えてくれないから。私ね、ずっと怖かったって言ったでしょ? あれはニレイが負けることだけが怖かったんじゃない。ニレイがいつか、他の誰かのために戦うことを決めたら、私が置いて行かれそうな気がしていた」

「だからって、お前がここにきてどうするんだよ! 相手がお前じゃなかったら、俺はこの戦いを勝ち残ってお前を迎えに来た! それを何で、お前は!」

「ニレイ君!!」

 ミエラの声俺をひとまず冷静にした。

「彼女がここに来たのは多分、アルバート=グロワの魔法だ! 彼の専門は人の感情を制御する魔法だ! きっと今の彼女は、魔法で強制的に負の感情を増幅されているはずだ!」

「そんなことが!?」

 俺はアルバート=グロワを睨みつけた。壇上席の上の彼はようやく事実に気付いた俺達をどこか面白がるように見下ろしていた。ティレサを束縛し、帝王杯の趨勢までも恣意的に決めた彼にしてみれば、これ以上相応しい魔法はないだろう。

「アルバート!!」

「怒鳴るのは止めてくれたまえ。私は彼女の感情の一面を際立たせたに過ぎないのだよ。つまり根本はといえば、彼女の感情に一片の翳りを生んだ君こそ批難されるべきではないのかね?」

「それはどうかな?」

 反対側の壇上席に立つミエラが立ち上がった。

「グロワ卿。キミの魔法は魔力を秘めた魔導器で相手の身体を傷つけないと効果を発揮しないはずだよ。つまりキミは彼女を襲って無理やり契約剣奴に仕立てたはずだ。そんなことはダブルクロスのルールから許されない」

「失敬な。彼女は自分から私の下に来たのだ」

「嘘を言うな! キラルがそんな事をするはずがない! 確かに俺は、アイツに我慢ばかりさせてきた! でもアイツは、自分の感情を犠牲にしてでも孤児院の皆を大事にする奴だ! お前の所に自分から行くってことは・・・・・・」

「だが、事実だ。では孤児院の連中に訊いてみればいい。彼女を倒せた、ならばな」

 アルバートは自信ありげに笑った。


 デバッガ・ストラグルの開催地は林立する高層ビルの間に構える、卵型のドーム施設で催される。『国立甲機試験場』という正式名称でその場所を呼ぶ者は少ない。その場所は『ストラグルリング』という呼び方が一般的である。敵国の監視衛星から逃れる為、内部の様子は外からは全く分からない。甲機反対派や国外のスパイを排除するべく堅牢な警備が施されたその場所に入ってみると、そこは野球ドームの様に高い天井と広々とした楕円形のフィールドが広がっており、政府要人や開発責任者が立ち会う観戦席がその周遊を囲っている。かつて競技場を改修工事した名残がそのまま残っているのである。

オペレータである拓人は観戦席ではなく、外部から隔絶されたオペレータルームで甲機を操縦する。これは甲機のオペレータに対して他の人間に不正な干渉を行わせない為である。人一人がやっと座れるだけの窮屈な部屋だが、パソコンが置かれる事も考えてエアコン設備は管理されており、居心地はさして悪くなかった。コンソールの操縦画面を起動すると、周囲の明かりは消えて部屋は薄暗くなる。耳には防護省の職員から支持を受ける為のヘッドフォンを装着していた。既に画面にはエクスフォールとアイアン・トムの対峙する光景が映し出されていた。

「エクスフォールオペレータ、準備はよろしいですか? どうぞ」

ヘッドフォンから主催者が淡々と呼びかける。

「コンソール起動、接続確認良好、準備完了です。 どうぞ」

アイアン・トムの風貌は一言でいえば木偶人形だった。ボディカラーはリジウム合金にメッキをして輝く銀色。頭部、関節、胴の身体のパーツのほとんどが円筒形状で、それら円筒が繋ぎ合わされて体を形作っている。その外見を喩えるならば、今は博物館の中でしか見る事のないブリキメッキのロボットのおもちゃだ。鎧の隙間が少ない外見は一見堅固な防御力を強調するが、エクス・ブレイドの前にはそもそもリジウム装甲は無力だ。動きを制限されるだけでかえって足枷となるだろう。手にするエクス・ブレイドは手から生える様に飛び出るドリル。恐らくそのエクス・ブレイドは突き攻撃にしか使えない。ぼろぼろとアイアン・トムの弱点を見つけるたび、拓人はこの勝負を楽観視した。

