第87話 北条氏直②

「遊びませんか?」

 そう言った国王丸と共に遊ぶことになった。

 もっとも、「遊ぶ」と言っても、ちゃんばらのように走り回る遊びではない。彼は体があまり丈夫ではないらしく、激しい遊びは控えるようにと父・氏政から言われているのだという。

 そうなると、さて一体何をして遊べばいいのか。

「国王丸どのは、将棋か囲碁ならどちらがよろしいですか?」

 こちらとしては、できれば将棋がいい。

 将棋ならまだ多少は分かる。だが囲碁となると、何度か父上たちに教わったことはあるものの、どうにも難しい。陣地を囲めばいいことは分かるが、石の取り方だとか、場所によって発生する特殊なルールの意味が分からない。

「室内でやるとなると、その二つの選択肢しかありませんか」

「はい。どうしますか?」

「どちらでも構いませんけれど、虎姫どのはいかがです?」

「わたしはどちらでも良いですが……将棋にしませんか? 将棋の方が気楽ですし」

 囲碁のほうが碁石を並べるだけで楽ではある。けれど、分からない遊びで気を遣われるより、知っているもので気楽に話せる方がいい。

「将棋ですか……。分かりました。今、用意させましょう」

 国王丸のそばに控えていた侍従が静かに頭を下げ、すぐに将棋盤と駒を持ってきた。

 並べられた木の駒からは、かすかに香の匂いがした。

「さて、始めましょうか」

 盤を挟んで向かい合う。

 小さな駒を指でつまみ、静かに打つ音が部屋に響いた。

 しばらくの間、ふたりは言葉少なに将棋を指した。

 国王丸の手はなかなか手堅い。

 わたしも同じ要領で打っているつもりなのに、気がつけば形勢が不利になっている。彼は考える時間も短い。指先が迷わず駒を滑らせるたびに、わたしの頭の中で小さく鐘が鳴った。

 将棋は父上たちとも遊ぶことがあるし、そこまで苦手ではない。どの駒がどう動くのかも理解している。

 それにしても、よくこんな遊びを思いついたものだ。

 王を守るため、どのように戦略を積むか。歩は駒の中でいちばん地味だが、敵陣まで行けば「成金」となり、金将と同じ動きをする。努力すれば上に上がれるという理屈は、なんだか人の生き方みたいで面白い。

 そして、やっぱり一番強いのは飛車と角行。

 どちらも縦横無尽に駆け回る姿が爽快で、しかも成れば竜王りゅうおう龍馬りゅうま、名前の響きまでかっこいい。

 駒の中でそれぞれの役割が違うのも、なんだか軍の指揮のようで、つい熱中してしまう。

「……虎姫どの、なかなかお強いですね」

 国王丸が静かに言った。声は柔らかいが、その目は冗談ではなかった。

「そうですか? 全然そんなことないですよ。だって、もう詰みそうです」

「ふふっ。まだ油断できませんよ」

 ほんの少し笑みを交わす。

 その一瞬の間に、わたしはうっかり角を取られてしまった。

「あっ……!」

「申し訳ありません。つい手が動いてしまいました」

「いえ……負けるのも勉強です」

 そう言いながら、自分でも驚くほど悔しかった。

 遊びなのに、なんだか本気になっていた。

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【旧版】軍神の娘 周日向 @maon032439

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