第32話 飛び入り参加

「あの、クロヴィス様……。リュシアン殿下がお見えですけれど……」


 クロヴィスんちの使用人さんが困惑した表情を浮かべているから、きっと前触れもなく突然王子が訪問して来たのだと思われる。


 王族が来訪したのなら、何があっても迎え入れる必要がある。追い返すなんてもっての外なのだ──たとえそれがめちゃくちゃ会いたくない相手でも。


「どうして殿下がこちらに……? 父上が話したのでしょうか……」


 シャルルが首を傾げている。

 もしかすると宰相がちらっと話題に出したのかもしれない。


 ……まあ、宰相も悪気があって情報を漏らしたわけじゃないよね、と思いたい。


「あ、ごめん。俺だわ。この前王宮で会った時にそんな話をしたような気がする」


 お前かーーーーーーーーっ!!! 


 犯人はクロヴィスだった。別に内緒にしていた訳じゃないけれど、そこは空気を読んで欲しかった……!


「やあ。突然お邪魔してすまないね。僕も混ぜてもらっていいかな?」


「ぶふぉっ?!」


 とりあえず落ち着こうと、私が紅茶を一口含んだところで王子が部屋に入って来た。


 てっきりまだ玄関で、みんなでお迎えすると思っていたのに、到着と同時に入って来たらしい。


「何だよリュシアン! 来るなんて一言も言ってなかったじゃねーか!」


「あの時は参加メンバーを知らなかったからね」


 リュシアンはクロヴィスにそう返事をすると、ちらっとこちらに視線を向けた。


 やーーめーーろーー!! こっちに意味深な視線を向けるなっ!!


「……っ、もしかしてミシュリーヌ嬢がいらっしゃるから……?」


 シャルルがリュシアンの視線に気づいてしまった。そこはスルーしていいのに!


「そうだよ。俺はミシュリーヌ嬢と仲良くなりたくて、恥を忍んでここに来たんだ」


「なっ……?!」


「えっ?! マジで?!」


「……これは意外」


「へぇっ! リュシアンがそんなこと言うなんて! 驚きだねっ!」


「まぁあ……!」


 まさかとは思っていたけれど、やはり王子は私に会うためにわざわざ馬車に乗って、招待されてもいないお茶会にやって来たという。

 それは王族としてあり得ない行動だけれど、逆に言えばそれだけ重要なことという意味で。


「お茶会を再開する前に、少しだけ時間をいただくよ。──ベアトリス嬢」


「は、はい?」


 王子はベアトリス様の近くまで来ると、手を胸に当てて頭を下げた。


「ベアトリス嬢の大切な薔薇を折ってしまい申し訳なかった。どうか許してほしい」


「っ!? リュシアン殿下……っ」


「「「「?!」」」」


 王子の突然の行動に、ここにいる全員が驚いた。


 ……っていうか、王子は私に会いに来ただけじゃなく、私と交わした約束を守り、その場面を見せるために、わざわざここまでやって来たのでは──なんて考えるのは、自惚れすぎだろうか。


 ……うん。自惚れすぎだわ。


 私との関係改善がそんなに重要だと思えないし、きっと有力貴族の子供が集まっているから、親睦を深めるために来たに違いない。うんうん。


「……わかりましたわ。謝罪を受け入れます」


 初めは戸惑っていたベアトリス様だけれど、すぐさま王子の謝罪を受け入れていた。さすがマイエンジェルは懐が広い。


「ベアトリス嬢、感謝する」


 王子は顔を上げ、嬉しそうに微笑んだ。原作でもビジュアルだけは良かったから、こうして直に見ると迫力がヤバい。

 それにベアトリス様と二人で並んでいる姿はめっちゃ絵になっている。


 これは……っ、尊すぎる……っ!! ……くっ、ここで泣いたらあかん……!!