「四方八方から攻めて弱った所で止めを刺すか」

静かににキーボードに手を置いた。こんな勝負、一回戦よりも早く終わらせてしまおう。今の甲機部は内憂を色々と抱えている。この二回戦さえ終われば、次の対戦までに約一か月の猶予があるから、その間にもめ事を解決しなければならない。

「デバッガ・ストラグルを開始して下さい」

開始の合図と共にエクスフォールはストラグルリングの外周を疾走した。既にエクス・ブレイドは燐光を放つ励起状態にあり、いつでも攻撃は可能だった。アイアン・トムは頭だけを回転させながら敵の姿を追った。ところが首から下を向けようとしても、関節の可動領域の低さによるぎこちない動きでエクスフォールには到底及ばない。ストラグルリング内を疾走するエクスフォールをえっちらおっちら、胴を引きずりながら追い続ける。

「そこだ!」

螺旋を描きながら間合いを詰めるエクスフォールの長剣がアイアン・トムのドリルをやり過ごす。一枚の板から成る鎧は身を屈めることも腰を引くことも出来ない搦め手だ。全身を捩らせて敵の懐に潜り込んだエクス・ブレイドが食いつく手応えがあった。

「何だ?」

ところが意外な事態が起こった。リジウム合金でできているはずのアイアン・トムの胴体はエクス・ブレイドの刃に耐えたのだ。丸太を断ち切るイメージで大振りにエクス・ブレイドを叩きつけたエクスフォールの全身を、尋常ならぬ抵抗感が襲う。

「エクス・ブレイドで斬れない?」

胴に傷は与えられたのだが、斬り込みが浅かったのか内部まで貫通していないようだった。やがて胴を抜かれたままのアイアン・トムは何ともないのか、ドリルをエクスフォールめがけて突き出す。既にエクスフォールはアイアン・トムの攻撃半径内に踏み込んでいた。拓人は一旦後退せざるを得なかった。

「一体どういう事ですか! エクス・ブレイドはリジウム合金を分解するはずじゃなかったんですか?」

数々の甲機をいとも簡単に切り裂いたエクス・ブレイドがリジウム合金の装甲に負けたことに、甲機部の全員が動揺した。

「・・・・・・あれは、多重装甲よ」

夏樹が厳かに口を開いた。

「エクス・ブレイドはリジウム装甲を貫通するわ。でも、さすがにそれを何重にも重ねられたらある程度の耐久性が付く。そして敵が攻めあぐねている隙を狙って反撃する戦法よ」

アイアン・トムは深追いしない。エクスフォールが危険を冒して再び懐に飛び込んでくるのを待ち構えている。その後も拓人は何度か攻撃を試みたが、エクスフォールの攻撃はアイアン・トムのドリル型エクス・ブレイドに弾き返されるか、他重装甲に攻撃を流されるかのどちらかだ。アイアン・トムのオペレータは拓人の斬撃が必ず不発に終わって体勢を崩したところに、急所めがけて攻撃を集中する。

「遠距離攻撃さえできれば」

現実には不可能だ。リジウム合金を分解するにはエクス・ブレイドに高い電圧を供給し続けなければならない。たとえエクス・ブレイドを投擲しても、手を離れた途端に電圧の供給が止まればエクス・ブレイドの光は消えて何の威力も発揮しない。

