第31話 カップ焼きそばカタストロフ:三題噺#86「ベランダ」「最悪」「キャベツ」
今日は最悪な日だったのかもしれない。午後七時半に、夕食であるカップ焼きそばを作りながら、俺はそんな事を思ってしまった。
お湯を入れて麺をふやかし、時間が立てば湯切りして液体ソースを絡める。カップ焼きそばの作り方なんて、本当に簡単なものである。夕食を作る体力も近くのスーパーで惣菜を買う気力もなかった俺でも、あっという間に出来るじゃあないかと思っていた――麺の下に、かやくの入った小袋を見つけ出すまでは。
ああ畜生。何が楽しくて、かやくも何も入っていない、ソースだけトッピングされたカップ焼きそばを食べないとならないんだ。そう思って小袋を摘まみ上げてみたが、もう手遅れだ。袋の中にあるかやくは乾ききっていて、そのままトッピングして食べようという気概は湧かない。そもそも袋の外側がソースでベトベトだから、これ以上触りたくない。泣く泣く捨てた。
そこから俺は、今日起きた事を思い出していた。
突然雨混じりの雪が降って、ベランダに干していた洗濯物が軒並み駄目になった事。
大学の講義での課題提出日を忘れていて、気難しい教授に叱責を喰らった事。
友達と遊ぶ予定だったのが、「ごめんやっぱ彼女とのデートを優先するわ」とか言う世迷言でお流れになった事。
そしてこのカップ焼きそばの件がトドメである。
ああだけど、よくよく思い返してみたら、言うほど最悪ではないのかもしれない。あんまり良い事が起きた日ではないけれど。確か今日は仏滅だったのか? 仏滅だったわ。
仏滅だったら悪い事も続くよな。そんな事を思っていると、スマホが震えた。彼女のデートとやらで俺との約束をすっぽかした悪友からだった。
『もしもし。今日はすまんかったな。でもやっぱ彼女の事とかもあるからさ……お詫びと言っちゃあなんだけど、何かあったら言ってくれよ』
「俺さ、このままだと具なしでカップ焼きそばを食べちまいそうなんだ。でもそんなの回避したいから……何か良い案とか無いか?」
友達の、飄々とした物言いに怒鳴ってやろうかと思っていた。なのに実際には、味気ないカップ焼きそばを美味しくするにはどうすればいいかと尋ねていたのだ。やはり人間も食欲の前には無力と言う事なのかもしれない。
そして友達も、俺の唐突な問いに驚いたのだろう。受話器の向こうでうんうん唸るのが聞こえていた。
「そうだなぁ……キャベツとかポールソーセージとか用意すれば良いんじゃね? ほら、焼きそばって普通にキャベツ入ってるし。適当に刻んでレンチンすればいけるっしょ」
「ありがと。恩に着る」
俺はそこで通話を打ち切り、そのまま冷蔵庫に直行する。魚肉ソーセージとキャベツが冷蔵庫にはあった。ギョニソは一本そのまま切って、キャベツは刻んで少しだけ電子レンジでチンした。
それらをカップ焼きそばに添えて食べたのだが、存外美味しかった。キャベツは少し生の部分があったけれど、その分甘く、ソースの辛さを引き立てているようだった。
悪い事が起きても、案外捨てたもんじゃあ無いのかもな。傍から見れば貧相な食事かもしれないが、俺は確かにそう思っていたのだ。
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