第37話 一か月遅れの夏祭り:三題噺#111「透明」「参考」「味」

「ねぇねぇ。ラス子って化けアライグマだからアメリカの出身なんでしょ。向こうでの夏祭りとかがどんな感じだったのか、教えてよ」


 カマイタチの少女にそんな事を言われ、ラス子は頭を掻いて目線を落とすしかなかった。


「確かにアタシは北米生まれだよ。だけどその時にはただのアライグマだったしまだ餓鬼だったから、夏祭りの事なんざ知らないよ」


 にならなくて悪かったな。にべもなく言い捨てたと思ったから、その一言を付け足した。相手はカマイタチだし、気に入らなければ文字通り斬り捨てられる恐れもあると思ったためだ。


「まぁだけど、九月に夏祭りをやるって言う判断も、良かったんじゃあないかとアタシは思うけどね。神主殿も英断を下したってやつさ」


 下町の中で少し寂れたこの神社では、今日明日とで「夏」祭りを行う事となっている。ラス子たちは今まさに、夏祭りの現場にいるのだ。客ではなく、屋台を運営する側としてだが。野良妖怪は根無し草ゆえに、稼ぎになりそうな事があれば顔を出して参加するのが常だった。

 ラス子たちが任された屋台は、玩具すくいというやつだ。水を張ったビニールプールの中には、フィギュアやらスーパーボールやらが揺らめきながら浮かんでいる。フィギュアの類が浮かんでいるのはいかにも間が抜けているが、なスーパーボールが水に揺られて浮かんでいるのは、何処となく幻想的だった。


「今年はとんでもなく暑かったもんね」

「そうさ。暑かったなんてものじゃあないさ。ま、アタシらはどうにか暑さをやり過ごす事が出来たけど」


 世間話を行う二人の間を、風が吹き抜けていった。ほんの少しだけ、涼しさを感じられるような気がした。太陽の高い昼日中は、八月と変わらぬ暑さを誇っているのだけれど。

 このままじゃあ、十月くらいまで夏になるかもしれないな。

 そんな事を思っていたラス子の傍らに、二人の若妖怪が駆け寄ってきた。フェネック妖狐のユーリカと、化けハクビシンのタマキだ。彼らは別の所に設営に駆り出されていた。しかし作業が終わったため、ラス子の許に戻ってきたのだろう。見ればその手には、ベビーカステラの入った袋やポテトフライのカップが握られていた。

 美しそうじゃないか。生唾を飲み込みながら、ラス子は問うた。


「おやおや、ユーリカにタマキじゃないか。何か良さそうなものを貰って来たみたいだけど、一体どうしたんだい?」

「設営を頑張ったからって事で、屋台の兄ちゃんがくれたんだよ」


 ポテトフライを突き付けながら、タマキは少しドヤ顔になりつつ言った。もちろん、ラス子やカマイタチの少女にも分けてやるという言質を引き出す事が出来た。引き出さずとも貰うつもりだったのだが、ラス子はタマキたちが自発的に言ってくれたのでホッとしていた。

 かくして、夏祭りの覚を楽しみつつも、ラス子たちは「屋台のお姉さん」として、遊びに来る純真無垢なキッズたちの接客に精を出した。


 実を言えば、夏祭りが終わるまでの道中で、ラス子を単なる美少女だと思ったチャラ男に絡まれるなどと言った椿事も発生したのだが、それはまた別の話である。

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