第四章 魔王討伐編

第101話 魔王討伐依頼

 3日間かけて神聖王国クラリリスから帰ってきたアスカは、ハウスには戻らず自分の家に帰ってきた。帰国直前に、ライアット教授から聞いた話をよく検討してみるためにひとりになりたかったからだ。


「魔王が復活している……か」


 アスカがライアット教授から聞いた話では、ここから遙か東にある"軍事帝国ネメシス"のさらに東にある、"魔王国ダークネス"で【魔王】が誕生したというものだった。


 聞くところによると、前回魔王が誕生したのは200年前で、その時魔王は多くの軍勢を引き連れ国を襲い、街を襲い、魔族以外の種族を大量に虐殺した。

 窮地に追い込まれた人間達は、10人のSランク冒険者と30人のAランク冒険者に討伐を依頼した。彼らは多くの犠牲を出しながら、魔王国ダークネスの最奥にある魔王城まで追い詰めた。

 しかし、その時には冒険者側もSランクが5人というところまで数を減らし、何とか倒すことができたらしい。


 それからしばらく魔王は不在だったのだが、今回、新たな魔王が誕生し着々と戦争の準備が行われているという情報が、軍事帝国ネメシスからもたらされたのだ。

 そして、国別学院対抗戦の間に、エンダンテ王国と神聖王国クラリリスの国王が密談を行い、互いのギルドで抱えているSランク冒険者に密かに依頼を出すことで合意したのである。

 もともと、この案は『過去には色々あったが、今は人間同士がいがみ合っている場合ではない』と言った、ネメシス国王から出されたものだったので、3つの国が依頼を出した冒険者は、1ヶ月後にネメシスに集まる予定となっているそうなのだ。


(どうしたらいいんだろう、お兄ちゃん)


 この依頼を受けるとなると、間違いなくしばらく学院には通えなくなるだろう。下手をすると、辞めなくてはならないかもしれない。もちろん、クランのメンバーともしばらく会えなくなるだろう。アスカはそれが寂しいのだ。


(しかし、放っておくわけにはいかないよな。これって、誰かと一緒に行ってもいいのかな?)


 もし、ひとりでもクランのメンバーと一緒に行けるなら、寂しくはないんじゃないかと思ったが――


(でも、そんな危険な旅にみんなを巻き込めないよ)


 アスカには仲間を危険に晒すという選択肢はなかったようだ。


(まずは正式な依頼を聞きに行こうか。ライアット教授によれば、その場には国王も学院長もハンクもいるんだろう? 学院の籍がどうなるかそのとき聞けるだろう)


(それしかないかな……)


 丁度、結論が出たところでギルドカードから魔力が流れてきているのを感じた。アスカがポケットから取り出すと、カードが淡く光っていた。ギルドからの呼び出しの合図だ。


(まずはギルドに行こう)





 久しぶりに黒ローブを着てギルドに向かう。もう色々な人にバレてる気もするが、Sランクの呼び出しならクロムもいるかもしれないと思い、念のために着ていくことにした。

 ギルドの裏口から入ると、案の定、クロムとハンクが立ち話をしていた。


「よう、来たか」


 ハンクが片手をあげて、気軽に挨拶してくる。


「こんにちは、ハンクさん、クロムさん」


 アスカの挨拶に、クロムも片手を上げて答えた。


「来て早々悪いんだが、場所を移させてもらうぞ。この依頼は国王からだからな。馬車で王城まで行くぞ」





 程なくして、ハンクとクロムとアスカを乗せた馬車が王城に到着する。


 3人は、豪華な調度品が並ぶ応接間のような部屋に案内された。しばらく待つと、2人の大きな男とその後ろに只者ではない身のこなしの騎士風の男が入ってきた。大男の片方は入学式で見覚えのある、魔法学院の学院長だ。となると、もう片方の大柄な男性がエンダンテ国王ということになる。

