第16話 三の丸にて③

「あら、もう寝てしまったわね」


 わたしは清姉上の声でふっ、と意識を手元に向ける。道満丸はわたしの膝を枕にして穏やかに寝始めた。


「とても可愛らしいですね」


 まだ生えきっていない髪の毛を優しく撫でる。赤ちゃんは泣くととても恐ろしい怪獣になるが、今こうして寝顔を見ると可愛らしい天使のように見える。


「ふふっ。そうね。お里、道満丸を寝かしつけてきてちょうだい」


「承知しました」


 道満丸の乳母__お里はわたしの膝に乗っている道満丸を優しく抱き上げ、部屋から出ていった。


「……さてと、そろそろ虎と景勝の休憩時間は終わりでしょう?」


「はい。そうですね。とりあえず、景勝を迎えに行きますね」


「私もついて行くわ」


 長いこと話し込んでいたように見える景勝と義兄上の2人はもう大丈夫だろう。


 隣の部屋へ戻るど景勝と景虎はなんだか険悪そうな雰囲気だ。お互いの間の空気は冷えきっておりとても入りたいとは思えない。


「景虎様。どうかなさいましたか?」


「景勝、何かあったの?」


 なんとなくこんな短時間の会話でここまで険悪になることもないだろうから何かあるのだろうと察して清姉上と2人でなだめにかかる。


「…………」


「…………」


 2人は何も話さずにただ睨み合うだけ。その表情がなんだか嘘に見えなくて心の中でなにかがチクリと刺さる。


 大丈夫。きっと問題ない。


 軽く深呼吸をして再び景勝と義兄上の表情をじっと見る。2人とも表情から読み取れるような性質でもない。しかし、なんとなく本当ではないと頭の中で気がついた。


 途中で聞き取れなかった景勝の言う相談とはおそらくこの事なのだろう。


 しかし、真面目にこういう方法を取るのは少し危険だ。わたしの方でもなにか対策を取っておくべきか……。


◇◇


「景勝、義兄上と一体何を話してたの?」


 三の丸からの帰り道。わたしは世間話をするでもかのように景勝に尋ねる。もちろん、大した返事を期待している訳では無い。知っている人間は出来れば少ない方がいいと言うのはこの戦国時代では特に当たり前の常識だろう。


「ああ……まあ、大した話じゃないよ」


「……そう」


 知らなくていい情報は無理やり聞き出す必要はない。けど、きっと、わたしは彼が何を話していたのかなんとなく予測出来るだろう。


「……もし、なにか困ってたり、なんか悩んでたり、……なんでもいいから、もし何かあったらわたしに頼って」


「……え?」


 つま先立ちになって景勝の頬に近づく。


「わたしだって、同じ気持ちなのよ?」


 軽く彼の頬に触れる。なにが触れたとは言うわけが無い。


 途端に景勝は固まって動いてくれない。その様子を見たわたしはなんだか段々と恥ずかしくなってきてしまった。


「そっ、それじゃあね。景勝」


 彼の顔なんて見られるわけが無い。後ろを絶対に振り向かずに急いで部屋へと戻る。景勝が今何を思っているかなんて考えなかった。

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