第10話消えた小さな翼
「えっ!? 待って、どこ行ったの!?」
「まずい。どうしようっ」
「こんなに早く発現するなんて……」
頭を抱えて
「もしかして、瞬間移動?」
夫婦は揃って頷いた。瞬間移動はリリィの父ルキウスの得意技だ、遺伝していてもおかしくはない。しかし通常天使の子どもが勝手に能力を使う事はないのだ。大人に教わって、ごく短距離の移動から練習するはず。
「こんなに小さいうちから使えちゃうの!?」
「いえ、初めてよ。まだまだ先だと思ってたわ」
「僕の娘だからね。やっぱり才能あるんだよ」
そういうルキウスだが、その表情は全く喜んではいない。いつ消えるかわからない娘をどうやって安全に育てればいいのか、全く見当もつかないのだ。
「早く見つけなきゃ! でもどこ行ったのか全然わかんないし、どうしよう……何か事件にでも巻き込まれたら」
「落ち着きなさいよ。初めての瞬間移動だもの、そんなに遠くには行ってないはずだわ」
慌てるルキウスに対し、ローズはもう冷静だった。突然消えるのはルキウスで慣れている。確かに幼いので心配だが、落ち着いて素早く行動すれば、娘が見つかる可能性も高くなるのだ。
「手分けして探しましょう。ちょうどいいものがあるのよ」
ローズは先ほどシルバーに見せたように出入り口付近に向かい、扉の横を三回叩く。出てきた画面を何やら操作すると、部屋の中央に天国の詳細な地図が浮かび上がった。
「そんな事も出来るのね」
「凄いよローズ! 千年に一度しか開かない小人の村まで入ってる」
地図を確認したルキウスが興奮した様子で言った。一日に何度も瞬間移動を繰り返し、天国の端から地獄の下層まで自由に飛び回る彼は、誰も知らない小さな村まで把握している。そんな彼の様子を見て、ローズがくすりと笑った。
「当然でしょ。あなたの手帳が情報源なんだから」
「いつの間に……!」
「夫婦の合わせ技ね」
シルバーも興味津々で地図を見た。天国は広い。天使や死者たちの情報は彼女も把握しているが、精霊や小人など、天国に住み着いているそれ以外の種族については知らないことも多いのだ。特に小人はレアで、滅多に表に現れない。おそらく彼らに会った事がある天使はルキウスだけだろう。彼の社交術は変人と称されるレベルでずば抜けている。
「それでね。リリィが行った事があるのはこの辺と、この辺なのよ」
「まだ行ったことあるところしか行けないはずだからね」
全員で画面を覗き込み、心当たりを絞り込む。この城内と広い裏庭、ローズが発明品を作るために建てた工房とその付近のお散歩コース。少し遠くにあるお気に入りの花畑は、瞬間移動が得意なルキウスが行くだろう。自然と役割分担が決まった。
「じゃあたしは工房とお散歩コースね」
「ローズはルークもいるし、城内にいて。戻ってくるかもしれないし。僕は花畑見てくる」
「わかったわ。シルバー、悪いわね」
「全っ然!」
シルバーがそう答えた時には、既にルキウスは消えていた。おそらくもう花畑にいるのだろう。シルバーも急がなければと、執務室から最も近いバルコニーへ走った。城には正規の玄関もあるが、飛べるのにわざわざ歩いてそこを使う物好きは滅多に居ない。天使の建物の出入りはバルコニーからが圧倒的に多かった。
(急がなきゃ)
まだ自分の能力の事も何も知らない、小さな天使。目が覚めたら父も母もいなくて、心細くて泣いてしまうだろうか。早く見つかりますようにと祈りながら、シルバーは白い翼を広げて飛んだ。
(うーん、この辺にはいないわね。あとは川沿い……?)