 国王は白いベストの上に金色のガウンを羽織った様なきらびやかな服装で、優しそうな目に白い口ひげを蓄えている。

 後ろに控える男性は、真っ白で明らかに魔法道具マジックアイテムとわかる防具を装備した金髪の戦士で、腰にはこれまた魔力が通っている剣を差していた。


「君たちが今回の依頼を受けてくれる冒険者か」


 ひざまづいている3人を立たせ、国王が口を開く。


「お主らには命をかけた戦いになるやもしれぬが、我々は200年前の魔王との戦いで学んだことがあるのだ」


 国王の言葉にしっかりと耳を傾ける2人。残る1人は自分に関係ないと思っているのか、手にはめたナックルをうっとりと見つめている。


「魔王には、数で勝負してはならんということだ」


 国王いわく、魔王はLv5のスキルを複数所持している。つまり、同じLv5スキルを持つもの以外、魔王にダメージを与えることができないのだ。よってLv5スキルを持っていないものが何人いても、ただ魔王の餌食になるだけなのである。

 魔王の軍団に対しては、こちらも軍で対応するが、魔王を倒すのはあくまで少数精鋭にならざるを得ない。それも踏まえてのSランク冒険者なのだ。


 しかし、そんなことよりもアスカには確認したいことがある。それは国王も承知なのだろう。学院長が同席していることからも明らかだ。


「国王陛下。学院長に同席いただいていることから、ご配慮していただけていると思っていますが、私の学院での籍はどのようになるとお考えでしょうか?」


『学院だって? この黒ローブは魔法学院の生徒なのか!?』


 事情を知らないクロムの驚いたような呟きが聞こえてきたが、構っている暇はない。


「いかにも。そのために魔法学院長のアルフレッドを同席させたのだよ」


 やはり国王はこの展開を予想していたのだろう。というか、ライアット教授が予想していたのかもしれない。


「私がこの依頼を受けるとなると、魔法学院を辞めなければならないのでしょうか?」


 アスカがアルフレッドに疑問をぶつけた。


「アスカ、わしが学院長としてお主の望む通りにすることを約束しよう。特別生として籍を残しておくことも可能だ」


 この依頼は国家の存亡、ひいては人類の存亡に関わる問題である。その問題を解決できるのであれば、学院を休もうが辞めようが、取るに足らない小事であるというのが国家の見解だ。


 冷静に考えたら、当たり前だよな。こんな些細なことでアスカの機嫌を損ねるわけがない。


「それでは、魔王を討伐するまでの間、休学という形にして籍を残しておいていただいてよろしいでしょうか?」


 俺からしてみれば、もう学院から学ぶことはないと思ってるんだが、アスカは学院が好きなのかな?


「お主がそう望むのであれば、そうなるように手配しておこう」


 アルフレッド学院長がそう断言した。


「それともうひとつ伺いたいのですが、よろしいですか?」


「何なりと申してみよ」


 アスカの質問に国王が答える。


「この依頼は私個人に対してのものなのでしょうか? それとも、私がパーティーを組んで依頼を受けてもよろしいものなのでしょうか?」


「ふむ。今回は前回の反省を生かしSランク冒険者のみを対象とした依頼なのだが、この話を聞いてなお、お主が一緒に連れて行きたい者がいるのであれば、その者もお主と同じ配慮を約束しよう」


 学院長の返答を聞いても、アスカの表情は硬いままだった。


 俺の言葉を受けて聞いてくれたけど、やっぱりアスカはクランのメンバーは連れて行きたくはなさそうだな。


「ありがとうございます。準備の時間を少しいただけましたら、この依頼受けたいと思います」


 アスカはこの依頼を受けることに決めたようだ。おそらくひとりで。


「僕はLv5のスキルなんて持っていないけど、魔王には腹心がいるという。露払いくらいにはなるだろうから、参加させてもらうよ」


 こうして、王都のギルドからはSランク冒険者が2名参加することが確定した。

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