蛍は明ける朝を待つ
明海 詩星
蛍と明
ああ、これは夢だ。
淡い藍色の空が見える車窓と底の見えない地上。動き続ける列車と二人しかいない空の座席。
まるで、銀河鉄道に乗っているかのようだった。
世界には俺と彼女しかいなかった。
さっきから、ずっと視線が感じる。
目を、彼女へと合わせる。
首をかしげて、潤んだ目で
「どうしたの?
名前を呼ぶ声が懐かしくて、涙腺が緩みそうになった。
「そろそろだよ?」
口を開けても、まだ声が出せない。
「もう、私が話しかけているのに無視なんていいお身分ですね!」
長く伸ばしたブロンズの細く綺麗な髪。きめ細かな肌が、白いワンピースからのぞかせていた。
それほどの胸もある。
「こら、胸ばっかり見るな」
平手打ちを頬に食らう。
ペチという音が鳴りそうなほどに弱くて、笑いそうになった。
「ねえ、けーい。なんで、そんなにぶっきらぼうなままなの?」
「むしーすーるーな」
やっと、声が出せる。声を出していないのに、そう思った。
「……悪い。すこしだけ驚いていたんだ」
「そっかー。そうなんだー」
今すぐにでもイタズラをしそうな笑みがそこにはあった。
「そうだ。だから、その前に出した手を、俺の、脇に」
「いーやーだね」
明の指は執拗にくすぐりを続ける
笑い声が出た。腕を少しだけ伸ばして、なすがままにした。
「ちょっと、まじで、それ、だけはやめ」
いつまでたっても終わらない。
秋の脇へと腕を入れる。
「まじで、やめろって」
無理やり抱き着いた。
くすぐりを止めるには、これが一番だった。
ひんやりと、身体を冷気が伝った。
涙腺が、決壊しそうになった。
酷く冷えている。
涙を、溢れない様に目を瞑って上を見た。
「本物なんだな」
抱き寄せるのをやめる。歪んだ笑顔を作って、明に見せた。
「やっと、笑ったね。蛍」
明は飛び込んできた。腕を首にかけて抱き着いてきた。
「また、かよ」
「もうちょっと、こうしてもいいでしょ?」
昔から、甘える時は直接で大胆だ。
だからこそ、彼女は明なんだ。
「……ほんものなんだな」
「そーだよ」
腕を回して、苦しくならない様に、抱きしめる。
「久しぶりだな」
声が震えた。
「お葬式以来だから、一年ぶりかな?」
耳元で鼓膜が震える。
あれから、一年もたっていたらしい。忘れたこともない。
一日一日が長くて、月日を忘れてしまっていた。
「俺からしたら、長くてしかたなかったんだ」
神様がいるなら、教えてください。
「そう思ってくれるなら、うれしい。私も、会いたかった」
夢に好きだった人を出すなんて、どうして酷な事をするのですか。
「ウミユリ。ウミユリ。次の駅はウミユリです」
機械音の様な不愛想で高い音が、列車の中で響いた。
「次の駅に着くまで、しばらくお待ちください」
「だってさ。ねえ、蛍。つくまでこのままでいいよね」
「勝手にしろ」
「やったー」
夢であっても、俺は、大好きだった人を抱きしめてもいいんですか。
そんな自問をした。
自答は、肯定だった。
夢だから、彼女がいるんだ。
彼女がいるから、夢だって気づいたんだ。
現実にいないのなら、この瞬間ぐらいは自分の我儘を通すことにした。
声を出さない様に、頬に涙を伝わせた。
「会いたかった」
涙で声が震えた。
「ねえ、次の駅で降りよ」
愛していた声が耳元で聞こえた。
「そうだな」
「ウミユリってどんな駅なんだろうね」
「わからない」
「海に咲いた百合のことなのかな」
「咲いてたら綺麗だろうな」
「そうだね」
くだらない会話だった。
話も盛り上がらない。どうすれば、盛り上がったのか思い出せなかった。
「それでさ、夜明け空がほんーとに綺麗でっ」
列車が上下に揺れた。
あう、と明が小さく悲鳴を上げた。
「いったー、舌噛んじゃったー」
舌を出して、俺に見せた。舌苔が一切付いていない紅色だった。
「少しだけ赤くなってんな」
「うそ」
「ほんと」
機械音が聞こえた。
「ウミユリー、ウミユリ―、ウミユリ駅に到着しました」
明が立った。
「行こ!」
立ち上がる。
「あいよ。それで、どうしてここで降りるんだ?」
「なんでって、ここからじゃないとお目当ての場所に行けないから!」
小悪魔の笑みが、眩しかった。
「俺には教えてくれないのか?」
「あったりまえ!」
胸を張ってる。
「いつもそうだったな」
手を差し出した。
明は、なにこれといっているような顔だった。
「手だよ。手」
「ふ~ん」
手を振ってアピールするが、悩んでいるようだった。
「早く」
「ふーむ」
正直に話さないと、ダメなようだ。
「………い、っしょに」
「え?」
「俺と、一緒に、手をつなぎませんか!」
体が熱くなる。苦手なんだ。好きだからこそ、彼女が見せる男気がひどく恥ずかしくなる。
「真っ赤だね」
からかうように、指がほほに触れた。
「悪かったな」
「い~い~や。すごい嬉しい」
弾んだ声だ。
本当にうれしいかったらしい。
ワンピースから細い腕が伸びた。白い手が俺の手に乗る。
「行こうか」
俺と明は、誰も乗ってない列車を降りる。
一面が真っ暗だった。
蛍は明ける朝を待つ 明海 詩星 @miyaccs
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