第4話 上杉家
「えい。えっと、6ね……1、2、3、4、5、6……はい次は虎の番よ」
「もう! 清姉上、進みすぎです!」
「文句いわないの。ほら虎。
「はーい……」
この「双六」というのはわたし達が想像するような「すごろく」とは少し違う。とはいえ、『サイコロを振って出た目の数だけコマを進め、ゴールを目指す』という点だけは同じである。
囲碁と
今年で二つになるわたしが一人で行うのはおそらく難しいだろうとわたしは与六に手伝ってもらいながら進める。ただ、その代わり相手は清姉上と桃姉上の二人だ。2人は景勝の姉だ。二人はわたしの従姉にあたる存在で、二人もわたしを自分の妹のように可愛がってくれるし、わたしも姉のような存在がいることが嬉しくて二人のことは姉上と呼んでいる。
「えっと……」
「3、ですね。虎姫様」
「ありがとう! えっと……、与六、どうしたらいいの?」
やり方は教わったからわかっているけど、やっぱり慣れない。双六を教わってまだ数日だけだからやり方をちゃんと把握できていない。やはり、慣れないものは難しい。多分これはちゃんと計算したら勝てる仕組みになっているのかもしれないけど、知恵は借りて損はない。
「そうですね……。ここの升の駒全てここに移動のはどうですか?」
「あ、なるほど……。 えっと……、ここから……1、2、3……。よし、できた!」
その後もいい勝負が続けて、結果はぎりぎりわたしと与六の勝ちだった。こういうボードゲームも案外楽しかった。
今日は珍しく
わたしは一応ちゃんと箸は持てるけど、父上がとても悲しそうな顔をするから、何となく申し訳なくて父上の近づいた。すると、父上は近づいてきたわたしを抱えてに膝の上に座らせられた。このまま父上に食べさせられている。この距離感に何となく恥ずかしさと嬉しさが混ざった感情がくる。
父上は年中ずっと戦をしている。だから次に会えるのが来年になってしまう可能性だって少なくない。ひょっとしたら、こうして接してくれるのは今日が最後になってしまうかもしれない。そんな事実に何となく寂しさを感じながら、きっと父上も同じ気持ちなのだろうと今のわたしにできる限り精一杯甘える。暇を見つけては父上のところに行くのはこんな感情からかもしれない。
「なるほど、今日も勝てたんだな。虎。相変わらず虎は賢いな」
先程の双六の結果を報告すると父上は自分のことのように嬉しそうにわたしの頭を撫でた。父上が撫でてくれるとても大きくて豆だらけなこの手が暖かくてなんだかうれしい。
「でも、わたしが勝ったのは与六のおかげでもあります。だから、褒めるのであれば、与六のこともほめてあげてください!」
わたしは下座の方で景勝の傍に控えている与六を見た。与六はどこか気恥ずかしそうに顔を下げた。
「そうか。与六、お前も本当に賢いな。やはり姉上が見出しただけはあるな」
「そうですね。与六にはその手腕を磨いて景勝や虎を支える忠臣となってもらいたいわ」
「いえ。あれは虎姫様が聡明であったからこそでございます。それがしが褒められる筋合い等ございませぬ。ですが、それがしが虎姫様や景勝様の忠臣となるのは変わりませぬ。それが
与六は今年で大体七つか八つになるころで、現代でいえばようやく小学校に上がったころだ。こんな年からでもしっかりしていて、この頃からやはり才覚はあったのだろう。
「ん……」
お話をしている最中だけど、だんだん眠気が押し寄せてくる。現代だったらまだちゃんと起きられるのかもしれないけど、体が小さすぎるからか、眠気に抗えない。
「あらあら、虎はもう寝る時間ね」
わたしが軽く船を漕ぎ始めたことに気がついた伯母上が近づいて頭を優しくなでる。なでられると余計眠気がひどくなる。どうせ父上の膝の上なのだからあまり気にしなくてもいいけど、だめだ。本当に寝落ちしそう。
「寝ていいのよ。虎」
「で、でも……」
「ほら、おやすみなさい?」
「んん……」
瞼がやけに重たく感じる。父上もわたしの頭を優しくなでる。
「好きに寝ていいんだぞ。虎」
「ん~……」
寝ていいといわれたなら寝ていいけど、なんだか従いたくない。眠いけどどうしても寝たくない。
「虎千代、私がこの子を連れて行くわね」
「いえ、私が連れていきますよ。姉上」
「……そうね。夜が明けたらあなたはもうしばらく帰ってこれないものね」
父上は朝になったら出陣する。今日の夕食を一緒に食べたのは長い間できなくなってしまうからだ。父上はそう長くはかからない戦だというけど、どうなるか分かったものでもない。
「……とと」
父上に連れ出されて部屋の布団に入れられた時、どうしようもなく重たい瞼に必死に抗いながら口を開く。「とと」というのはわたしがまだうまくしゃべられなかったときに父上をそう呼んでいた。一種の幼児語に近い。でも、父上はわたしの声にわたしの顔を覗き込む。
「なんだ、虎。まだ寝ていなかったのか。寝ていいぞ」
「……やです」
「そうか。や、か……」
子供じみたわがままでも父上は嬉しそうにする。こうしてわたしがわがままを言えばひょっとしたら父上はもっと一緒にいてくれるのかもしれないなんていうどうしようもない願いをかけた。
「ふふふ。虎はなかなか子供らしいところもあるんだな」
わたしの言動の意図がわかったのか父上はとても寂しそうな嬉しそうな表情をしてわたしの頭をなでる。父上の優しい笑い方はなんだか伯母上にそっくりだ。
「……とと、寂しい?」
「……ああ」
そうはいっても撫でる手は止めてくれない。父上はわたしがなでられるのが好きなのを知っているのかもしれない。
「悪いな。虎。あまりかまってやれてなくて」
その言葉をたぶん最後に聞いた。
次目を開けた時は父上がいなかったことだけは覚えていた。
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