第30話 ブレイクタイムの一こま:三題噺#85「再開」「チャイム」「ストーブ」
二月。大学の長い春休みを持て余した島崎政信は、叔父である源吾郎の仕事の手伝いに来ていた。手伝いと言うよりもある種の修行も伴っていたのだが、それはまた別の話である。
とはいえ、冬場であるから行う事はほぼほぼ決まっている。雪かきだ。
両親や叔父が若かった頃とは異なり、この地域も冬場は雪が良く降るようになったのだという。その分夏は恐ろしく暑く、人々や動物は地上で暮らす事を諦めてしまった。いずれにせよ温暖化の影響だというが、詳しい事は政信にも解らない。暑すぎるのも寒すぎるのもやだな、と思うだけだった。
その雪かきも一段落した。と言うよりも、休憩時間になったので、作業を中断しているだけなのだが。
「やぁ島崎君。君ってばやっぱり寒がりなんだね」
古式ゆかしい石油ストーブで暖を取る政信に声が掛けられる。声を掛けてきたのは、一見すると政信と大差ない年頃の女の子だった。長い髪を邪魔にならないようにまとめた彼女は氷室と言う。見た目だけは少しいろっぽい女の子と言った感じであるが、彼女はそれだけではない。雪女なのだ。
彼女はストーブと政信とを交互に見やっていたが、ついぞ何も言わなかった。しかしその手には、湯気の立つカップが当然のように収まっている。
「キツネは狩りの最中に雪に刺さると聞いていたから、寒さには強いと思っていたんだけど……」
「そういう事もあるでしょうけれど、僕は大分狐の血が薄まっているらしいんですよ。残念な事ですが」
「そんなに立派な尻尾が二本もあるのに、かい?」
興味深そうに氷室が視線を向ける先には、政信の尻尾があった。淡い黄金色の毛が生えた、狐の尾である。政信は、妖狐の血を引く半妖だった。父の先祖が高名な大妖狐だったのだ。もっとも、父は人間として暮らす事を選んでしまったのだが。
「尻尾が生えていても、身体の特徴の殆どは、人間に近いんですよ。まぁですが、妖力が増えればキツネの姿に変化する事も出来るそうです……ゴロー叔父さんとかたまにやってますよ」
「確かにそうだねぇ」
少しムキになった政信の言葉に、氷室はぼんやりとした口調で応じるだけだった。彼女は面倒見は良いのだが、何処か捉えどころのない妖物であるように、政信には感じられた。
「それにしても、氷室さんは何を飲んでいるんですか?」
「ああこれ? レモネードだけど」
「氷室さんも、暖かい物を飲まれるんですね」
政信が言うと、氷室はあっけにとられた様子で彼を凝視していた。しかしややあってから、顔をほころばせて笑った。
「そりゃあ、私だって暖かいレモネードとかを飲む時もあるさ。島崎君だって、さっきまで甘酒をストーブであっためていたじゃあないか。それと同じだよ」
「ああ、まぁ、そうですね」
雪女と言うのは暑さや熱い物が苦手だと思っていたからこそ聞いてみたのだが、明確な答えは得られなかった。
政信はしかし、その事を深く追求しようとは思わなかった。よく解らないが、氷室とこうしてはしゃぎ合うのが面白いと思い始めていたからだ。
休憩が終わるチャイムが鳴って、雪下ろしを再開するまで二人は談笑していた。何となくであるが、氷室の事が解ったような気がした。
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