 原作を再現するかのような光景に、思わず涙腺が決壊しそうになるのを何とか耐えた。

 相手がリュシアンでこれなのに、真のヒーローであるオーレリアンが登場したら、私は一体どうなってしまうのだろうか。


「何だかよくわかんねーけど、さっさと続きしよーぜ!」


 ホストであるクロヴィスが全員に向かって声を上げた。ホストらしくその場の空気を変えようと──思ってないな。興味なさそうだし退屈だったに違いない。


 使用人さんが追加の椅子を用意してくれた後、中断していたお茶会が再開する。




「…………(にこにこ)」


「…………(気まずい)」


 どうしてこうなったのか、王子は私のお向かいに座り、にこにこと機嫌が良さそうに私を見つめている。

 こっち見んなと言いたいけれど、お向かいだし前を見てるだけ、と言われたらそれまでだし……。


 ……とにかくめちゃくちゃ気まずいです。


「ミシュリーヌ! クッキーもらうぜ!」


「あ、はいどうぞ」


 クロヴィスがホーン・ラビットのクッキーに齧り付く。全く躊躇わないその潔さは見ていて気持ちいい。


「うめー!! やっぱミシュリーヌのクッキーはうめぇな!!」


「……うん。素材がバランスよく組み合わされている……おいしい」


「こんなに魔物が可愛くなるなんてっ! 魔物退治がやりにくくなるねっ!」


「さすがミシュリーヌ嬢のクッキーですね。見た目も可愛くてとても美味しいです」


 逆ハーカルテットが私のクッキーを手放しで喜んでくれる。

 こうして彼らの笑顔が拝めるのなら、いくらでもクッキーを捧げよう……と言う気になってしまうのだから、まさに魔性の美少年たちである。


(いやいや! なるべくコイツらとは距離を置かないと……!)


 良い子達だし目の保養になるから、一緒にいるのは正直楽しい。

 だけどこのままズルズルと関わっていると、原作のような展開を迎えるのではないか……なんて最近はよく考えてしまうのだ。


 父さまや母さまが生きているから、私が魔女に闇堕ちすることは無いと思っていた。

 けれど、もしかすると強制力や因果律のような、人間じゃ手に追えない力が存在したら、無理やり原作通りの展開を向えてしまうかもしれない。


「もしかして、このクッキーはミシュリーヌ嬢の手作りなのかな?」


 考え事をしている私の耳に、自分の名前が聞こえて来て我にかえる。


「えっ? あ、はい。そうですけど……。お口に合うかわかりませんが、よければお一つどうぞ」


 貴族の逆ハーカルテットとはともかく、王族に手作りのお菓子はどうなんだろう、と思いつつ、社交辞令で聞いてみる。


「有難う! ホーン・ラビットかな。とても可愛いクッキーだね。それにすごく凝ってる……うん、とても美味しいよ」


「え、あ、有難うございます……っ!」


 王子は躊躇うことなく、私のクッキーを食べた。そして花咲く笑顔で褒めてくれた。

 目の前の男の子があのリュシアンだと理解していても、その笑顔に見惚れてしまう。


 原作のリュシアンのベアトリス様に対する仕打ちに腹を立てていた私は、王子だけは絶許だと思っていたのに──今の王子はまるで別人だ。

 っていうか、洗脳魔法を掛けられていたから、ある意味彼も被害者なんだけど。


 クッキーを食べてひと段落した頃、私はエドゥアールがそわそわしていることに気がついた。


「エドゥアール様、どうかなさったのですか?」


 もしかしてお手洗いだろうか。

 こういう時、女の子なら「お花を摘みに」だけど、男の子の場合はどうなるのか。確か前世では「雉を撃ちに」だけど、この世界に雉はいるのか。もしかして「魔物を撃ちに」になるのか……。

 ちなみに前世で私の家族は「クマを狩りに」と言っていた。


「……ベアトリス嬢に渡したプレゼント、見てもいい?」


 エドゥアールが珍しくキラキラした瞳をして聞いて来た。お手洗いではなかったようです。


「ボクも見たいなっ!」


「あ! 俺も俺も!」


「僕もずっと気になっていたのです。お見せいただいても?」


 逆ハーカルテットもアクキーに興味津々だ。さっきは王子の登場で見るタイミングを逃していたもんね。


「えっと、ベアトリス様が良いのなら……?」


「わたくしは構いませんわ。うふふ、とても可愛らしいのですよ!」


 ベアトリス様はアクキーが入った箱の蓋を開け、みんなに見えるように置いてくれた。


「……無色透明……?! しかも軽い……?!」


 エドゥアールがベアトリス様に許可をもらい、そっとアクキーを持ち上げる。

 初めて見るであろう、謎素材に驚愕しているようだ。


「おおぉっ?! 何だコレっ?! 何で出来てんだっ?!」


「すごいねっ! キラキラして綺麗だねっ!」


「……これは一体……?! 僕も初めて見ました。どの様にして作ったのですか?」


 予想通り、逆ハーカルテットもアクキーを見て驚いている。そんなみんなの反応を見た私は心の中でほくそ笑む。


 そうそう、こういう未知のものに対するみんなの反応を見たかったのだ。


 みんなが驚愕する異世界文明の再現──それを自分がやり遂げたと思うと、とても気分が良い。ぐふふ。

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悪役令嬢にざまぁされるヒロインに転生したので断罪返しを回避したい!〜でもこのヒロインラスボスですよね?!〜 デコスケ @krukru

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