第5話 痛みを隠さないで

 夜になった。俺とミュリエルは装備を整えてジャンク屋の店舗奥の駐車スペース、そこに停めてある中古の装甲車の陰に待機していた。


「ミュリエル。先に言っておく。この先、人を殺しても気に病むな。お前は他の道を選べない子供なんだからな」


「センセー…。でもわたし、あいつらに連れていかれたり、体売って生きていくよりあなたに拾われて多分ずっとましだった思うの。だから気にしないで」


 ミュリエルをギャングどもから助けた時点で、生き延びるには人を殺す他はない。この子には選択肢はなかった。俺が選んだ道に巻き込まれてしまった。だからせめてこの世界でまっとうに生きられるようにしてあげようと思う。


「さて来たな」


 ジャンク屋の前に三台の大型車が停まった。中から銃や剣を持ったギャングの男たちが出てくる。


「集金に来てやったぞこらぁ!ショバ代払えやぁ!!」


 ジャンク屋の店舗前でチンピラが叫んでいる。店主とその家族はすでに別の場所に逃がしておいた。だからここは戦場ではなく、すでに俺の狩り場だった。


「ミュリエル。俺が撃ったら続けて射てくれ」


「わかった」


 俺はサプレッサー付きのサブマシンガンの照準をイキって叫んでいる男の額に合わせる。


「さあ狩りの開始だ」


 俺は引き金を引いた。排莢された薬莢が地面に落ちてちりんと音を立てる。それと同時に撃たれた男は額から血を流して倒れて死んだ。


「エルフの本気みせてあげる!火の精霊よ!矢に宿り悪を討つ一撃となれ!」


 ミュリエルの指が引く矢に青白い火が宿る。そしてそれをギャングたちに向かって放った。火の宿った矢は近くを通っただけでギャングたちの体を一瞬で黒焦げの墨に変えた。そして車のエンジンに当たり爆発を引き起こした。


「うわぁ…おっかねぇ…」


 エルフと言えば弓矢。それはわかるけど、なんかすごくグロいです。だがそれのお陰でギャングたちは恐慌状態になった。それを見て俺たちはすぐに場所を移動する。恐慌状態になったギャングたちはさっきまで俺たちがいたところに向かって銃をぶっ放している。俺たちはすでにそこにはいないから意味のない攻撃だ。


「残念だけどそこにはもういないんですよぉごめんねー!」


 俺は陰に潜みながら走って壁を乗り越えて、ギャングたちの側面に出た。そしてサブマシンガンをフルオートにしてギャングたちを横から次々と撃ち殺していく。


「くそ!なんだおまえ?!快竜組の傭兵か?!」


「そんなのお前には関係ないね」


 俺はサブマシンガンのセレクターを安全状態にいれてから背中に回し、左手の逆手で刀を抜き、右手でハンドガンを抜く。


「このやろおおおおぉぉぉ!」


「死ねやおらぁ!」


 剣を持った男が二人、俺に迫ってくる。まずすぐ近くの男の剣を刀で受け止める。そしてそいつの太ももにハンドガンで弾をぶち込んで、もう一人の迫ってくる奴に向かって蹴っ飛ばす。もみくちゃになって重なった二人は地面に倒れた。俺はその二人の重なった胴に思い切り刀を突きさして地面に縫い付ける。


「ぎゃぁあ!」「ぐおぉおお!」


「下手に動くと死んじゃうからじっとしてろ」


 俺は刀から手を放し、ハンドガンを両手で顔の近くに構える。


「ミュリエル。牽制!」


「はい!!」


 ジャンク屋の店舗の屋上に潜んでいたミュリエルが車に向かって火の矢をぶち込む。それで生き残った残り少ないギャングたちが散り散りに位置がばらけた。あとは簡単だった。俺は一人ずつ確実に心臓と額に弾をぶち込んで殺していった。多勢に無勢で戦う時のコツは相手をどうにかして散り散りにしてしまえばいい。あとは各個撃破である。


