第39話 3Dプリンターは邪神の夢を見るか:三題噺#119「輪」「職人」「水面」

 技が機械でも再現できる。僕がその事を知る事が出来たのは、ヴォヤージュ666のお陰だった。けったいな名前のそれは、中古の3Dプリンターだった。訳アリ品と言う事で、通販サイトでは定価の五分の一で販売されていたのだ。


 訳アリと言っても、作成した造形物のデータが残っているという程度の物だった。それ以外の部分は全く問題なかった。

 いや……問題ないという表現は語弊がある。何せヴォヤージュ666(くどいから、今後はヴォヤージュと記す)の性能は、僕が今まで使っていた3Dプリンターとは比べ物にならなかったのだから。

 ヴォヤージュがその高いスペックの片鱗を見せたのは、ベンチマーク用の小舟のモデルを作らせた時だった。綺麗にモデル通りに作られていた事は言うまでもない。それどころか、積層の痕さえ目立たないほどに緻密に作られていたのだ。

 更に言えば、ヴォヤージュが出力した小舟のモデルには、不思議なリアリティが具わってすらいた。の上を、何処までも何処までも進んでいきそうな気配が、その小舟からは漂っていたのだ。

 これはデジタルの技術ではなく、職人技ではなかろうか。ヴォヤージュのヘッドがを描いて動くのを見ながら、僕はそんな事すら思ったのだ。


 そんな訳で、僕はヴォヤージュでの造形に没頭してしまった。DIYの一環でちょっとした小物を作ったり、そうではなくて純粋にモデリングされたデータを取り込んでオブジェを作ったりしたのだ。そうしてできた造形物の見事さに、僕は骨抜きにされていた。

 少ししてから解った事だったんだけど、実はヴォヤージュ666には、あの人工知能すら搭載されていた。職人技と見まがう見事さ、水面を奔る小舟の様な躍動感は、何と3Dプリンタ自身が学習した事による賜物だったのだ。

 取説などを読む事によって、僕はその事を知った。


 いずれにせよ、だ。僕のヴォヤージュが訳アリである理由、すなわち誰かが作成して記憶させた造形データを作ってみようと思ったのは、ある種の出来心だった。旧いデータがあるという事は、誰かが使ってみたものの、手放したという事だ。

 一体なぜ、ここまで見事な造形を行う3Dプリンターを、前の持ち主は手放したのだろうか。そんな風に僕は思ってしまったのだ。

 件の過去のデータが、複数のパーツを組み合わせる事を前提にしたものたちだったから、尚更好奇心を掻き立てられたのだ。

 過去のデータを作るにあたって、おかしな事が一点だけあった。プリンターにセットしている材料の色調に関わらず、出来上がった造形物が赤黒く変色しているという事だ。ヘッドの中で材料が焼け焦げたという事は考えられない。もしそうだったら、最初から造形など出来ないのだから。

 全部で八つあるモデルを全て作って組み合わせたら、一体何が出来るのだろうか。僕は生唾を飲み込んだ。好奇心と共に、恐怖心も湧き上がってくるのを感じてしまった。


 それでも僕は、赤黒い造形物(元々の材料はクリーム色だった)を七つばかり作っていった。単体では妙に尖った部分がある欠片の様なものだったが、組み立てたものもよく解らない形状だった。強いて言うならば、拳よりも二回りほど大きな塊、石ころの様な形状だった。宝石か何かを、でたらめに削ったかのようにも見えた。

 ヴォヤージュは稼働し続けていた。最後のひとかけらを作り上げるために。

 既に出来上がった造形物と、作られつつあるパーツとを交互に眺める。最後のひとかけらが出来た時、一体何が起こるのか。僕が胸に抱いていた思いは、いつの間にか好奇心から不安と恐怖に塗り替えられていた。

 そんな時、手にしていた塊の表面に、何かが蠢くのが見えた。特に研磨している訳でも無いのに、赤黒い造形物の表面は、時に鏡のように表面が映り込む事があった。

 蠢くモノを凝視した僕は……声を上げてその塊を放った。

 それからヴォヤージュの電源を切り、作りかけの造形物を毟り取って、他の造形物と共にゴミ袋に押し込んだ。こんなものを作ってはいけなかったのだ。造形物の表面に蠢いたモノを見た僕は、ただただそう思っていた。

 いや、それだけじゃあない。もうこの3Dプリンターも処分しよう。魔法が解けたかのように、僕はもう3Dプリンターに対して魅力を感じていなかった。むしろ忌々しいものが鎮座しているようにすら思えた。


 三つの赤い瞳を燃え上がらせた、黒塗りの冒涜的な人型。それが僕の見た物だったのだ。

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きまぐれ短編集 斑猫 @hanmyou

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