第6話 管理下統括制御機構
『管理下統括制御機構』、その一員だと名乗った女は場所を改めると言って伊口を連れて事件現場を後にした。
使われなくなった工場跡、そこが案内された先だった。
「ふむ。ここなら落ちついて話が出来そうです」
屋根が剥がれ、青空が見える。中にある工業機械はさび付いて、床からは割れたアスファルトの隙間から雑草が茂っていた。どう見ても廃屋と言って良いだろう。さっきの男が居た場所も廃屋だったし、ここも廃屋だった。こと廃屋に縁のある一日の伊口だった。
遠くではサイレンが鳴っている。恐らく先ほどの騒動の後始末に来ているのだろう。
「警察とかと話ししなくて良いのか?」
「構いませんよ。上が通しますから」
「上が?」
上が話を通すというのはつまり、あの事件に関してなんらかの話し合いを警察とこのロビンという女の属する組織が行うということらしい。
当事者が現場にいなくともということだろう。
しかし、そんなこと普通はありえない。
「なんなんだあんたは」
「『管理下統括制御機構』、エージェントNO.9、『雷鎚のロビン』です。改めてよろしくお願いします」
「いや、それはさっき聞いたけど。つまりあんたがなんなのかはまるで分からない」
伊口は『管理下統括制御機構』なんてものは聞いたことがなかった。
「端的に言うならば、秘密結社に属する工作員です」
「秘密結社? あんた大丈夫か?」
真顔でヒミツケッシャなんて単語を言う女が一気に怪しく感じられる伊口だった。だが、目の前の女がすさまじい戦闘能力で今し方伊口を助けたのは事実だった。
信憑性ゼロな話でもない。
「大丈夫ですし、真実です。表社会には秘匿されている組織ですけどね」
「あんたがさっき使ってたハンマー。あれは魔術で動いてるのか?」
「そうです」
「でも、魔術っていえば宴会芸とかパフォーマンスショーとかで使ったり、小難しいじいさんが研究してるだけのものだろ。あんなすごいこと出来るところなんて見たことない」
「そうですね。どうやらその辺をしっかり説明しておく必要がありそうです」
ロビンはこほん、と咳払いをひとつした。わざとらしいはずだが、このロビンがやるとなぜか嫌らしい感じはなかった。
「まず、魔術に関してあなたと私達には大きな認識の差があります。確かに一般的に出回っている魔術はもはや300年前までの規模はない。ショービジネスや研究のための学問としての側面しか持ち合わせていません。しかし、それはダウンサイジングされた魔術だけが現代に残されたからです。それは、300年前のあの時、世界から大規模な魔術はなくしてしまった」
「それは知ってるよ。ジリルとかいうおっさん魔術師が魔術を変えてしまったって。それが歴史の転換点だって」
歴史の教科書にも載っている話だ。300年前まで世界の中心だった魔術技術が1人の大魔術師によって一気に衰退したという話。『大消失』と呼ばれている。それによって規模の大きな大魔術は消滅し、大道芸人が見世物にするような小規模な魔術しか世界にはなくなってしまったのだ。
だから、現代では魔術は存在はみんな知っているがそれほど気を引くようなものではないのだ。
ライターの代わりに指先に火を灯せる程度の、ポンプの代わりにちょっとした水をくみ上げれる程度の、ほんの短い間少しだけ空を飛べる程度の、そんな「見世物としては面白い」程度のものでしかない。
あとは繁栄していた時代を題材にした漫画やゲームが作られるくらいか。
少なくとも、現代であんな風に馬鹿デカい雷をハンマーから噴出させることは出来ないはずだった。
「そうです。ジリル・アンダーソンによって魔術世界は一度終わりを迎えた。ですが、完全に終わったわけではなかったんですよ。守られたものがいくつもあった。消えなかったものがいくつもあった。まだ、世界には300年前の技術を行使するものが残っているんです」
「なんだって」
「それが表に対して裏の世界の話。未だ300年前の魔術を行使し、あるものは犯罪に走り、そして私達のようなものはそれを止めている。『管理下統括制御機構』はそうした裏の魔術世界を管理し、魔術犯罪を取り締まる組織です」
世の中にはまだ消えたはずの魔術達を使うものが居るという。そして、このロビンはそれを取り締まる組織の一員だと言う話らしかった。
ただ話を聞いただけなら眉唾の話としか言えない。
しかし、実際伊口は見てしまったのだ。
目の前で自分を追いかけてくる見たことも聞いたこともない人形の怪物を。それを巨大な雷で倒したロビンを。
