第23話 責任の重さ

 ベルジュロン家の屋敷から帰路についた私は、これからのことを考える。


 ベアトリス様や逆ハーカルテットたちは、私がとった行動に肯定的だったけれど、それは児童が勧善懲悪の特撮や戦隊モノに憧れるようなもので、大人たちから見ればとんでもないことだと批判されると思う。


 今更ではあるが、私が家族にとてつもない迷惑をかけてしまったのは間違いない。


 私一人が罰を受けるのであればいい。けれど、中身はともかく見た目は幼女の令嬢に与えられる罰なんてたかが知れていると思う。


 バカ王子をぶん殴った事に後悔はなかった。自分が極刑になったとしても、素直に受け入れる覚悟は出来ている。

 問題なのは、両親は言うに及ばず、祖父まで連帯責任を問われるかもしれない──私にとってはそれが、一番の懸念事項だった。


 バカ王子に手をあげるなら、ランベール家と縁を切ってからやれば良かったのだ。……まあ、今そんなことを言っても時すでに遅し、であるが。


(うーん、何とか父さまたちに迷惑をかけない方法はないものか……)


 王族に手をあげた私が何かしらの罰を受けるのは確定だろう。もし交渉出来る余地があるのなら、私の罪が父さまたちに及ばないようにしたい。


(えーっと、私が持っているものと言えば……異世界の知識……? でもなぁ……)


 中世ヨーロッパの生活様式の中に、現代日本の便利なところを詰め込んだこの世界に、私が提供出来る知識チートなんぞ持ち合わせていなかった。


 それでも生活家電の再現とか、まだ介入できる余地はあるかもしれないけれど。


 交渉材料を考えている内に、馬車はランベール家に到着する。

 結局良いアイデアが思いつかないまま、屋敷に戻って来てしまった。


 ──正直、父さまたちに会うのがとてつもなく怖い。何とか馬車から降りることは出来たけれど、足が固まって歩くことが出来ない。


(どうしよう……っ! 父さまとおじいちゃまに謝らないといけないのに……! 足が動かない……っ)


 馬車から降りても動かない私を、迎えに来てくれた執事さんや使用人さんたちが心配そうに見ている。


「ミシュリーヌ様、どうされたのですか?」


「あ! もしかしてベルジュロン家で何かあったのでは……っ」


「ベルジュロン家はランベール家にライバル意識を持っていますから、もしかして酷い扱いを受けたのではないでしょうか」


「な、なんてことを……! こんな愛らしいミシュリーヌ様に、とんでもないことです!」


 何か勘違いしだした執事さんたちに誤解だと伝えようとした私は、いつの間にか自分が泣いている事に気がついた。


「……ち、違います……! ベアトリス様はとても優しくしてくださいました……!」


 いつもと変わらない執事さんたちを見て、私を心配してくれるその優しさに触れ、無意識に泣いていたようだ。

 もしランベール家が取り潰しになってしまったら、私のせいでこの優しい人たちは職を失ってしまう──そう考えると、申し訳なくてさらに涙が溢れてくる。


「ああ、ミシュリーヌ様! お可哀想に!」


「こんなに泣いていらっしゃるのに、何もなかったなんて信じられません! これは強く抗議しなければ!」


 私は「違う」、と何度も伝えるけれど、それは逆効果だったらしく、何故かベルジュロン家を庇っている事になっていた。


「何を騒いでいるのですか?」


 執事さんや使用人さんたちの誤解を解けず困っていると、母さまが様子を見に来てくれた。


「母さま……! 母さま……!」


 私は辺り構わず母さまに抱きついた。


 母さまの姿を見て安心したのか、私は母さまに抱きついたまま号泣してしまう。


「あらあら。ミミどうしたの?」


 泣きじゃくる私を母さまは優しく抱きしめると、背中をぽんぽんと叩いてあやしてくれる。

 小さい頃から何度もされた行為に安心したのか、ようやく私の涙が止まってくれた。


 落ち着いた私に、母さまは「中でゆっくりお話を聞かせてくれる?」と言うと、優しく手を引いて私を自室へと連れて行ってくれた。


 まだ心の準備ができていなかったので、おじいちゃまの執務室に連れて行かれなくて正直助かった。


 母さまは私をベッドに座らせると自身も隣に座り、私が泣いている理由を尋ねて来た。


「じゃあ、ミミ。何かあったか説明してくれる?」


 私は覚悟を決めて、ことのあらましを説明した。


 ──横暴な王子に腹を立てて殴ってしまったこと、そして王子に頭を下げさせたこと……。


 母さまは私の話を遮ることなく、黙って最後まで聞いてくれた。

 そしてしばらく沈黙した後、静かに口を開いた。


「ミミは、ベルジュロン家のご令嬢が本当に好きなのね」


「……うん。ベアトリス様はとても優しくて可愛くて、憧れてるの……」


 憧れていると言ったものの、私の気持ちはそんなものじゃ表現できないと思う。どっちかというと崇拝に近い気もする。


「そうなのね。ミミにそんな素敵なお友達ができて、母さまはとても嬉しいわ。でも、流石に王子様を殴ったことはやりすぎね。力を使って相手を痛めつけなくても、話し合えるチャンスはあったんじゃないかしら」