「一か八かでやるしかないか」

拓人の脳裡にある作戦が閃いた。作戦というより、それは危険な賭けだった。

「山城君?」

突如アイアン・トムにまっしぐらに突き進むエクスフォールを見た夏樹は思わず驚きの声を漏らした。このまま突っ込んでも多重装甲を突き崩せるわけがない。しかし、ここでエクスフォールはエクス・ブレイドを投げ捨てた。

「あの黒い甲機、武器を捨てて一体どういうつもりだ?」

これにはアイアン・トムの開発者達も面食らったようだった。エクス・ブレイドを投げ出し、両腕を大きく振ったエクスフォールは更に加速し、そして足を大きく踏み出してストラグルリングの上を高々と飛翔した。

「馬鹿な! 体当たりしたって倒せるはずはないのだぞ」

すると宙を舞うエクスフォールの全身が精彩を放ち、それ自身が太陽の様にリング全体を照らした。全身のリジウム合金を励起させてエクス・ブレイドに変える最終兵器、エクス・ドライブを目の当たりにした全員がそのまばゆい光に瞼を閉じる。広大なリングの容積一杯が白い光に満たされた。

「これでどうだ!」

エクスフォールはアイアン・トムの頭上に急降下しながら、捨て身の覚悟で飛び膝蹴りを仕掛ける。アイアン・トムもドリルを下から突き上げて応戦する。双方の攻撃は完全に一直線上で衝突した。

雷のようなフラッシュが断続的に続いた後、太刀筋を押し切られたのはアイアン・トムだった。エクス・ドライブのまばゆい光がオペレータの判断を鈍らせたのだ。それと全身の重量と脚力で繰り出されたエクスフォールの蹴り技が力で優った。胸板に一撃を受けたアイアン・トムはリングの石畳を次々とつぶしながら滑稽に転がった。

「まだだわ。攻撃が命中したのは多重装甲の部分よ。本体は生きている。今のでエネルギーを消耗したエクスフォールは不利になるわ!」

アイアン・トムは手足をばたつかせていたが、やがて慎重に手足を動作させてずんぐりした体を今一度立て直そうとする。その頭はまだストラグルリングの天井に向けられており、オペレータの視界にエクスフォールの姿は映っていない。敵の死角に入ったその瞬間こそ、エクスフォールにとって絶好の攻撃機会だった。

「止めだ!」

態勢を保ったまま着地したエクスフォールは矢継ぎ早にエクス・ブレイドを拾い、身を起こすアイアン・トムに逆手で突き刺した。

「これで終わりだ!」

尚も抵抗するアイアン・トムもドリルをエクスフォールの足に押し込んだ。片膝立ちとなったエクスフォールの剣は胸板の装甲を徐々に突破していく。

「負けるか!」

エクスフォールは最後の力を振り絞って突き立てたエクス・ブレイドの上に全重量を掛けた。それが反対側にある背中の装甲板まで達し、抵抗感が抜けた。ストラグルリングにエクス・ブレイドで地面に鋲止めされたアイアン・トムはやっと沈黙した。

「デバッガ・ストラグル終了。勝者エクスフォール」

この接戦を見ていなかったのか、あるいは見ても興奮しなかったのか、ヘッドフォンの声は落ち着いていた。

「勝った」

額の汗をぬぐった拓人はヘッドフォンを外し、部屋の中で鼓動が落ち着くのを待った。

「今日は随分会危なかったけど、とりあえず凌いだわね」

ストラグルリングの入り口には大理石の階段が巍然と構えている。そこは甲機部員と拓人との反省会も兼ねた合流場所となっていた。無駄に高い天井にはモダンな芸術作品の壁画が立て掛けられ、兵器の試験場とは思えない洒落た内装だった。

「アイアン・トムの奇想天外な設計思想には私も脱帽したわ。これからはああいう敵も想定した機能の追加が必要ね。せめて、エクスフォールにもう少しパワーが有ればもっと早くに決着がついたかもしれないわ」

