第6話

「ゼキエル醤油取って」

「ん。 マチ子ソース取ってくれ」

「はい、お兄ちゃん」

「え、ゼキエル目玉焼きにソース派?」

「なんだ? 悪いのか?」

「いや、それもありだと思って」

「そうか」

「マチ子もお兄ちゃんと一緒でソース派」

「え、私だけ仲間はずれじゃん。 私もソースにしよう」

「マチ子目玉焼き美味しい」

「ありがとうお兄ちゃん」

「マチ子ちゃん、この春巻き美味しい」

「それ冷凍」

「「「……」」」

「──いや、いつまでうちにいるの!!」

 突然憂奏は立ち上がった。 その動作に食器が軽快な音を立てる。

 六畳一間の1Kボロアパート、マチ子が四畳程使用しているので、実質二畳の空間しかない狭い場所で僕達は朝食を食べていた。

 試行錯誤を繰り返し、机となる板をマチ子のあぐらの上に置き、その上にご飯を置くというアイデアを僕が思いついた。

 ただ、この狭い家だとマチ子が常に猫背になってしまい健康に悪い。 それに、天井がマチ子のおかっぱにそろそろ耐えられない。

 憂奏がクビになってから二週間ほどが経過していた。 その間に、マチ子も契約していた会社を辞め、フリーになっていた。

 ただ、人間と違うのは怪人はフリーになってから一カ月が経過すると、行政処分の対象となり、国から排除される。

 それまでに次の契約を締結しなければならない。 それはマチ子だけではなく、僕にも当てはまる話だ。

 時代が流れ、怪人は完全に国の所有物となっているようだ。 納得はいかない、しかし、むやみやたらに敵を作るよりかは大人しく従っていた方が得策という事もある。 今だけの話だが。

 現在は、マチ子の貯金を切り崩して生活している。 憂奏の貯金残高は期待していない通りの額で、小学生の方がまだ持っている。 

 怪人は所属事務所の寮で生活する為、金はあるが家はない。 怪人単体で家を契約する事はもちろんできない為、自動的にホームレスが余儀なくされる。

 故に行く当てのない僕達は致し方なく憂奏の家で居候していた。

「憂奏、ご飯中は静かに」

 マチ子に注意され、憂奏は、はい。 と大人しく座った。

 ただ、憂奏の言い分は一理ある。 いつまでもこんなちんけな所で生活できない。 いや、したくない。 何か手段を考えねば。

 そういえば、とマチ子は玄関まで手を伸ばし、チラシを一枚掴んだ。

「これ、仕事募集のチラシなんだけど」

 そのチラシには魔法少女討伐依頼の日雇い内容が書かれていた。

 憂奏はチラシを手に取り、数分間ずっとその内容を入念に確認した。

 いける……そう言って憂奏は震えだした。

 何がいけるんだ? とチラシを覗き込む。

 そこには、こう書いてあった。

 討伐者募集!! 未経験OK! 命知らずも募集中! 雷の魔法少女討伐依頼、討伐報酬五千万円。 詳細な情報は別途お伝えします。 集合場所、株式会社虹の橋二階多目的ホール。 集合時間、二月二日、十三時──

 二月二日……。

「今日か!」

「五千万……五千万……五千万あったら」

 憂奏は報酬の五千万に支配されたらしい。 

「マチ子、討伐者と派遣者って何か違いがあるのか?」

「厳密に言えば同じだけど、討伐者は所属する会社専門で魔法少女を討伐する。 だから討伐者。 反対に派遣者は自社で討伐は行わずに、他の企業に人員を派遣して、その人件費と手数料を貰いながら魔法少女を討伐する。 だから派遣者」

 なるほど、つまりマチ子が所属していた事務所のあいつらは討伐者だったのか。

「どうして、自分たちの会社で討伐しないんだ?」

 その問いに憂奏が答えた。

「責任を負いたくないんだよ。 討伐者が死亡した場合、その責任は所属する会社が負う。 でも、派遣者の場合、全て自己責任になって責任は会社に行かない。 あくまでも業務委託の関係だからね」

 人間は責任を負いたくない生き物だと記憶している。 討伐者と派遣者にはそんな違いがあったのか。 

「憂奏はどうして派遣者になった? 討伐者になればいいだろう?」

「いや、なろうと思ったよ。 思ったけど……」

「試験に落ちたのね」

「はい」

「試験? 討伐者になる為には何か試験を受けなきゃいけないのか?」

 この問いにはマチ子が答えてくれた。

「筆記試験と実技試験の両方に合格しないと討伐者にはなれない。 会社としても優秀な人材を雇いたいから、登竜門として用意してるみたい」

 つまり、憂奏のような報酬目当てのやつら全員の責任までは負えないという事か。 理にかなってるな。

「あーもう! こんな話はやめて、さっさと会場に行くよ! 五千万が私達を待ってるんだから!」

 朝食を終え、僕達は会場へと向かう事にした。


 虹の橋、多目的ホールに足を運んだ僕達は注目を浴びていた。 

 会場としては実に立派で五百人は優に収まる程の大きさで、集合時間五分前の時点で三百人程の人間が集まっていた。

 マチ子の肩に乗っていると全体を見渡すことが出来て快適だ。

「お、おい見ろよあれ」

「うお、まじかよ。 あの子二体の怪人と契約してるのか」

「片方はあのマチ子・バスターキングだぞ!」

「辞めたんじゃなかったのか?」

「でも、あの肩に乗っている怪人見た事ないぞ?」

「未確認の怪人か!?」

 人間は噂話が好きだな。 そう思いながら憂奏を見ると、とてつもなく自慢げな表情で歩いていた。

 こういう所は分かりやすいのに、未だにこいつの素性はほとんど分からない。 魔法少女自体には臆していない所からして、相当腕に自信があるのか。 はたまた、勘違い馬鹿なのか。 恐らく、後者だ。