ローズの工房は、見晴らしのいい高原に一軒だけでぽつりと建っている。シルバーはぐるりと辺りを見回すが、白い羽根の一本も見当たらなかった。次に少し遠くの木々の合間、特に川沿いの散歩道がリリィのお気に入りだと以前にルキウスから聞いたことがある。そこを隈無く見て回るが、やはりリリィは影も形も見当たらない。
(まだ小さいし、行ったことあるところはそんなに多くないはず……まさか何か事件に巻き込まれたんじゃ……)
シルバーの胸に不安がよぎる。思い出すのは数時間前に見た大量の血。噛み千切られ
「シルバー!」
「ルキウス! ミカエル様も!?」
「聞いたよ。リリィが瞬間移動で消えたんだって?」
暫く探し回っているうちに空は茜色に傾き、背の高い木々に光が遮られて辺りはますます薄暗くなっていった。暗闇に弱い天使の目ではこれ以上の捜索は無理かもしれないと弱音を吐きかけたところで、下流からルキウスとミカエルの声が聞こえてくる。
シルバーは急いで合流した。花畑の方にもリリィはいなかったらしい。話を聞いたミカエルも青い鳥探しを一時中断し、ルキウスと共にリリィの捜索に飛び回っていた。
「ルキウス。他に心当たりは無いのかい?」
「うーん、あとは……この先に空き家があるのですが」
ミカエルに尋ねられ、ルキウスは川の上流を指した。シルバーも何度か通りかかったところだ。確かに川沿いに小さな木造の小屋があったのを覚えている。
「リリィはあそこに入りたがっていて、この前も窓から熱心に中を覗いていました」
「じゃあ可能性はあるわね」
シルバーは白い翼を大きく動かし空き家へと急いだ。しかし明かりのない空き家は窓から覗いても真っ暗だ。
「何も見えないわね」
「光が必要かな?」
「ちょっと待って! 物音がするわ」
シルバーが窓の辺りに耳を当てると、コツコツと歩き回る靴音や、バサバサと小さな翼を忙しなく動かす音が微かに聞こえる。話し声はしないが、それがかえって不気味だ。
「(誰かいる。翼の音もするわ。小さい子ね)」
「(リリィが中にいるかもしれないね。こんな時間に空き家にいる子どもなんて、滅多にいないだろうし)」
「(でもたぶん誰かと一緒よ)」
「(まさか……誘拐!?)」
「(まさか。ここ天国よ? そんなわけ)」
「(いや、油断は禁物だよ。用心した方がいい)」
全員が顔を見合わせ、頷き合った。リーダー天使ふたりの子どもとして、リリィは天国ではかなりの注目を浴びている。彼女を知らない天使はいない。見つけたなら、すぐに城へと送り届けてもらえるはずだ。しかしそうしないということは、相手にも何か目的があるのかもしれない。
「(作戦を立てようか。強い光で
「(そしたら僕が瞬間移動でいきなり中に)」
「(それは危ないわよ。即死は治せないわよ)」
「(即死の可能性ある!?)」
「(だってわからないじゃないの。昼間の事件だってまさかだったんだし)」
凄惨な現場を直接見たばかりのシルバーの言葉に、ルキウスとミカエルは息を呑んだ。あんな事になってしまったら。しかし怯んではいられない。中に最愛の娘がいる可能性が高いルキウスにとって、一分一秒が惜しかった。
「(入ってみるよ)」
「(ちょっと待ってよルキウス。もうちょっと様子を……あら?)」
「(何? どうしたんだい?)」
再び壁に耳を当てたまま固まったシルバーに、二人が注目する。先程まで絶えず聞こえていた羽音が、全く聞こえなくなったのだ。
「(音が、聞こえない)」
「(! やっぱり行ってくる!)」
「(待ちなさい! 落ち着くんだルキウス)」
ミカエルが焦るルキウスを取り押さえたその時。ガチャリと入口の方から音がした。続いてキィと軋むような音とともに、ゆっくりとドアが内側から開く。
三人は息を呑み、リリィの無事を祈りながら身構えた。
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