「何ですか! アタシの設計不良だって言いたいんですか!」

夏樹が振り向くと佑子が身構えて夏樹に鋭い目つきを向けていた。

「率直な感想を述べたまでよ。自覚しているのなら、今自分がどこに立っているのかを自覚して真面目に仕事をして」

「佑子ちゃん、落ち着いて。パワーと機動力はトレードオフの関係よ。それは部長だってわかっているし」

「氷室先輩は黙っていてください! 大体何で先輩は、いつもアタシばっかりが遊び気分だと思っているんですか? アタシだって生死にかかわるくらい本気なんですよ。この前だって、氷室先輩の遅刻に何も言わなかったし」

「ごめんなさい、あれは」

「アタシは、バイトと掛け持ちの先輩よりも一段低く見られることが納得いきません。結局、氷室先輩は小遣い稼ぎのつもりで甲機部に参加しているのではないですか?」

佑子から厳しい指摘がなされた時、俄かに立ち上がった梓が佑子の頬を平手打ちにした。

「氷室先輩?」

思わぬ反撃に佑子は放心したように立ちすくむ。

「馬鹿なこと言わないでよ!」

突き刺さるような梓の声はストラグルリングを歩いていた全員の足を止めた。勝利したはずのチームがなぜ険悪な雰囲気なのかと首をかしげる者もいた。

「確かに私、デバッガ・ストラグルに勝ってお金が欲しいです。私の家は学校の合間のアルバイトではとても払えないような債務を抱えているんです。でも、私だって自分の仕事は真剣でした。機械を使っている時に手を切ったのも、精密な部品を徹夜で作ったのも真剣だったんだから!」

「真剣かぁ」

矢那の間延びした声が頓狂に聞こえた。

「小坂先輩? 今のどういう意味です?」

「ごめんなさいね。今の梓ちゃんの言葉を聞いたら私、ピンと来た事が有ってね」

矢那はポケットから取り出した携帯電話を甲機部の全員に見せた。

『是非とも、氷室さんのお力を弊社に貸して頂けないでしょうか?』

聞いた事もない男の声だ。

『少し、考える時間を頂けますか?』

次の声は紛れもない梓の声だった。

『揚力して頂ければ、お父さんの賠償金支払い請求の却下も検討させて頂きます』

『それは・・・・・・』

「何よ? 今の声」

佑子が気味悪そうに矢那の顔を見る。

「ごめんなさい。皆には今まで秘密にしていたけど、夏樹の指示で万が一にも甲機部の機密情報が漏れない為に皆の電話を記録していたの。これはデバッガ・ストラグルが開催される数日前の梓の会話記録よ。通信の相手もわかっている。このデバッガ・ストラグルにも参加する軍産複合型企業、サイバーエクス社よ」

「じゃあ、今のって」

「梓、説明して」

夏樹の慧眼が梓に向けられた。

「・・・・・・実は私、その企業から引き抜きの話を持ち掛けられました」

全員が動揺した。

「私の装甲設計の技術を欲しがる人達が居るんです。その話を受けるべきかどうか、正直検討しています」

「何それ、氷室先輩がスパイってことですか? そんな話を抱えながら、今まで私達と一緒に居たんですか?」

「別に、エクスフォールの弱点を教えていたわけではありません。それに、甲機部装甲担当としての仕事は完ぺきにこなしました。ただ・・・・・・」

「出て行って」

長考の後に放たれた夏樹の言葉は冷たく鋭かった。

「夏樹?」

矢那が後ろから顔色を窺う。

「引き抜きの話を少しでも受けようとする意志があるとわかった以上、甲機部に置くのは危険だわ。即刻退部してくれないかしら」

「部長!」

酷薄な夏樹の処断に佑子も声を上げた。

「ごめんなさい。甲機部の皆さん。それと、今までお世話になりました」

「氷室先輩!」

梓は涙目を隠す様に深々と頭を下げてストラグルリングの正門から飛び出した。

「出来れば知りたくなかったんだけどね」

矢那が後悔するように言った。

「何で? 氷室先輩。どうしてこんな事になるのよ」

勝利を収めたはずが、その日は甲機部にとって最悪の一日として記憶されるのだった。

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