第16話 欠陥作戦

「まずは、前線で戦うときに使う武器などを牛や馬に運ばせるのです。遠距離砲撃に使う魔性の大砲の道具や武器などを」


「待て、現地の食料はどうするのだ。それにあまりに遠すぎると牛や馬自体の食糧はだって用意しなければならん。それはどうするのだ」




 他の官僚たちから異論の声がこだまする。当然だ、彼らだってそれくらいの知識はある。ここまでは特に 牛や馬だって空気を食べているわけじゃない。草などの食料を食べている、


 彼らの食料だって運ばなければならないのだ。


 しかしホーネルカーは笑みの表情を崩さない。逆にその質問が来るのを待っていたかのように余裕を持って答え始めた。



「簡単です、牛や馬で武器や資材を運ばせたのでしょう? 運び終えた牛や馬を殺して食料にすればいいじゃないですか」


「牛や馬だって一緒です。彼らの食料を想像してみてください。彼らが食べているのは草ですよね。ジャングルならば草はそこらじゅうに生えているはず。それを食料にすればいいじゃないですか? そして、ジャングルの奥になって冒険者たちの食糧が欲しいとなったら物資を運んでいた動物たちを殺して食料にすればいいのです。完璧で無駄のない補給。どうでしょうか?」


 自信満々に放ったその言葉に周囲は互いに顔をキョロキョロ合わせ沈黙する。答えを知ってる私は別としてここにいる人たちはかなり面食らっているのがわかる。

 そして少し時間が経つと──。


「す、素晴らしい名案だ」

「すごいな、天才軍略家だよあんたは──」


「す、すごい──」


「て、天才だ!!」


 各貴族たちが、大喝采を上げる。

 その姿を見て私は、額を右手で抑えながら大きくため息をした。当然だ、こんな夢物語はこいつの頭の中だけしかかなわない。おまけに、現実を知ってる冒険者や兵士たちはここには呼ばれていない。


 こいつらコンラート家の貴族は、特権意識が強く国の決定に身分が低いものが加わるなどありえない。「冒険者や兵士は黙って俺たちの指示に従っていろ」と批判する始末。

 上の失敗は下の責任、下の手柄は上の手柄を公然と主張するような奴らだ。


 それから、カイセドに取り入ってそれなりに気に入られてる。コンラート家出身ということだけあって、メンデスとの交流もある。たしか現場の兵士として危険な突撃や軍事作戦を何度も成功させ、コンラート家の貴族たちから推薦され、この地位になったのだ。



「だ、大丈夫かな?? 牛って」


 まずは、こいつを何とかしないと──。


 絶対にやめさせる。答えを言っちゃうと、この作戦は大失敗する。


 根本的に、牛や馬が食べる草とジャングルに食べる草が違う。

 牛や馬たちはジャングルの草を拒絶した。弱ったところに雨季が訪れた。


 氾濫した川に動物たちが流され、戦闘面でもジャングルに隠れながらゲリラ戦を仕掛けてきた敵軍に長期戦を強いられる。



 結果、物資が欠乏。特に食料不足が深刻になり、餓死者が続出。


 飢えに苦しんで、倒れこんだ冒険者にハイエナが襲ってきたり、本当に地獄絵図といってもいい惨状だった。

 それだけじゃない。

 兵力を消耗しすぎて、その後大魔王軍との戦いで積極的な攻勢ができなくなり、何度も国土を荒らされることとなってしまった。


 こいつは──最後まで現場指揮官だった時の感覚が抜けなかった。精神論ばかりで戦術的な問題が発生しても「部下が根性なし」とか「だるんでる」とか失敗を部下に丸投げばかりして責任逃れした挙句に自分は後方で女遊びをしていたことが発覚。

 大臣になる際も裏金やわいろなどの黒いうわさが絶えなかった。


 周囲に取り入る能力以外何のとりえもないやつ。

「いやあ。ソナタを参謀にして本当に良かった。今まで我々が懸案していたジャングルでの物資の補給、兵站そのすべてを解決する画期的な名案。感服しました!! 素晴らしいですぞ」


「いえいえ、私など一人の参謀にすぎません」


 ガハハハハハハハ──。


「こやつの名案は素晴らしい、笑い声がとまらんわい」



 周囲からも、次々と称賛の言葉が湧いてくる。あきれてものも言えない私をよそに。

 隣にいたミシェウは──。


「なんか支持されてるよね」


 両手を頭の後ろに置き、のんきに言った。

 そして、私の腕にぎゅっと抱き着いてくる。おっぱいが当たってるって。


「ちょっと、こんな時に!」


「でもさ、周囲から周囲から支持されるってのはなんとなくわかるのよね。自信のある物言いで、面倒見もいいって聞くし」


「それはわかるわ」



 確かに、それは私にとって欠けているものだ。ここで衝突しても、軋轢ばかり生んで対立してしまうのが目に見えている。だから、どうすればいいか迷ってるんだけど。耳打ちして、ミシェウが話かけてくる。


「まあ、あんまりいい話じゃないってのはシャマシュの顔を見ればわかるわ。この場は私に任せて」


 そう言って、ミシェウはにこっと笑顔を作って手を挙げた。


「はいはい」


「なんだミシェウ、俺様の策の素晴らしさに歓喜したのか?」



「まあ、課題はあるけどみんなが賛同しているなら考えないわけにはいかないわ。この話は一応持ち帰っておく。これでどう?」


 ミシェウが無理やり笑顔を作ってこの場を収めた。

 ホーネルカーは笑顔で言葉を返す。


「まあ通ると思うがな。ここの貴族たちは頭が固いから説得に時間がかかるかもしれないが──すぐに説得させてやる。困ったら俺を呼ぶんだな」


「わかったわ。困ったらね」


 自信満々で、失敗するとは微塵も考えていないというのがわかる。とはいえ、穏便にかつこいつの策を肯定するわけでもなくことを収めたのは大きい。


 これから、こういうやつとも戦ってかなきゃいけないのよね。こういう時に、ミシェウの力は絶対に必要になる。


 うまくやっていかないと。

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