第32話 ひつじ喰らいの走る夜

「――計画は、頭の中に入っているな?」


 もちろんさ。ハンドルを握りつつ問いかけるマキリに対し、俺は頷いてみせた。マキリはちらとこちらを見やり、うっすらと頬に笑みを浮かべた――ように見えた。あるいはその微笑は、俺がマキリに対して投影したまぼろしのような物なのかもしれない。

 元より彼女は何処か謎めいたところのある少女だった。化けイタチの因子を持つ事と組織の中でも腕が立つ事は新入りの俺でも解ってはいる。しかしそもそも少女だと解ったのは、本当に数日前の事である。オレンジがかった髪をボブカットと言うにも短く切り揃え、男物の衣裳を身に着けていたのだから、初めのうちは少年かと思ってすらいた。だからこそ彼女と相部屋だった事に、特に疑問も違和感も抱かずにいられたのだ。今となっては、そうした誤解も意味なんて無いのだけれど。

 マキリとは既に同衾した間柄だ。少年のようななりをしているが、女としての色香を蓄えている事を俺は知っている。いや……少年のような姿であるからこそ、秘匿された女の気配が匂い立つと言った方が近いだろうか。

 全く、男装の麗人には興味なんぞ無かったというのに。


「やっぱり心ここにあらずって所だな」


 マキリがそう言って、低い声で笑っていた。元々からして声が低いのか、男のふりをしているせいで声が低くなったのか。俺にはどちらなのか解らない。

 むっとした俺は、マキリの横顔を見ながら言い返す。


「いや別に、俺はずっとマキリの事ばっか考えているよ。後はまぁ……今回の狩りはちと特殊だなって思っただけさ。俺らの狩りの対象は、てっきりヒトザルだけだと思っていたから。でも今回は、同族のヨウシンを狩らないといけないんだろ?」

「そう言うケースだってもちろんある」


 はっきりとした口調でマキリは言う。俺たちはヒトザルの――ニンゲンの姿に似てはいるが、ニンゲンではない。ニンゲンを狩り、ニンゲンを喰らう存在なのだ。曰くそうしないと生きていけないだとか何とかって話だけど、詳しい事は解らない。まだなってから日が浅いから。

 ニンゲンたちからは人喰いだの化け物だのとえらい表現をされるが、自分たちではヨウシンと名乗るのが常だった。妖神なのか陽神なのか、漢字で書いたらどういう表現なのかは解らないけれど。


「別に私たちは、同族だからと言って仲良しこよしって訳ではないんだ。いやむしろ、ヨウシンの方が、ヒトザルなんぞよりも同族同士での争いは烈しいかもしれないね。欲望のままに振舞える力と気質と言うのは、他の者と相争う烈しさとセットになっているような物でもあるんだから」


 マキリはそう言って、少し前かがみになっていた。運転に集中しているように見えるけれど、彼女の心の動きが見て取れるような気がした。


「どっちにしたって、俺は大丈夫だよ」


 車は粛々と夜の道を進んでいく。街灯が白く光る尾を引いているのを眺めながら、俺は呟いた。マキリとならば、獣道であろうと修羅の道だろうと進んでいく覚悟はある。言いはしなかったけれど、俺は心の中でそんな事を思っていた。

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