第8話 街中の人形

「はぁっ!」

 ロビンは襲い来るマネキンにハンマーを叩きつけた。

 マネキンの体はそこまで強靱ではないらしい。ロビンの巨大なハンマーに打ち抜かれるとあえなく頭部は粉砕された。

 これも拝神の魔術、使い魔の人形なのか。動きはかなり遅い。しかし、のっぺらぼうのマネキンはひどく不気味だった。カタカタと音を立て、見るだけで伊口の恐怖をあおった。

 マネキンはこれといった規則を感じられない配置だ。戦術もクソもない。10数体ほどでただ取り囲んでロビンと伊口を襲っている。

 伊口は言われた通りにロビンの後についていく。ロビンは近くに伊口がいるのにまるで居ないかのように器用にハンマーを振り回す。前を横を、そして伊口をかわしながら後の人形を粉砕していく。見事なものだ。素人の伊口にも相当な技量であろうことがうかがえた。

「こいつらは俺を狙ってきたのか?」

「その通りです。この人形達はまさしくあなたを殺すべく現れたんです」

「マジか」

 拝神が伊口の命を狙っている。言われてもいまいち現実感がなかったが、こうして本当に襲撃してくるとそれが真実味を増した。

 当たり前だが命を狙われるなんか初めてだ。

 伊口には襲撃されてもまだ恐怖を感じるだけの実感さえなかった。

 とにかく必死にロビンについていくしかない。

「なかなかしつこいですね」

 あっというまに8体の人形をロビンは粉砕した。

 しかし、どうしたことか。数は全然減らなかった。

 物陰から次々に人形が現れてくるのだ。どこからともなくとはまさにこのことだった。倒しても倒しても数が減らない。

 一体一体はまるで弱かったが数が減らない。

 このままではいかにロビンと言えどじり貧だろう。

「『C』、人形達はどこから現れているんですか?」

『モニターする限りそこら中としか言えないね。通りの影とか、塀の裏とか』

「つまり、そこに人形を出現させる『箱』があるということですか」

 そう言いながらロビンはまた一体人形を叩き潰す。

 『箱』、確かに伊口を襲ったオオムカデの人形も拝神が出した木箱から出現した。この人形たちも同じなのか。

『でも数が多いよ。モニターしただけで20カ所ほどある。そこからランダムに出現してるね』

「下手すればまだ使っていない箱が置かれている可能性もある。ひとつずつ箱を潰すのは現実的ではありませんね」

『そうだね。おすすめは出来ないかな』

 つまりこの辺り一帯に人形を出現させる箱が隠されていて、そこからどんどん人形が湧き続けているのか。そして、その箱が全部でどれだけあるのかさえ分からないのだ。

 倒しても倒しても出てくる人形、その人形の出現元は無数で分からない。

 かなり追い詰められているように思えた。

「どうやら無理矢理突破するしかないようですね。『C』、マシンを出してください」

『了解』

 『C』がそう言うとロビンと伊口の横、その宙空に不思議な紋様が浮かび上がった。魔法円だ。テレビで魔術師のパフォーマーが魔術を使うときに書く紋様。伊口もそれくらいは知っていたが、こんなに大きなものが空中に浮かび上がるのを見るのは初めてだった。 そして、その魔法円の中からゆっくりと現れたのはバイクだった。

 見た目は普通の中型バイクだった。

 ロビンは近づいてきたマネキンの一体を吹き飛ばすとバイクにまたがりキーを回した。勢いよくエンジンがかかり音が轟く。

「さぁ、伊口さん乗ってください」

「2ケツは初めてなんだけど」

「問題ありません。このバイクには魔術的加工が施されています。乗ったものはそうそう振り落とされず、操縦もセミオートです」

「なるほど」

 バイクの免許なんかないし、2人乗りなんかしたことのない伊口には若干の恐怖があったが仕方ない。このままではじり貧で追い詰められるのだ。

 伊口はロビンの後に乗った。

 そして、後に付いている持ち手を握った。

「OKだ」

「はぁっ! 了解です」

 また近づいてきたマネキンをはね飛ばし、ロビンはアクセルを勢いよく回した。

 途端だった。

「ぎゃああぁああ!」

 思わず伊口は叫んだ。

 とんでもない速度でバイクが急発進したからだ。明らかに車の速度を越えている。高速の速度も超えている。

 伊口が今まで車の運転で出した最高速を遙かに上回っている。

 すさまじい速度で景色が吹っ飛んでいく。

 伊口は恐怖で強ばりながら必死に聞いた。

「何キロ出てるんだ!? 大丈夫なのかこれ!?」

「360kmです。問題ありません。障害物は自動で回避します」

 そう言った途端バイクが考えられない挙動で横にぶれた。一瞬しか見えなかったが、伊口には歩道をおばあさんが歩いていてそれを避けたような気がした。そして、これだけの動きなのにあまり伊口は振り落とされそうな感じがなかった。魔術で遠心力とか慣性が操作されているらしい。

 バイクはそのまま田舎の道を常軌を逸した速度で走り抜けていく。周囲の人にはどう見えているのか伊口には見当もつかない。

 だが、これで人形は突破できた。

 しかし、

「な.....拝神はここまでやるんですか」

 無表情で無感情に見えるロビンが明らかに動揺していた。なぜなら、突っ走るバイクの前方。道の角や屋根の上からさっきのマネキンや大きな蟲がバイクに襲いかかってきたからだ。

 拝神の人形だった。

「『C』、これはまさか」

『ああ、どうやらまさかだ。人形の反応が君たちの移動に合わせて増えてってる。そして、その他の場所からもどんどん出てきてる。これはどうやら街中に人形を展開してるぜ』

「バカな。伊口さん1人殺すためにこの街そのものを戦場にするんですか。拝神は」

『僕も信じがたいがどうやらそのようだね。近隣のエージェントや組織の構成員に応援要請を出すよ。君一人で対処出来る規模を越えちゃってるよ』

「お願いします」

 ロビンがそう言っている間にも次々に人形が進行方向に現れている。バイクはそれを真横にずれ、直角に曲がりかわしていく。

 そして、目的地のセーフハウスに向かう。

「本当にセーフハウスってやつは大丈夫なのか?」

 伊口の疑問だ。街がこれだけのことになって建物にこもるだけで対処出来るのか。

「セーフハウスには次元障壁が張られています。入りさえすれば大丈夫です。そのはずです」

 ロビンの声には迷いがあった。さすがにこの規模の状況を目の当たりにすると確信は出来ないらしい。

 そのロビンの視線が唐突に上に上がった。

「あれは.......!」

 ロビンが見ていたのは空だった。それは普通の空ではなかった。いつもの青空、その下に巨大なものが漂っていた。それはウツボ、魚のウツボだった。

 木製なような陶器なような質感のウツボ。大きく、そして長い。全長500mあろうかという、拝神の人形が空を漂っていた。

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