少なくとも馬鹿馬鹿しいと言って終わりにすることは出来なかった。
「じゃあ、あの男はその300年前の魔術を使ってて、あんたはあいつを止めに来たってことか?」
「そういうことです。信じてもらえますか」
「いや、全部が全部はすぐに呑みこめない。でも、嘘っぱちだとも思えない。とりあえずある程度は信じるよ」
実際、ロビンは伊口の命の恩人なのだ。
「それで、あの男は俺を殺そうとしてるのか」
「ええ、あの拝神允敏はあなたを殺そうとしています」
「何ものなんだあいつは」
「やつは裏の世界の重犯罪者です。『人形』と呼ばれる失われた魔術を使い世界中で人を殺しています」
「目的はなんなんだ?」
「不明です。しかし、なにかを探しているということだけは確かです。やつは80年前からなにかを探し続けている」
「80年?」
80年と言えば人間が一人生まれて老人になる年数だ。伊口にはあの男、拝神の顔ははっきり思い出せない。しかし80を超える老人ではなかったように思えた。
「驚くのも無理はありません。やつは不老不死ですから。外見は80年前から変わっていない」
「不老不死? そんなものあり得るのか?」
「事実かどうかと言われると断言は出来ません。しかし、明らかに殺害した事例が3件あったのですが、やつはその場で蘇ったそうです。そして、外見もずっと変わらない。それらの要素から機構ではやつを不老不死と定義づけています」
「なんてこった」
不老不死。ゲームや漫画の中だけの話かと思っていたがまさか実在してるとは伊口は思ってもみなかった。
そして、
「それで、あいつは俺を殺そうとしてるのか」
「その通り。どうやらあなたが見たオルゴールというのはやつの核心に迫る重要なものだったようです。そしてやつはあなたを殺すことにした。そして今までやつに狙われた人間は例外なく殺害されています」
「そ、そんな.....」
なんでそんなことにと伊口は思った。今まで冴えないサラリーマンだったのに。体調を崩して休養してるだけの青年だったのに。急に殺すだのなんだの言われても理解が追いつかなかった。ロビンたちが大規模な魔術を振るっていることよりそちらの方がよほど理解出来なかった。
しかし、明らかに事実だった。さっきまで伊口は殺されかけていたのだから。
そして、拝神允敏はああいったことを伊口が死ぬまで続けるらしい。
それはつまり絶望だった。
「なんでなんだよ......」
思わず伊口は力なく地面にへたりこんでしまった。なんで突然自分がこんな目に遭わなくてはならないのかと。あまりにも絶望的だった。
命を狙われる。絶対に現代の日本で自分に起きるはずがないことだった。少なくとも今までは命を狙われるなんてこと考えたこともなかったのだ。
それがちょっと気まぐれに立ち寄った廃墟でオルゴールを見ただけで自分の身に起きてしまう。
厄日どころじゃない。少なくとも今までの人生で最悪の事態だった。会社で酷い目に遭うのも大概だったが、こっちもこっちで大概だった。
そんなうなだれる伊口にロビンはしゃがんで目線の高さを合わせ、肩に手を添えた。
「大丈夫です。あなたは必ず私が守ります。そして、そのオルゴールの秘密を解き、拝神允敏を捕縛する」
「出来るのか?」
「私は本来そのためにこの地に派遣されたのです。やつを倒すだけの戦闘能力は備えています。あなたを守ることも十分可能です」
「本当か」
実際事実なのかは分からなかったが、伊口にロビンはやけに頼もしく見えた。
どのみち、恐らく頼れるのはロビンだけだった。
このエージェントを名乗る銀髪の少女だけだったのだ。
伊口は弱弱しく立ち上がる。
ロビンも合わせて立ち上がった。
「すまない。頼む」
伊口は言った。
「お任せください。何があってもあなたの命だけは保証します」
ロビンは少しだけ微笑んで答えた。それはロビンが初めて見せた表情の変化だった。
なんかかわいいなと伊口は思った。
「あなたのお名前を聞いても良いですか?」
「あ、ああ。伊口。伊口葉仁だ。そういえばさっきはありがとう。本当に危ないところだった」
ここで伊口は命を救ってくれた感謝を重ねて口にした。
「礼には及びません。あれもエージェントとしての使命のひとつですから。では改めてよろしくお願いします伊口さん」
「ああ、よろしく頼む」
それを聞くとロビンはまた少しだけ微笑んだ。
そして、二人はこの廃れた工場を後にした。
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