「しかし、魔法少女たった一人を討伐するだけにこんなにも人間が集まるものなのか?」

「違うよお兄ちゃん。 実際、ここにいる全員が討伐者や派遣者じゃない。 スカウトもかねて視察に来てる企業も多いよ」

「なるほど。 強い人間を取り込みたいという事か。 疑問なんだが、ここにいるのは全員派遣者じゃないのか? 違う企業の依頼だから討伐者は参加しないだろ?」

 ふふふ~と憂奏は笑い出し、

「協働討伐依頼なんだよこれは! これはクライアントとの業務委託ではなく、共通認識での仕事。 同じ目標に向かって一緒に働きましょうねって言うやつ」

 と言った。

 その場合、報酬とかは山分けになるのか? いや、考えるのはやめよう。 利益だなんだは人間の考える事だ。 

 正面の舞台の上にマイクを持った背広の男が現れた。 横を刈り上げた短めの黒髪を七三で固め、整った口鬚と顎鬚が特徴的な男。

「え~皆さん。 時間になりましたので仕事の話を始めましょう。 まずは、自己紹介からッ──!!」

 男はこちらを見るなり、マイクがハウリングを起こす程の声を上げたかと思うと、空気を戻す様に咳払いをして話を続けた。

「え、えっと。 じ、自己紹介から、私の名前は小野寺正道と申します。 虹の橋の代表取締役を務めております。 こ、今回のご依頼なのですが、東京八王子にて確認された雷を操る魔法少女、名前は四十崎雷華あいさきらいかの討伐です。 彼女は自身の魔力を雷、電気エネルギーに変化させ、自由自在に操ります。 過去に自らの姿を電気へと変化させる魔法少女が確認された事から、彼女にも同様の能力があると判断して行動して下さい。 彼女によって殺された討伐者、派遣者、一般人はおよそ一万。 大量殺人鬼といっても過言ではありません。 それだけ、非常に危険な魔法少女だという事はご理解頂きたい。 報酬については討伐完了時点でとどめを刺した方に五割、残りの五割を生き残った参加者で分けるといった内容になっております。 現在、彼女は八王子のとあるゲームセンターにいるとの情報が入っております。 作戦開始時刻はこの後、十五時に決行、十四時時点で弊社の社員が一般人の避難を開始している為、街の被害は最小限と言いたいところですが、ある程度は許容範囲ですので。 こちらからは以上となります。 ご質問がある方は挙手をお願いいたします」

 はい、と憂奏が手を上げた。

「ど、どうぞ」

「彼女は何のゲームをしているのですか?」

「え……と、最近出た、集まれ深海魚の民、のぬいぐるみのクレーンゲームだそうです」

「あざっす」

 マチ子が小声で何でそんなこと聞いたの? と憂奏に質問した。 正直、僕も気になっていた。 全くと言っていい程意図が読めない質問。 この質問をした事で魔法少女について何が分かると言うのか。 

 すると、案の定憂奏はいや、何となく聞いてみただけ、と言った。

 やはり、こいつは脳みそが空っぽの馬鹿だ。

 はい、と手を上げた者がいた。 灰色の長い髪をポニーテールに結った少女。 年齢的には憂奏と同年代に見える。 淡いエメラルドグリーンの瞳が印象的な少女は凛とした口調で話し始めた。

「彼女の弱点はありますでしょうか? 行動パターンや仕草、身体的特徴などより詳細な情報を求めます」

「あ、はい。 彼女についての資料を皆様に配布致しますので少々お待ちください」

 ありがとうございます、と彼女は言って天井に向かって垂直に上げた右手を素早く下ろした。

 すると、周りの人間達がこそこそと彼女について話し始めた。

「おい、あいつまたいんのかよ」

「今回も彼女の独壇場だな」

 有名人なのか?

 耳を澄ませば、彼女についての噂がどんどんと入ってくる。 それらのほとんどが妬み嫉み、嫌悪にも似たものだった。

 名前は舞弓小刀禰まいゆみことね、個人事業主として活躍している討伐者らしい。 こういった大人数が集まる討伐依頼に参加してはそのほとんどを彼女が討伐し、報酬を持っていく為、同業者からは疎まれているらしい。

 相当の実力者だという事は話を聞く限り分かる。

 その容姿から狙っている男が多いという噂も。 人間は欲望に忠実な生き物だからな。 しかし、彼女はそのほとんどを断っている為、そういった部分でも同性や逆恨みで嫌われていらしい。

 何とも陳腐な話だ。 

 そんな事考えていると、舞弓がこちらを見ている事に気が付いた。

 その視線は、敵視とは別、強いて言えば期待の目に近い。 僕達に何かを求めているようなそんな視線だった。

 彼女はすぐに目を逸らし、配布された資料に目を通し始めた。

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掃滅の最終兵器 @23101912586

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