「はぁ。疲れた。弱くても数がいると厄介だなほんと」


 ギャングで生き残ったのは俺が地面に刀で縫い付けた二人だけだ。俺は刀の柄を握って思い切りひねる。


「うぎゃああああああ!」


 声を出したのは一人だけだった。重なっていた二人のうち下敷きになっていた方はもう死んでいた。


「さて。フィマフェングだったけ?キミたちのチーム。本拠はどこだ?」


「そ、そんなことだれが喋るか…ぐあはああああ!!」


 口答えするから手に鉛玉をぶち込んでやった。


「お前どうせこのまま生き延びても、組織に責任問われて殺されるよ。だったら素直に居場所を吐いて、俺が組織を潰すのにかけた方が賢明じゃない?」


 そう言うとギャングの男は考えるそぶりを見せた。そして。


「北のスラム街にボスの根城がある。ミーミルって酒場兼売春宿の地下が組織のアジトになってる」


「はいよ。ご苦労さん。行っていいぞ」


 俺は刀を抜いてやり、ポーションとかいうこの世界の即効性の高い傷薬を渡してやる。男はポーションを受け取ってから走って逃げていった。


「すごいねぇセンセー。本物の戦士なんだね」


 俺は肩を竦める。あいにく戦士とか言う誇り高き存在ではない。ただの嫁に逃げられた中年のおっさんである。


「さて。店主との約束は果たした。キャンピングカーゲットだぁ!!いえーい!」


「いえーい!!」


 俺とミュリエルはピースサインしながら二人でクエスト達成を喜び合った。







 帰ってきた店主はギャング団の壊滅にとても感激していた。なので快くキャンピングカーを譲ってくれた。それだけでなく。


「そっちのお嬢ちゃんは弓使いなんだろうけど、これなんかお勧めするぞ」


 全長1mくらいはありそうなスナイパーライフルを店主はミュリエルに渡した。


「そいつはどっかの企業が造った試作品でなジャンクから俺が復活させたんだ。弾丸に魔力属性の付加をすることができる。残念ながら地球人に扱える奴はいなかったが、エルフのあんたなら使いこなせるかもしれん。持っていってくれ」


 またマニアックなアイテムをよこしてくるもんだ。まあミュリエルは興味津々だし喜んでいたので文句はない。


「じゃあまた何かあったら、依頼するかもしれない。その時はよろしく頼む」


「おう。じゃあまたな」


 俺は店主からキーを受け取って、ミュリエルと一緒にキャンピングカーに乗り込む。そしてエンジンを点火して走らせる。そしてジャンク屋を後にした。









 そして俺は高速道路に乗ってとある場所にやってきた。


「駐車場を奪っていくヒモとか前代未聞じゃないかしら?」


「いいじゃんべつにお前車使わないんだろう?だったら空きスペースは友好活用しなきゃ」


「ここがこれからわたしたちのおうちかー。タワマンに住んでるって自慢できるね!」


 地下の駐車場とはいえタワマンはタワマンである。俺たちはキャンピングカーを調月の住むタワマンの地下に停めることで拠点とすることにしたのである。調月のご厚意により家賃はただである。


「で北に拠点があるってわかったのね」


「そうだよ。明日には皆殺しにいくつもり」


「それなら北を〆てる顔役に先に挨拶はしておいた方がいいわよ」


「顔役?」


「そう。北のスラムは未開拓エリアに近い方にあるから、冒険者気質がとても高い街なの。そこは冒険者たちの民兵組織ミリシャが基本的にスラムを仕切ってるわ。ミリシャのトップは神経質な人よ。あんたが許可なく暴れると不機嫌になると思うわ。事前に話を通しておいた方がいいわ」


「もうファンタジーどこぉ!?迷子ぉ!」


「人間がいるところはいつだってリアルよ。ファンタジーなんて在り得ないわ」


 調月がドヤ顔で格言っぽいこと言ってるけど、やっぱり納得はいってない。まあとっとと組織潰して冒険にでなきゃな。




 調月は自分の部屋に帰っていった。そして俺とミュリエルはキャンピングカーの中で夕飯を食べていた。


「運転席の上のベットは俺、お前はこっちのリビングのソファーベットを使ってくれ」


「はーい。でも今日疲れたねぇ」


「おう。スゴクツカレタネー」


「どしたの?大丈夫?」


 ミュリエルは心配そうな顔で俺のことを覗き込んでくる。


「シンパイナイヨー。サア、モウオヤスミシヨウネー」


「?うん。わかった」


 そして俺たちはそれぞれベットに入る。すぐにミュリエルは寝息を立て始めた。俺はそれを確認して、そっとキャンピングカーの外に出る。


「はぁはぁ…痛い…すげぇ痛い…」


 鎮痛剤を飲み込んで、しゃがみこみ痛みに耐える。こんなの子供には見せられない。痛みが引くのを俺は必死に待つ。


「一人で耐えなくてもいいのに」


 その声で俺は顔を上げる。そこにはパジャマ姿の調月がいた。彼女は俺の隣にしゃがみこみ、背中を優しくさする。不思議だ。それだけで痛みが和らぐような気がした。


「ミュリエルの前で痛みを見せないのは配慮もあるけど、それだけじゃないんでしょ?こわい?」


 調月に隠し事は無理なようだ。


「ああ、すごく怖いよ。そんなことないってわかってる。だけど俺が痛がってるような情けない奴だって知られたら、アルシノエや光希のように俺を見捨てて出て行ってしまうんじゃないかって…」


「そう。それはこわいわね。でもあの子はそういう時でも傍にいてくれると思うわよ。まあそれでもだめならあたしのところに来なさい。いつでもなでなでしてあげるからね」


 俺の頭を優しく調月が撫でる。俺はそれで、情けないけど涙を流してしまった。この痛みがいずれ俺を殺す。その前に大切な人たちを痛みが奪った。だから怖い痛いのは怖い。


「痛いの痛いのとんでけーとんでけー」


 調月は俺に寄り添いながらそう唱える。子供だましのおまじないなのに俺にはその言葉が沁みて染みて仕方がなかった。それからしばらくして痛みはひいた。


「ありがとうな」


「どういたしまして、じゃおやすみ」


 俺はキャンピングカーの中に戻る。そしてベットに入った。


「センセー」


 ミュリエルの声が聞こえた。


「次はちゃんと痛いときは痛いって言ってね」


「…わかった。そうするよ」

 

 心配をかけてしまったようだ。大人なのに情けないと思う。だけどミュリエルのその心づかいはとても嬉しかったんだ。



***作者のひとり言***


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