「……うん」


「王子様の第一印象が悪すぎたのも原因でしょうね。でもミミは、どうして王子様がベルジュロン家においでになったか、どうしてバラを差し出したのか、一瞬でも考えたかしら?」


「それは……」


 あの時は思わずカッとなってしまったけれど、冷静になってみれば、王子がバラを差し出して来た時、嗜めることが出来たし、話を聞くことが出来たはずなのだ。

 ……今更だけど、王子には王子の言い分があったのかもしれない。


「母さまは子ども同士で喧嘩することがダメだと思わないわ。喧嘩から学べることもたくさんあるもの。実際ミミは、今回のことで気付いたことがあるでしょう?」


「……うん」


 確かに、殴った相手が近所の悪ガキだったら、反撃されて怪我をしていたかもしれない。それに私は自分の行動が周りの人に及ぼす影響を全く考えていなかった。

 平民だった前世とは違い、貴族の令嬢に転生したのだ。それは私の行動にそれ相応の責任と義務が伴うということだ。


「もうミミは二度と同じ失敗を繰り返さないって約束できる?」


「約束する……! もう絶対しない!!」


 私は確固たる意志を以って、母さまに断言する。本当にもう二度と同じ失敗はしないと誓いを込めて。


「……わかったわ。ミミから聞いた話は母さまから父さまに伝えるわね」


 私が真剣かどうか見極めていたのだろう、母さまは私の瞳をじっと見た後、「母さまはミミを信じているわ」と言ってくれた。


(もう王子の護衛から、今日のことは父さまには伝わっているんだろうな……)


 父さまは騎士団長の仕事をこなすため、朝早くから王宮に行っている。おじいちゃまも会議か何かで登城しているはずだ。

 もしかしたら今頃は二人とも、国王に呼び出されているかもしれない。


 この国は君主制だから、親バカな国王の心次第でランベール家は取り潰しになるだろう。今となっては法治国家の日本が懐かしい。


「……母さま、お家はどうなるの……? 父さまは、おじいちゃまは……?」


 ランベール家は代々騎士の家系だし、父さまは魔物の氾濫を鎮めた英雄だ。せめて降爵で済んでくれないかな、と願う。


「父さまに任せましょう。きっと父さまなら何とかしてくれるわ。ミミの父さまはとても頼りになるのよ」


 母さまはそう言うと、とても綺麗に微笑んだ。その微笑みに、母さまが本当に父さまのことを信頼していることが伝わって、心の底から父さまのことを愛しているのだとわかる。


 そんな母さまを見た私は、自分もこんな恋をしてみたい──と、本気で思う。


「じゃあ、親としてのお話はもうおしまい。これから母さまが言うことは、ただの独り言です」


「へ……?」


 母さまは話を切り替えるためか、手をぱちん、と叩くと、嬉しそうに話し出した。


「母さまはミミが友達のために怒ってあげられる子で本当に嬉しいの! 自分が傷ついていることに気づいてくれて、自分の代わりに怒ってくれる友達は、何よりも大切な宝物よ。ベルジュロン家のご令嬢もきっと、ミミの存在に救われたと思うわ!」


「母さま……っ」


「暴力を正当化しちゃいけないけど、母さまはミミを誇りに思うわ」


「……っ!」


 私は思わず母さまに抱きついた。

 母さまが私の軽率な行動を諌めつつも、良いところをちゃんと褒めてくれたことがとても嬉しかったのだ。


 ──私は改めて、もう二度と母さまたちを困らせるようなことはしない、と心に誓う。私を信じてくれている人を裏切るような真似は、絶対にしたくない。


 そうして、母さまとのお話が終わる頃には、不安に包まれていた私の心はだいぶ軽くなっていた。

 だけど心労以外に、お出かけで疲れていたというもあったのだろう、今の私はものすごい睡魔に襲われている。


「あらあら。ミミは疲れちゃったのね。父さまが帰ってきたら起こしてあげるから、それまで眠っておく?」


「うん……」


 母さまに促され、私はそのまま深い眠りについた。


 私が目覚めたのは朝で、ずいぶん長い間眠ってしまったようだった。


 だけど私が目覚めても、父さまとおじいちゃまは不在のままで──。


 結局、父さまたちはその日も、お屋敷に帰ってくることはなかったのだった。

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