第4話 女とハンマー
オオムカデは道の向こうの藪の中へと落ちていった。あれで倒せたのかどうかは分からないところだったが、とりあえず伊口は鼻先まで迫っていた死を回避出来たのは間違いなかった。
それはまさしく尻餅をついた体勢の伊口の目の前に立っている人物のおかげだった。
それは女だった。顔立ちは日本人っぽかったが、どことなく異国情緒を感じさせる。
髪はショートカットでプラチナブロンドというやつだろうか。ほぼ銀髪のようだった。
恐らくはハーフなのだろう。
服装はスーツ姿で、ドラマなんかで見るSPを連想させた。
そして、何より目を引くのはその手に握られたバカに仰々しい武器だった。
それはハンマーだった。しかし、土木業者が使うような木槌ではない。
金属の塊としか言えない、明らかに戦闘用の武器だった。
どういう金属なのか真っ黒な色をしており、その先の頭の部分には金色の装飾めいた部品が付いていた。
恐らく、魔術的な付加が施された武器だった。
大きなハンマーだった。
それを年若い、恐らく25才の伊口よりいくつか下の女が手に握っていたのだ。
「大丈夫ですか? どこか怪我でも?」
呆気に取られている伊口に女が言う。それでハッと伊口は我に返った。
「あ、ああ。大丈夫だ、ちょっと擦り傷と打ち身はある感じだけど全然動ける。助かった、ありがとう」
とりあえず命の恩人に礼を言う伊口。この女が助けてくれなければ間違いなく伊口はここに死体になって転がっていただろう。危機から救ってくれたのだ。
「礼には及びません。これも任務の一環ですので」
「任務? あんたは一体なんなんだ?」
「私ですか? 私は.....」
言いかけて女は視線を鋭く変えた。目を向けるのは今し方吹き飛ばしたオオムカデの居る藪。そこで、メキメキと雑木が引き倒されるが見えた。
「やはりこの程度では破壊出来ませんか」
そして、その藪の中から現れたのはやはりオオムカデだった。
頭に当たる部分が割れて欠けていたが、動作に影響はないようだった。この女がハンマーで頭をぶっ叩いてあのオオムカデをはね飛ばしたということなのだろう。
怪力と言うほかなかった。
オオムカデは藪からはい出し、女と伊口の姿を見るや再びその足を動かし二人に迫ってきた。
「う、うわ! また来る!」
「どうしてあなたはあの人形に狙われているんですか?」
「あっちの廃墟でオルゴールが鳴ってて、変な男が出てきて」
「ふむ、どうやらあなたには詳しく話を聞く必要がありそうです。しかし、それは後です」
そう言うと女はぶおんと音を鳴らしてハンマーを振り上げ、両手で構えた。
その視線は迫り来るオオムカデに合わせられている。
「今は人形を殲滅します」
そう言うと、女の方もオオムカデに向かって駆けだした。
オオムカデの方も女を外敵と見なしたのだろう。目標を伊口から女に切り替えたようだ。そうしてオオムカデと女は道路の真ん中で激突した。
「はぁっ!」
しかし、勝負は一方的だった。
女のハンマー、オオムカデはそれをかわそうと身をうねったが女はそれに合わせて軌道を変えた。オオムカデはそのまま振り下ろされたハンマーが胴に直撃し、大きく地面に叩きつけられる。地面は砕け、陥没した。
まだ、動けるオオムカデはすぐさま女を長い胴で取り囲むが、
「せいっ!」
女は振り下ろしたハンマーの柄の先で囲もうとするオオムカデの胴体を跳ね上げる。
そして、そのまま胴を浮かされ、体を制御出来なくなったオオムカデの頭をハンマーがクリーンヒットした。
伊口の目から見ても全力で振り抜かれたちと分かる強烈な一撃だった。
ハンマーが空気を引き裂き、伊口が聞いたことのない風鳴りが聞こえた。
オオムカデはそのまま何度も地面を跳ねながら道路の脇にあった資材小屋に音を立てて突っ込んでいく。資材小屋は大きくひしゃげ、崩れていった。
「いけない。Cにこの街ではなるべく壊すなと言われていたんでした」
独り言を言う女に崩れた資材小屋から影が飛び出す。もちろんオオムカデだ。
今の衝撃で体中が欠けていたがそれでも勢いは収まらなかった。
障害と見なした女を排除しようと躍起だった。
しかし、女はもう完全にオオムカデの動きを見切っていた。
「はぁあっ!!!」
軌道を読ませまいと大きく蛇行しうねりながら襲いかかったオオムカデの策なんかまるでなかったように女のハンマーはオオムカデの頭を捉えた。
ガキョリと、硬質な破砕音が響き渡った。
そのまま、オオムカデは路面を転げ回りながら道路の遙か向こうに飛んでいく。
女は無傷だった。
女とオオムカデの差は歴然だった。
女はあの巨大なオオムカデ相手にまるで臆することなく圧倒していた。
オオムカデの攻撃は一切女に届くことはなかった。
伊口が見たこともないこの人造の怪物に女はまったく恐れを成していなかった。
最早勝負の行方は明らかだった。
突然現れ、伊口を救ったこの人物は明らかにただ者ではなかった。
「なんなんだアンタは」
思わずこぼす伊口だったが戦闘中の女には届かなかった。
代わりに女が睨んでいたのはもちろんオオムカデだ。
道路の遙か彼方に吹っ飛んだオオムカデは頭が大きくへコンでいたがそれでもまだ動いていた。
「頑丈ですね。なら、これで終わらせます」
女が言うや、女の持つハンマーから閃光が走った。バチバチと音も立てている。青白い火花、それが電撃だということは伊口にも分かった。
道路の向こうのオオムカデは再び女に向かって走り出す。
女も再びオオムカデに向かって行く。
二者はまたぶつかる。
「ミョルニル、レベル1!」
女のハンマーがオオムカデになんの迷いもなく激突する。その瞬間、オオムカデの体を激しい電撃が襲っていた。電気が空気を裂く轟音が響く。
叩きつけられる衝撃、そして強烈な電撃。その2つが同時に襲ったオオムカデはまるで雷に打たれたようだった。
そして、大きく砕けたアスファルトの真ん中でオオムカデは今度こそ沈黙した。
「状況終了」
女は言った。そして、一度ハンマーを振り下ろす。
伊口はこの突如目の前で巻き起こった明らかに非日常に言葉を失うしかなかった。
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